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Step 20. やはり二心あったということか


 副官のもたらした知らせに、アシュトン中将は椅子から音を立てて立ち上がった。


「護衛は何をしていたんだ!」


 彼がここまで声を荒げるところを、シャノンは初めて見た。この状況でそんなことを頭の片隅で考えているシャノン自身、とっくに冷静ではないらしい。


「あちらもそれなりに数が多く……はじめ、アークライト公爵の部下を装って馬車に近づかれてしまったため、ライラ様を人質に取られては手が出せなかったようです」

「ここでもアークライト公……やはり二心あったということか」


 王太子が呆然と呟く。


「ティナを付けていただろう。彼女は気取られていないだろうな」

「はい。あちらが閣下への要求を出すよりも早く状況を掴んでくれたおかげで、すでに包囲は済んでいます。上手く巻いたつもりのようで、こちらが居所をつかんでいるとは気づいていません」


 その報告を聞いて、アシュトン中将はあからさまに安堵した。


「しばらくは時間を稼げるな。その間に、アークライト公の目的を探れ」


 シャノンは耳を疑った。


「閣下! ライラが無事かどうかもわからないのに、何を仰っているんですか!」

「セラフィーナ様の無事が確認できていない以上、近衛である我々が娘の救助に向かうことはできない。シャノンもわかっているだろう」

「ですが……!」

「私とて娘のことは心配だ。だがあれも軍人の娘。父が私情を優先できないことくらいわきまえている」


 シャノンは怒りで拳を強く握りしめた。なおも言い返そうとしたが、アシュトン中将に強い瞳で見据えられてはっと気づく。

 彼もまた、強い怒りを抑え込んでいるのだ。


「それに、そこまでする度胸がアーキン派の下っ端にあるかはわからないが……もしも娘に危害が及ぶようなら、すぐにでも要求を呑んで軍を退く。アシュトン派などと呼ばれているが、私一人がいなくなったところで瓦解するようなやわな同志たちではない」


 決して大きな声ではないのに、腹の底に響く声音だった。アシュトン中将の覚悟は、とうに決まっているのだ。

 今はこんなところで言い争いをしている場合ではない。一刻も早くセラフィーナを見つけ出し、無事を確認しなければ何も始まらないのだ。


「セラフィーナ様の捜索に行ってまいります」


 シャノンは低く告げると、足早に部屋を後にした。


 セラフィーナがいなくなったことを大事にしないために、捜索に当たる人数は限られていた。なにより、アークライト公を疑っていることを気取られないために大っぴらに動けないのだ。

 シャノンはまず、アークライト公が出入りしやすい軍関係の部屋や設備を探すことにした。

 王宮内の一角には、軍の重役の執務室や資料室などが集まっている。中でも、アークライト公が任じられている元帥の執務室は中心部に近い場所に位置していて、王族たちの正餐室からもそれほど遠くない。

 ひとまずシャノンは資料室に向かうことにしたが、元帥の執務室の前を通るときについ扉を見てしまった。


(ひょっとすると、殿下はまだこの中にいらっしゃるかもしれない)


 どうしても、その考えが頭からぬぐえない。

 もやもやした考えを抱えながら一通り資料室を見て回ったが、セラフィーナの姿はない。

 あきらめて資料室を出たシャノンに、駆け寄ってくる人物がいた。


「シャノン!」


 ユーインと、メイドのお仕着せを着た女性だ。

 その女性の顔を見て、シャノンは驚愕に目を見開いた。


「チェルシー嬢?」


 血の気が引いて真っ白な顔をしたチェルシーが、息つくひまもなく話し出した。


「シャノン様、ライラが……!」


 そこまで言って、彼女は大きく息を吸い込んだ。せき込んでしまったチェルシーに代わり、ユーインが口を開く。


「軍の宿舎の方で会ったんだ。家を抜け出して一人でここまで来たらしくて……隊長か、シャノンに伝えなくちゃいけないことがあるって」

「……ライラのことなら聞いています」


 シャノンが短く告げると、チェルシーははっと息をのんだ。


「お願いします、ライラを助けて……!」


 身を乗り出すように懇願するチェルシーに、シャノンは込み上げる感情をぐっとこらえた。


「……あなたの御父上が疑われています。あなたの言葉も、そのまま信じるわけにはいかない」


 シャノンは抑えた声で言った。チェルシーは深く息を吸い込む。かすかに唇を震わせながら、シャノンを睨むように見る。背丈がそれほど変わらない二人の目線が交差した。


「……わかっています。でも、もう私は父の言いなりにはなりません!」


 きっぱりとそう言ってのけたチェルシーの瞳は燃えるようだった。シャノンもユーインも気圧されて黙り込む。畳みかけるように、チェルシーが続けた。


「兄が……兄が今、父の謀りの証拠をそろえています。じきに兄も王宮へ来るでしょう。それまでは、使用人も信用できないのです。私にできることは、ライラの窮地をシャノン様に知らせることだと思い、ここまで来ました」


 言い終えて肩で息をするチェルシーを前に、ユーインがシャノンに言った。


「ここまで言ってるんだ。彼女は信用できる。そうだろ、シャノン」


 シャノンは大きく頷いた。


「ライラを助けに行くために、協力してください」


 シャノンの言葉に、チェルシーは何度も頷いた。


「セラフィーナ様が行方不明なんです。アークライト公の執務室へ行ったと思われるのですが、そこからの足取りがつかめない」

「セラフィーナ様が……」


 驚いたようにつぶやいて、チェルシーは目を伏せた。小さく口を執務室、と動かして、はっと目を上げる。


「兄が言っていました。王宮の父の執務室にも、屋敷のものと同じように隠し通路があると」

「その通路はどこに通じている?」


 焦る気持ちを抑えて、シャノンは尋ねた。チェルシーが言う。


「……下よ」

「階下か!」


 基本的に、王宮や貴族の邸宅の階下は使用人たちの空間だ。王族、ましてや王女が出入りする場所ではない。完全に盲点だった。


 そこからの、シャノンたちの行動は速かった。

 メイド姿のチェルシーが王宮にいることをアークライト公に知られてはすべてが台無しになってしまうため、しばらく資料室に隠れているように言い含める。ユーインとシャノンは急いで階下へと降りた。

 アークライト公の執務室の下は、リネン室になっていた。

 近衛がおりてきたことに驚いて真っ青になった使用人たちが、頭を下げてそそくさと逃げていく。仕事の邪魔をして申し訳ないが、緊急事態でそうもいっていられない。


 王宮のリネン室は一つではない。王族の寝具がある部屋は限られた者しか入れないよう鍵が厳重に管理されているらしく、おいそれと近づくことのできる場所ではなさそうだった。シャノンたちでも入れる部屋を次々と見ていく。この時期は人の出入りがほとんどなさそうな冬用の寝具が収められた部屋へ入ると、奥の方から物音がした。

 急いで奥へ回り込む。布で口をふさがれ、手足を縛られたセラフィーナが山と積まれた寝具の上に寝かされていた。

 戒めを解こうともがいていたセラフィーナが、足音を聞きつけてシャノンたちの方へ顔を向ける。みるみる目が見開かれ、くぐもった声が発せられた。


「殿下、本当にこんなところに……お怪我はありませんか?!」


 駆け寄った二人は素早く拘束を解いた。大きく息を吸い込んだセラフィーナが、泣きじゃくりながら必死に二人を呼んだ。


「シャノン、ユーイン……!」


 セラフィーナの美しい顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

 ユーインが手巾を取り出して、そっとセラフィーナの顔を拭う。


「おじ様に閉じ込められたの……!」


 セラフィーナが必死に訴えた。

 ユーインが沈痛な面持ちで唇を噛む。


「本当に、アークライト公爵が……」


 しゃくりあげ、幾度かつっかえながらも、セラフィーナは続ける。


「アーキン派に接触しているというのは本当ですかと、聞きに行ったの。そんなわけないって、笑ってくださると思っていたのに……!」


 大きな目から、涙がみるみる溢れていく。

 今の口ぶりや、先の第二王女ミルドレッドの発言からも、セラフィーナがアークライト公を慕っていたことが伝わってきた。シャノンはぐっと拳を握りしめる。

 泣きだしてしまったセラフィーナを、ユーインがそっと抱き上げた。そして、シャノンの方を見てひとつ頷く。


「報告に行ってくる。殿下を頼みます」


 シャノンは短くそう告げて、走り出した。

 

 セラフィーナが見つかったこと、犯人がアークライト公爵だとセラフィーナが言っているということを報告したシャノンに、アシュトン中将は次の命を与えた。

 ライラ・アシュトン伯爵令嬢の救出である。


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