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民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!  作者: ろうでい
一話 『山の上の、女子高生』
7/67

(4)


――


「…………」


私は、夕食に出すサラダのトマトを蛇口から出る水で洗いながら、ぼーっと考え事をしていた。


……それは、さっきの悠の言葉だった。


 「柚子ちゃんは、小さい時なにになりたかったの?」


悠は、ただ単に自分の作文の参考に聞いたのだろう。

だが何故かその言葉は、私の胸の奥底にズシンと響くような、重たい言葉になってしまった。

春の陽気でのんびりとしていた私の頭と心が、急に現実色に暗く灰色に澱んだような、そんな気分。


私が、なにになりたかったか。

そしていま、なにを目指しているのか。


今日から私は、高校三年生になった。

既に進路を決めた同級生もいる。受験勉強に必死な同級生もいる。就職活動に励んでいる同級生も、これからもっと増えてくるだろう。


……私。

山賀美柚子は、なにになりたいのだろう?

……私。

山賀美柚子は、なにをめざしていたのだろう?


そんな自問自答が、頭の中をグルグルと回っている。


「―― …… 柚子、ゆーずーーー??」


「……ふぇっ?」


クエスチョンマークだらけの私の脳内に、母親の声が入り込み、私の意識は急に現実に覚醒した。


「アンタはいつまでトマト洗ってるのよ。そんなに土ついてた?それ」


「……あ」


私はどれくらい、この赤々とした野菜を水で洗っていたのだろう。気付けば手がすっかり冷たくなっていた。


「ご、ごめん。ぼーっとしてた」


「疲れてる?今日はお客さん少ないから別に手伝わなくていいよ。部屋で休んでれば?」


「平気平気。ちょっと考え事してただけだから。心配しないで」


「ふーん。考え事ねぇ」


……いけない。心配されるレベルまで考え込んでしまうとは。


でも、この歳ならきっと、程度は違うにしろ誰しもが持つ悩みなのだろう。逆にこんな当たり前の疑問を今まで考えてこなかった自分が何だか恥ずかしくなってきてしまう。


「……ねえ、お母さん」


私は無意識に、銀色のトレーに置いた鰤に塩を振っている母親に声をかけていた。


「ん?なーに?どうしたの?」


「小さい頃の私って、なにになりたかったんだっけ?」


「……小さい頃、って、柚子がどれくらいの時の?」


「んー、いつでもいい。とにかく私、何かになりたいとか言ったコトなかったっけ?」


「どうしたの急に。また唐突だねぇ」


母は可笑しそうに笑みを浮かべながら、鰤の水気をペーパータオルで拭きとりながら答えた。


「でも、覚えてるよ。柚子が……保育園くらいかな?ずっとなりたいって言ってたもの」


「え、なになに?」


「アイドル」


「ぶっ」


私は食材にかからないように後ろを向きながら、小さく吹きだした。あまりに素っ頓狂すぎる私の夢に。


「わ、私そんなコト言ってたんだっけ?」


「うん。そっから小学校あがってもしばらく言ってたよ。かわいくてきれいで、歌と踊りが上手なアイドルになりたいって」


「ごめん。聞いた私が悪かった。もうやめてくださいお母様」


しかし母は顔を真っ赤にする私が楽しいのか、微笑みながら続けた。


「柚子が小さい頃、なんとかガールズっていうアイドルグループが流行っててね。テレビで初めて見た時から釘づけでさ。いつか私もアイドルになりたい、って。

そのアイドルの子達が可愛かったのもあるんだろうけど……柚子はとにかく、お客さんの前で歌ってるそのなんとかガールズっていうグループが好きだったみたいだね」


「……お客さんの前?」


「そう。みんなステージの上のアイドルに釘づけで。女の子たちもそれに応えようとして一生懸命で。大勢の前で歌って踊っている子達が、柚子にはきっとすごくキラキラ見えてたんじゃないかな」


…………。

まったく記憶にない。それもショックだったが……。

悠の作文の役に立ちそうもなく、自分の進路の足掛かりにもなりそうにない幼少期の私の夢に、思わず溜息が出る。


私の中にそんな願望が渦巻いていたとは……。

記憶にはないが、幼少期の自分の感情を辿れば、なんとなくその理由が分からないでもなかった。


良く言えば、大勢のお客さんを喜ばせたかった。

悪く言えば……きっと私は、目立ちたかったのだ。

この現代日本において『村』という環境に生まれ、建造物と人込みより田んぼと畑と畜産動物を多く目にしてきた私とって……テレビの中のアイドルは余計に華々しく、華麗に見えていたはずだ。


……アイドル。


きっと私は、沢山の人に、私を見てほしかったのだろう。


「……柚子。考え事って、それ?」


「……あはは、うん。なんかさっき悠に聞かれてさ。お姉ちゃんはなにになりたかったの?って。なんだか色々考えちゃって」


「ふーん。まぁ、柚子も三年生だしね。いい加減進路もしっかり考えないといけないし、刺さるところがある、か」


「う」


母にはお見通しだったらしく、その言葉もまた、私の心に刺さる。


「ま、考え込みすぎないようにね。柚子には好きな事やって欲しいと私は思ってるよ。民宿の長女だからって家の事気にしすぎないように。アイドルだろうがなんだろうが目指してみるのもいいかもしれないよ?」


「や、やめてよお母さん……。その選択肢はさすがに私には突拍子が無さすぎて……」


「そうかなー?アタシは柚子はいいセンいってると思うけどな。アイドル」


冗談を言って、母はケラケラと笑った。



「こんちはー!予約していた者なんですけどー!」


母がフライパンで今日の副菜のきんぴらごぼうを調理しはじめたところで、玄関の方から男の人の声がした。


「あ、やば。炒めはじめちゃったよ。悪いけど柚子、お客さん案内してくれる?」


「ん、分かった。部屋新館でいいんだよね?」


「そうそう。今日はお客さん7人だけだから、新館の7部屋全部使わせちゃっていいよ」


「了解。それじゃ、いってくるね」


私は手短に水道で手を洗うとそれをパッと拭き、玄関の方へ小走りをした。



「いらっしゃいませー!おつかれさまでしたー!」


―――


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