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Step 22. ……そう簡単に、あきらめてはくれないか


 昼間だというのにカーテンが閉め切られた玄関ホール、廊下を過ぎていくと、大きな扉の前にボタンのとれかかった軍服を着た男が立っていた。おそらく軍人崩れだろう。見張りの男が連れている二人の女性を目にして、険しい顔になる。


「おい、なんだそいつらは」

「俺にもわからないんですけど、本物のアシュトン伯爵令嬢だって言うんですよ」

「ああ? 本物だ?」


 男は眉を吊り上げて、ずかずかと無遠慮にシャノンに近づいた。頭を掴まれ、顔を無理やり上げられる。

 その乱暴な動作に、シャノンは必死で怒りを抑え込んだ。


(こんなやつらに、ライラが……)


 怯えた表情に怒りが滲まないよう、意識して呼吸をする。


「たしかにお貴族様って顔してるな。目も紫だ」

「そうですよね」


 乱暴な手つきでシャノンの顔を放し、吐き捨てるように男は言った。


「でも本物だってんなら、なんでのこのこ来るんだよ」

「公爵様が手を回してくださったんじゃないですか?」


 見張りの言葉に、男はティナをねめつけた。


「そうなのか、そこのメイド」


 ティナが怯えたように首を横に振る。


「し、知りません! 私はただ、お嬢様を連れてこないと殺すと脅されて……!」

「わめくな。……トマスはまだ戻らないんだよな」

「はい。公爵様にもう一押ししてみると言って」


(トマス……!)


 やはりトマスがリーダー格なのだろう。実行犯になっていないあたりが小賢しいが、おかげでライラの顔を知っている人間は今はこの場にいないようだ。


「仕方ない、こいつらも中で縛っとくしかねえな」


 部屋の見張りの男も、とうとう匙を投げた。

 ことが上手く運んでいるというのに、いやだからこそ、手の中に嫌な汗が伝う。


 部屋の扉がきしんだ音を立てて開かれた。

 中にいた男たちが、入って来たシャノンとティナを見て驚いているのが伝わってくる。


「本物、のアシュトン伯爵令嬢だとよ」


 男たちの視線がシャノンに集まる。門の見張りの男、部屋の見張りの男、部屋の中にいた男たち……全部で六人。想定よりも少ない。

 男たちが動いたことで、部屋の隅の床に座り込んでいる小柄な姿が目に入った。轡をかまされ、後ろ手に縛られて、髪がわずかに乱れている。

 シャノンは怒りで頭が沸騰しそうだった。けれど、大きく見開かれた紫の瞳と視線が合うと、こんな状況でも光を失わないその瞳の美しさに、頭が冷静さを取り戻す。


 シャノンは虚勢を張っているように見えるよう表情を作りながら、つんと顎をそらして男たちを見回した。

 ライラと同じように拘束されてしまう前に、行動を起こさねばならない。

 大きく息を吸って、口を開く。


「その子は私の身代わりよ。そして、本物の私がこうしてここにやってきたということは、外にはすでに包囲網が敷かれている。あきらめて、大人しく投降しなさい」

「なっ……」

「どういうことだ、ティアナ……ティアナ?!」


 シャノンたちをここまで入れた二人が血相を変えて声をあげる。ティナはいつの間にかどこかに身を潜めたらしい。

 畳みかけるように続けるべく、シャノンは再び息を吸う。話す内容には困らない。なぜならば、このおそまつな脅迫犯たちの様子から、シャノンはある確信を得ていたからだ。

 おかしいとは思っていた。なぜ今になって、アーキン派が再び動き出したのか。なぜ、アークライト公爵が行動を起こしたのが、今だったのか。


「アークライト公爵が、本気であなたたちと手を組んだと思うの? 彼の狙いは共倒れよ。二大派閥が力を失えば、名実ともに軍を掌握できる。アーキンにもアークライトにも切り捨てられるだけだというのに、馬鹿な真似をしてくれたわね」


 軍内部の支持も、王家からの信頼も。どちらも盤石なものとなったアシュトン中将の隙は、唯一ライラだけ。彼女が表舞台に出てきたタイミングが、アークライト公にとっての好機だったのだろう。

 口でなんとでも言いくるめられただろう幼い王女をあんなふうに閉じ込めてしまうほど、彼は今権力欲に囚われている。そう考えると、不可解な彼の行動にも理由がつくように思えた。


「これ以上、私に危害を加えるなどという愚かな罪を重ねる前に、武器を捨てなさい」


 軍から持ち出された小銃の数は、全部で4丁。佐官以上でないと戦闘訓練などの特別な勤務時間以外所持を許されないほど厳重な管理をかいくぐることのできる、境目の数だろう。銃そのものよりもごまかしが効いてしまう弾薬は、把握しているだけでもかなりの数が取引されたようだった。

 シャノンの言葉に、ライラのすぐそばに立っている男が腰にやっていた手をぴくりと動かした。

 素早く男たちを見回すと、立ち方や手の置き場所から銃を持っている男がこの場には計三人いるとわかる。

 男たちが武器を捨てる素振りはない。それどころか、戸惑いながらも戦意を失っていない様子だ。


「……そう簡単に、あきらめてはくれないか」


 シャノンは、あきらめて地声でそうこぼした。途端に室内にいる男たちが気色ばむ。

 ぴんと空気が張りつめた。けれど、ここまで入り込めた時点でシャノンたちの勝ちだ。


 シャノンは素早くドレスのスカート部分を引きはがして、そのまま放り投げた。瞬間的にできた目隠しを利用して、力強く床を蹴って跳躍する様に走る。ものの三歩ほどでライラのところまでたどり着いて、不意を突かれて何もできなかった男の顎めがけて拳を振り上げた。男が握っていた銃をもぎ取るのも忘れない。そのまま男の腹に蹴りをたたき込み、シャノンを追ってきていた男の方へ吹き飛ばした。

 その間に二発ほど銃声が響いたが、どちらも床と天井を撃ちぬいただけのようだ。混乱した状況で狙いを付けられるほどの腕ではないらしい。所詮は過激な言葉に扇動された有象無象ということか。


 ライラを背にかばうように立って、シャノンは銃を構えた。激しい蹴りで乱れた鬘を投げ捨てる。男たちの目線がわずかにそちらにそれた隙を逃すことなく、ためらわずに引き金を引いて、入り口近くにいた男の持っている銃を撃ち抜く。その間に、どこかに隠れていたティナの投げた細いナイフが、もう一人銃を持っていた男の肘に当たった。影のように素早いティナが取り落とされた二丁の銃を拾う。


「もう一度だけ言うぞ。大人しく投降しろ」


 抵抗する術を奪われた男たちが力なく両手を上げるのと、邸宅周辺で張っていた味方が踏み込んできたのはほぼ同時だった。

 男たちが次々に拘束されていく。完全に勝敗がついたことを認識して、シャノンは構えていた銃をおろした。


 背にかばっていたライラの方へ振り返る。ライラはまっすぐにシャノンを見つめていた。

 傍に膝をついて素早く轡を外し、手首を縛っていた縄を解く。

 ライラが何かを言うよりも早く、シャノンの身体は動いていた。


「無事で良かった、本当に……」


 抱きしめた細い体は恐怖からわずかに震えていたが、次第に収まった。ほっとしたような吐息が耳元でしたかと思うと、完全に身体を預けられる。腕の中に確かに感じる重みとぬくもりを、シャノンはますます強くかき抱いた。


「怪我とか、してないよな。大丈夫だよな」

「ええ、平気よ」

「よかった……」

「助けに来てくれて……ありがとう」


 安心すると、シャノンの焦燥も落ち着いた。ライラは無事だ。

 かすかな照れを感じながら、そっと身体を離す。


「シャノン、瞳の色が……」


 まだ紫のままなのだろう。至近距離で顔を覗き込むと、ライラが戸惑いを口にした。


「もうすぐ元の色に戻るはずだ。……立てそうか?」


 ライラが頷く。シャノンの差し出した手を強く握り返してライラは立ち上がったが、歩き出そうとしてよろけてしまった。

 それほど体格差がないとはいえ、小柄なライラならシャノンでも抱き上げることはできそうだった。けれど、まだ油断はできないこの状況で、両手がふさがるのは避けたい。

 寄り添って支えながら、二人は歩き出した。


 すでに部屋には二人以外残っていなかった。玄関ホールまで降りると、六人の男たちの他に、邸宅周辺にいたらしいアーキン派が何人か拘束されていた。

 捕縛した男たちを監視している味方の中にティナを見つけ、シャノンは声をかける。


「ティナ、銃はいくつだ」

「あなたが持っているので三丁。やっぱり足りないわね」

「地下室に、弾薬と爆薬が隠してあった」


 幾度か顔を見たことがある諜報部員が階下から戻ってくる。


「トマスが持っているんだろうな」


 残りの銃を所持しているのは、間違いなくトマスだろう。この場にいなかったのが非常に気になるが、今はライラを安全なところに送り届けるのが先だ。


 この場の後処理は任せ、シャノンは外に出た。ティナが後ろからついてくる。ティナに下されている命は、ライラの護衛が最優先なのだろう。

 ほんのわずかに西に傾き始めた日の眩しさに、シャノンはたまらず目を閉じた。

 その一瞬のせいで、反応が遅れた。


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