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Step 18. 私の責任です


 翌日。傍系王族も交えた王家の昼食会が開かれる日だった。当然、セラフィーナも参加するので、緊張しているのか朝から大人しかった。

 この昼食会は王家だけの私的なもので、近衛は連れて行けない決まりになっている。そのためシャノンたちは王女の私室の前で待機だ。


 ユーインと二人でじっと黙って待機していると、どうしても昨夜のことが思い出される。昨夜、王女の部屋から辞した後、二人はアシュトン中将の執務室へ行き、アークライト家にまつわる噂について報告した。

 すでにアシュトン中将はその情報をつかんでいたらしい。けれど真偽を確かめるところまでは行っていないと渋い顔をしていた。長年中立を貫き、王家への忠誠も厚いと疑わなかった公爵の良くない噂に頭を抱えたい気分なのだろう。

 本当に、アークライト家からアーキン派に接触したのだとしたら、近年アーキン派が勢いを取り戻したのにも納得がいってしまうのだ。

 そして、アークライト家の令嬢であるチェルシーにも、どうしても疑いの目が向いてしまう。彼女の場合はトマスへの態度からしてもかかわりは深くなさそうなのだが、ライラを通して交流のあるシャノンに、チェルシーに探りを入れるよう命令が下った。

 物思いに沈みながら、ひたすら主の帰りを待つ。


 昼食会が終わるころになって、シャノンたちは離宮の入り口へ移動した。主を迎えるためだ。

 おかしいと思い始めたのは、昼食会が終わるはずの時間を過ぎても、一向にセラフィーナが戻ってこないことに気がついてからだった。同じ離宮で過ごしているミルドレッドは昼食会のあとそのまま婚家へ出向く用事があるようで戻ってこないのは当然なのだが、セラフィーナは自室で教師との授業の予定になっている。予定が変わったのなら、近衛であるシャノンたちに知らせが来るはずだ。


「ユーイン、一人ここに残って、一人が様子を見てこよう」

「そうだね、こんなに遅いのに使いも来ないなんておかしい」


 ユーインが残り、シャノンが王宮へ走ることとなった。昼食会が開かれた王族専用の正餐室へ向かう道すがら、青ざめたミルドレッドと彼女をなだめる王太子に出会う。

 不敬にならない程度に急いで近寄っていくと、王太子・パーシヴァルがシャノンに気づいて目を見開いた。


「君は、セラの近衛のシャノンだね? いいところに来た、セラはもう戻ったのだろう?」


 パーシヴァルの表情は、はっきりとそうであってくれとでも言いたげであった。次期為政者らしく切れ者だとの評価がされる王太子であるが、目に入れても痛くないほどかわいがっている末の妹のことになると冷静さを欠くらしい。

 この様子だと、セラフィーナの身に何かあったのは確実だ。


「畏れながら、王太子殿下。セラフィーナ様はまだ離宮に戻られていません。お戻りが遅いので、お迎えに上がったのです」


 シャノンの言葉に、ミルドレッドはますます青ざめた。今にも泣きそうな顔で、シャノンに訴える。


「昼食会の後、化粧室に行くと言ってから姿が見えないの……!」


 ミルドレッドは午後の用事の前に離宮まで一度戻るつもりで、妹を待っていたのだという。

 いくら近衛がそばについていないからと言って、出入りできる者の限られる王宮のこの一角で、王女がかどわかされたとは考えにくい。


「第二王女殿下。セラフィーナ様の様子に、なにか普段と違うところはありませんでしたか」


 発言の許可を得ずに王族に話しかけることは、本来なら不敬にあたる。だがシャノンも今はなりふり構っていられなかった。

 セラフィーナは、自分の意志で姉姫の前から姿をくらませた可能性が高い。だとすれば、そこには目的があるはずだ。セラフィーナはわがままなところもあるが、年齢以上に聡い。

 シャノンは、ここ数日のセラフィーナが妙に大人しく、何か考えているようだったことに思い当たっていた。


「いつもより、口数は少なかったけれど……大勢集まるとあの子はいつもそうなのよ。何もおかしなところなんて……」


 ミルドレッドは動揺もあらわに呟く。その内容に、パーシヴァルが頷きかけて止まった。


「いや……セラは今日、アークライト公をやけに見ていたような気がする」

「アークライトのおじ様を?」


 シャノンの頭の芯がしびれた。


(繋がった……!)


 セラフィーナはおそらく、アークライト公爵に会いに行ったのだ。昼食会の、他に人がたくさんいる場で問いかけることができないことを、直接問うために。


(あのときの、ユーインとの会話を聞かれていた……)


 アークライト公爵がアーキン派に自ら接触したという噂の真偽を確かめようとしたと考えると辻褄が合う。

 王太子自らその名を口にしたということは、なにか聞いているのかもしれない。シャノンは腹をくくった。これからすることは独断だ。本来なら、上官の指示を仰いでから口にするべきことだ。けれどアークライト公爵が噂通りのことをしているのなら、セラフィーナに何があるかわからない。


「王太子殿下。アシュトン中将のところまで、一緒に来ていただけませんか。セラフィーナ様は、アークライト公爵にお一人で会いに行った可能性があります」


 パーシヴァルはみるみる目を見開いた。


「まさか……君は、セラが軍の派閥争いに首を突っ込んでいると言いたいのか」

「あの方が、どこまでご存知なのかは私にもわかりません。ですが、アークライト公爵に嫌疑がかけられていると知って、行動を起こされたのかもしれない。不用意に同僚との話題にだした私の責任です」


 シャノンが頭を下げると、パーシヴァルはいらだったように髪をかきあげた。


「……わかった、中将と話そう。君はその間にもう少し詳しく話せ」





「セラフィーナ殿下の行方がわからないことは、表沙汰にしない方がいいでしょう。王宮内で事件があったとあっては王家の信用も揺らぎます。まして、犯人が傍系王族ともなれば、立派なお家騒動です」


 アシュトン中将の重々しい言葉に、パーシヴァルは渋面ながらも頷いた。


「その通りだな……アークライト公の居所はつかめているのか」

「公は王宮内の執務室にいらっしゃいました。セラフィーナ様を見たのは昼食会で最後だと仰せです。側近も、目撃していてもおかしくない場所にいた使用人も、セラフィーナ様を見ていないと言っています」


 パーシヴァルは焦りもあらわに腕を組んだ指の先をとんとんと打ち鳴らした。

 こうして話し合っている間も、アシュトン中将が自分の権限で動かせる限りの人員を動かしてセラフィーナの捜索にあたっているが、良い報告はあがってこない。


「それが本当なら、セラはどこに?」

「公に会いに行ったのでないとすれば、王太子殿下はセラフィーナ様が行きそうな場所にお心当たりはありませんか」


 アシュトン中将の問いに、パーシヴァルは思案するように目を伏せる。


「思いつくのは、すでに捜索の手が入っているだろう場所ばかりだ……君は、何か知らないか?」


 パーシヴァルは、それまで黙っていたシャノンに視線を向けた。


「申し訳ございません、私も何も……ですから、浅慮ですが私はやはりアークライト公に会いに行かれたという線で捜索に加わりたいです。御前を失礼するお許しを」

「許そう。頼む」


 短く命じられ、シャノンは敬礼した。アシュトン中将も目で促すので、足早に近衛隊長の執務室を出て走り出す。

 心当たりなど何もない。けれど、傍系王族が自由に出入りでき、人目の少ない場所を優先的に捜していけば見つかるような予感がしていた。

 セラフィーナは直系王族だ。さすがのアークライト公でも、この短時間で王女を王宮から連れ出すほどの暴挙に出るとは考えにくい。ことが露見した場合に言い逃れするためにも、そこまでの危険は冒さないはずだ。彼がシャノンの知る限りの、冷静な元帥閣下のままであるならば。


 しかし走り出していくらもたたないうちに、アシュトン中将の副官が険しい表情で正面から走ってくるのに行き会った。彼は普段の無表情が思い出せないほど必死な形相で、シャノンを見つけると勢いもそのままに腕をつかんでくる。


「大変なことになった。中将閣下はまだいらっしゃるか?!」


 シャノンが頷くと、彼はぐいとシャノンの腕を引いた。


「君も来なさい」

「私はセラフィーナ様の捜索に……!」

「セラフィーナ様のことも重大事だが、そちらは君のほかにも動いている人間がいる」


 副官の言葉に、シャノンの頭が急速に冷えていく。その理屈で行くと、彼が今持ってきた案件はシャノンと深いかかわりがあるということだ。


(まさか……)


 シャノンの嫌な予感を裏付けるかのように、中将の執務室に戻った副官が告げた。


「中将閣下。ライラ様が、アーキン派の人質に取られました。彼らはあなたの退官を要求しています」


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