ー不十分な力ー
俺は自分にとっての『正義』なんて、考えたことがなかった。毎日を『普通』に生活していれば、それでいいのだ。俺は不自由なく、人と同じように生活が出来る。それだけで、『十分』なのだ。
世の中には、人と同じように生活が出来てない人だっているし、そもそも『十分』なんて傲慢なことは世の中は言わないかもしれない。そんな俺がこんなにも、『十分』とはほど遠い『不十分』と感じた出来事があった。今でもこの世界をそう感じている。
この世界の名は通称JOS。正式にはジャスティスオブサンクチュアリで、『正義の聖域』と言われる仮想現実大規模多人数オンラインゲーム。新型VRMMOだ。今の時代ではそう珍しくない話だ。多くの人がVRMMOというジャンルのゲームを楽しんでいる。このVRMMOの作成者も言っていた。ゲームとは所詮『自己満足』の権化であると。ただ、このゲームが少し変わった所があるとすれば、異世界化された日本だと言うことだ。
俺の中では異世界とはファンタジーなイメージがあったが、ここは違う。ファンタジーなんて生易しいものじゃない。それぞれの目的を果たすため、この世界で生きるのだ。いや、生き抜くのだ。俺にもこの世界で生き抜く目的がある。その目的を果たすためなら、どんなことだろうと、絶対に果たしてやる。
ー現実世界で『死んだ』彼女に会うためだー
現実世界で死んだ人に会うことなど、常識では無理な話だ。だが、この世界では常識では無理な話を実現出来る。このJOSは日本を舞台とし、日本が異世界化されたVRMMOであり、日本を真似た異世界だ。限りなく、本物の日本と近づけるために、このVRMMOは日本に住む全ての人間をコピーし、通常ではそのコピーは本物の日本と住む人間と変わらなく、行動しこの世界で生きているのだ。俺はこの世界にコピーされている彼女に会うためこの世界に来たのだ。
そして、この世界にログインする通常JOSプレイヤーには、神器が渡される。神器とは、JOSプレイヤーだけに渡され通常ではコピーされた人間には、持つことが出来ない武器である。異世界化された日本で、武器など渡しても、意味などないと思っていたが、生き抜くには必要だと実感している。いや、実感させられたのだ。この肉体に。今でもその傷が残っている。自分の目的を果たすのがこんなにも簡単なことじゃないことを思い知らされたのだ。
俺の神器の名は、サバイバレットアクオン。元々は長く剣身が綺麗だったのだが、今は先っぽだけが欠けている剣だ。俺は現実世界で、武術とか剣術とかやったことがなかったため、あいつと戦った時はボロボロだった。だけど、今は違う。必ず彼女に会うために俺はもう負けない。そして、あいつから彼女を取り返して見せる。今思えばあいつと戦ったのはもう2年も前だったのか…
ー2年前ー
俺の彼女が死んだ。原因は自殺だった。雨の音がとても大きく聞こえるほど、衝撃的だった。俺は絶望した。彼女を守れなかった。雨の中ひたすら行き先なんて考えずにがむしゃらに、走り続けた。叫び続けた。泣き続けた。でも、俺の声よりも何より雨の音の方が大きかった。俺はそして、いつも彼女と話していた展望台に来ていた。屋根がないので濡れながら、彼女との思い出を思い出していた。ただ止まらない涙と後悔が、俺の心を貪り尽くしていた。
ふと気づくと、雨の音は聞こえて、雨は目に見えるほど、降っていたが自分は濡れてなかった。後ろに気配を感じたので、振り返るとそこには、俺に傘を差している黒いスーツ姿の男が立っていた。男は後ろを振り返った俺を見て、優しく語りかけた。
「大丈夫かい?何があったんだい?」
「お、俺の彼女が、彼女が、」
震える声で俺は反応していた。誰かに優しくされて、気が緩んでしまって、俺はその人の前ですがりついた。男は俺に手を伸ばし、言った。
「歩けるかい?詳しく聞かせてくれないか。」
俺はその人の手を握り、とぼとぼとゆっくりその人に誘導されていった。その人が俺を連れて行った先は会社だった。そこには株式会社ジャスティンとあったのだ。そこに連れられた俺は、その人に聞いてみる。
「ここはあなたの会社ですか?」
「私が勤めてる会社さ。ゆっくりここで君の話を聞かせてくれ。」
そういい、エレベーターに乗り、地下に降りていった。そして、降りて行った先に見えたのは、無数にあるベッドだった。そして、謎の電子画面。
「ベンさん、少しこの子の相談に耳を貸してくれませんか?ベンさんなら力になれそうですので。」
黒いスーツの男の人が話しかけたのは、医療服のような白衣を着た人だった。
「ほう、クロ。聞こうじゃないか。その話。」
ー俺はその2人に説明したー
「なるほど。高校で付き合っていた彼女が、理由分からずに自殺か。奇妙な話だね。」
「そうなんです。お、俺は彼女の力になってあげられなかった。」
そう俺は拳を握りしめると、白衣の男が俺に言った。
「ならば、彼女に会ってみるか。もう一度会いたいなら…」
「あ、会えるのか!彼女に!会えるのか!?」
俺は大の大人に食いかかって言った。黒のスーツの男が、俺に冷静で言った。
「落ち着いてください。君は、そうだ。私達はまだ、自己紹介もしていなかったようだ。私の名前は赤道クロ。そしてーーー。」
黒のスーツの人が自己紹介し、何か言おうとしたところで、白衣の人が遮る。
「クロよ、待ちなさい。それは私が説明しよう。私の名前は黒夜ベン。とあるゲームの開発者だ。君の名前をまだ聞いてなかったね。」
俺は自分が失礼なことをしていることに気がついた。名前も語らずに、熱くなってしまっていた。
「す、すみません!俺の名前は赤羽シュウです!」
「シュウくんか。シュウくん、彼女に会ってみないか。そのためにとあるゲームにログインしてもらう。スマホはあるかい?」
「な、ないです。」
「そうか。では貸そう。ちょうどサポートAIが既にインストールされているスマホがある。」
そう言って渡されたスマホを見ると、そこには白く短い髪の女の子が、俺を睨んでいる。
「こ、これは?」
「それはサポートAIで、意思のあるAIなんだ。君のこれからのゲームに必要なのさ。シュウくんにはJOSにログインすることを認めよう。そのサポートAIを使い、このJOSで生き抜くがいいと思う。」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺は彼女に会いたいし、それに生き抜く?どういうことですか!」
「そうだね。1つずつ説明していこう。この通称JOS。ジャスティスオブサンクチュアリとは、異世界化された日本にログインしてもらう新型の仮想現実多人数オンライン、VRMMOさ。」
VRMMO…聞いたことがある。仮想現実にダイブするゲーム。でも異世界化された日本!?
「このゲームは、限りなく現在の日本に近づけるために、ある実験をし、成功したゲームさ。」
「あ、ある実験?」
「人間粒子化コピー実験さ。この実験は、現実に生きている人間を仮想現実で、生かさせる実験なのだ。」
「な、何のために?」
「『正義』さ。」
「『正義』?」
「そうさ。君にもあるじゃないか。立派な『正義』が。」
「お、俺の『正義』?」
「彼女に会うことさ。これは人間粒子化コピー実験をしたと言っただろう?この世界にはシュウくんの彼女のコピーが存在する。」
「!!!!!」
俺はその言葉に絶句する。そうか。そういうことか。俺みたいなやつのためのゲーム。
「入らせてくれ!頼む!」
「さっきも言ったが、生き抜くんだよ。シュウくんの『正義』を叶えるためにね。シュウくん。君はこれから、何があっても生き抜く覚悟があるかい?」
「もちろんだ!!!」
この時俺は簡単に生き抜くなど、言ってしまった。生き抜くことがこんなにも、難しいのだと、思い知らされることになるのだ。これから。
「では寝てもらおうか。そのサポートAIを連れて。こちらのベッドで。」
「は、はい!あ、あとよろしくね!名前は?」
サポートAIに話しかけるとそいつは、ジーと睨みながら、愛想悪く言った。
「白鈴ユイ。」
「お、おう。よろしく。」
「それでは、健闘を祈るよ。彼女に会えるように。」
「ありがとう。ベンさん。このゲームは神ゲーだよ。」
泣きそうに言うとニッコリ笑ってベンさんは言う。
「ゲームは人を笑顔にするためにあるものさ。君みたいなプレイヤーがいると、このゲームを作ったかいがあるよ。人間粒子化コピー実験は難題だったのだ。」
「ありがとう!こんなゲームがあって、良かった!クロさん!あなたもここを紹介してくれてありがとう!俺は!彼女のコピーでもいい!会いたい!会いたいんだ!」
「シュウくん…君なら会えるさ。そして、生き残るんだよ…」
ベンさんの言葉を心に刻み、俺はJOSにログインした。最初にログインして、見た風景は、俺の家だった。
「ここは日本が異世界化された所だろ。だから、ええーと、彼女の家に行こう!」
スマホを持って俺は彼女の家に行くと、見た目は何も変わらない。いつもの彼女の家だった。
「ホントに日本が完全にコピーされているな。でも、なんか、不気味な感じがするな。」
そう言うと、スマホの中の白鈴ユイが話した。
「勘のいいやつだな。この家の中にシュウと同じ、JOSプレイヤーがいる。神器を握っとけ。私をタップしろ。シュウ!」
「じ、神器?」
「馬鹿か!異世界なんだから!そりゃそうだ。いいか。コピーされている日本の家に、JOSプレイヤーがいるということは、シュウと同じようにこの家に『正義』を持ったやつがいるってことだ。用心しろ。」
「な、なんでだよ。『正義』ってことはいいことじゃん。」
「とことん馬鹿だな。『正義』ってことは、何かを壊すことも『正義』だっているのだ。」
「てことは!まさか!」
「慌てるな。まだ分からないだろ。シュウの敵かどうかなんて。でも警戒は必要…シュウ!空を見ろ!お前の彼女らしき人が上にいる!」
「う、上!?」
どういうことだ!?コピーが空飛べるのか!?確かに異世界化された日本だけどよ。普通の人間じゃないのか!?だって現実の彼女は空なんか飛ばないハズ。っと考えてると、そこには気絶している俺の彼女を抱えた明らかにJOSプレイヤーの人がいた。
「な、何!?空飛べる神器もあるのか!?追いかけよう!許さねぇ。あいつの『正義』だろうと、せっかく彼女に会えたのに!おい!ユイ!俺たちは空飛べないのか!」
「無理だな。お前の神器にはそんな能力はない。自然災害を起こすだけだ。」
「自然災害を起こすだと!?いいじゃん。それ。上昇気流で上にあげてよ。てか俺の神器出して。」
「あぁ。だから、タップしろ。」
そして、タップして出てきたのは長い剣だった。
「よし。上昇気流を出してくれ。あいつがドンドン離れていく!」
「マギア!アップエレメント!」
とユイが言うと、俺は空に打ち上げられ、彼女を抱えてるやつまで5mとなった。俺はそいつを掴もうとすると、そいつが振り返り、棍棒のようなもので、俺は撃ち落とされた。
「ぐはっ!!!」
「おい!シュウ!シュウ!」
ユイが呼びかけていた。上を見上げていると、そいつが彼女を抱え降りてきた。
「お前何者だ?JOSプレイヤーのようだな。」
「お、俺は赤羽シュウ!お前こそ、俺の彼女に何手出してんだ。離せよ。」
「そういう訳には行かないな。恋心ってやつか。くだらない『正義』だな。」
「くだらねぇ。恋だとぉ!?ユイ!あいつぶっ倒すぞ。雷だ。」
「おい、シュウ!落ち着け!」
「速く!!!」
「マギア!サンダーグレイシア!」
真っ直ぐに雷が放たれたが、あいつは平然と自分の棍棒を握りしめていた。
「テージ!コントラルリゼショーン!」
あいつはそう言うと、棍棒で弾き返してきた。
「シュウ返ってくるぞ!」
ユイの声がしたので、俺は咄嗟に身をかがめた。
「くっそ!棍棒で弾き返しやがる!」
「棍棒とは、叩くだけではない。突くことも出来ることを教えてやろう。俺の名前を覚えてから死ぬがいい。俺の名は、フードラル=リンガ。神器クラブグレイヤー!テージ!コントラルエージェン!」
棍棒が勢いよく伸び、俺に迫ってくる。
「避けろ!シュウ!」
「いや、ユイ!この剣で!あいつの棍棒斬ってやる!俺達も物理だ。」
「シュウ!まったく!冷静なやつかと思ったが、とんだ馬鹿だな。私に合わせろ!テージ!ブラッキードロップ!」
俺は分かる。使い方が。初めてなのに、分かる!まるで、体が覚えてるようだった。そして、俺は伸びた棍棒を縦に切ろうとした。すると、棍棒は勢いよく俺を吹き飛ばした!
「シュウ!!!」
「ぐはっっっ!!!」
叩きつけられた俺を見て、フードラルは言う。
「我が国に伝わる最強の棒では、やはりお前も雑魚に等しい。この娘はもらっていく。俺の『正義』のためにな。湖まで吹っ飛ばしてやる。テージ!コントラルエンドゾーン!」
紫色の蛍光化している棒を奴は投げた。真っ直ぐに飛んできた棒は、見事俺に命中して盾にしようとした俺の剣は欠けてしまった。
「弱いな。お前の『正義』じゃ、俺には勝てない。」
「貴様ぁぁぁ!シュウを!!!」
ユイの声がした。でも、もう無理だ。腹からの血に、目も霞んできやがった。そうか…俺…負けたのか。
でも!でも!俺は最後に気絶している彼女に届くように言った。
「お、俺は君を…助けるから!今度は俺が!!!強くなって!!!助けるから!!!フードラル…アヤを…こ、殺すなよ?そしたら、俺が今度こそお前を!!!殺してやるからな…!」
俺はそう言い、地面に顔を押し付けた。体も動かなくなった。フードラルの声が上からする。
「はっはっはっ!よく言ったな!!!シュウと言ったか?覚えておこう。大丈夫さ。こいつは殺しはしない。強くなってまた、戦おう。」
俺は負けた。今度こそアヤを助けるため。そして、今度こそ『正義』を貫くため。俺はこの世界を生き抜くことを決意した。ユイと一緒に。俺は『十分』な力を手に入れるために、今は『不十分』なこの力を恨んだ。だが、絶対に助けるからな。アヤ…