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悪役令嬢、格闘す

作者: 魂々

 荘厳な大広間。今日開かれているのは子供たちだけのパーティだが、その内容は豪華絢爛。


 それもそのはず。ここに居るのは王国の将来を担う王侯貴族の子弟たち。その身に纏った服装も華美そのもので、彼らの身分の高さと財力が窺い知れる。


 今日は記念すべき日、学び()を卒業し羽ばたくときだ。彼らの門出を祝うために、各地から集められた贅を凝らした食事が並べられ、オーケストラまで用意されての大規模な記念パーティが開かれていた。 


 そんなめでたいときだというのに、会場を包むのは異様な雰囲気。シーンと静まり返り、誰もが口を(つぐ)んでしまっていた。


 全員が見詰めるのはただ二人のやり取り。一人は王子ケルン。そしてもう一人はヴェスター公爵家の息女ジュピテリア。


 この場に居る最も位の高い二人であり、婚約を結んでいる二人だ。しかし、彼らの間に暖かい空気は無く、凍り付きそうなほど冷たい緊迫感が立ち込めていた。


「……何か申し開きはあるか?」


 ケルン王子は蔑むような目でジュピテリアを見下す。


 その冷たい目を見て、ジュピテリアは直感した。ああ、王子は私を逃すつもりはないのだな、と。


 ケルン王子は潔癖な方だ。不正や悪事を見過ごす人ではない。だから、これからの自分の運命に想像が付いてしまって感情が高ぶってしまう。


 とはいえ、何も言葉を返さない訳には行かない。胸の(うち)に湧き上がる激情を(こら)え、声が震えないように何とか返事を紡いでいく。


「……いえ、ありません」


 それでもやはり、声には大分感情が乗ってしまった。


 それに不審がられると思ったが、ケルン王子は少し眉を(ひそ)めるだけで。すぐに右後に居た人物へと目を向けた。


 ナンシー・ベルロイ。キツい見た目のジュピテリアと違い、小動物のような愛らしさのある男爵令嬢だ。


 大貴族としての矜持と傲慢さを持ち合わせたジュピテリアよりも、彼女のような普通の女の子の方が魅力的だとジュピテリア自身分かっている。


 だけど、この生き方までは変えられないのだ。それがゆえに、今日のこの事態を招いた。


「言い逃れをするかと思ったが、素直に認めるのか。用意した証拠が無駄になったが、まあいい。――ナンシーへの度を越した嫌がらせを数多行った貴様を、将来の国母とする訳には行かない。ジュピテリア・ヴェスター! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 告げられる無慈悲な一言。


 それを、ジュピテリアは歯を食いしばって耐える。


 まだだ、まだ。まだか。


 そして、そのとき二人の間に一人の男が分け入ってきた。ジュピテリアは目を見開き、食い入るようにその人物を見る。


「なんだ、クロムウェル? 今は邪魔をするな」


「まあまあ、そう言わずに」


 クロムウェル・ゴトリー。ゴトリー子爵家の嫡子であり、ケルン王子の親友でもある優男だ。


 王子へと(なだ)めるように手振りをしながらも、クロムウェルは止まらない。


 そのまま彼が二人の間に立つと、どこかから妙に渋い男の声が聞こえてきた。


「ガギン! ガギン! ガギン! バシューン! 『ジュピテリア・ヴェスター』!!」


「ガギン! ガギン! バシューン! 『ケルン王子』!!」


「な、なんだこの声は……」


 (いぶか)しみ、不安そうに辺りを見回す王子。


 そんな王子をよそに、ジュピテリアの口角は好戦的に釣り上がる。やっと、やっとだ。やっとこの時が来た!


 そしてついに、クロムウェルが大きな声で宣言した。


「ラウーンドワン! ファイッ!!」


 その言葉と共に会場のどこかから「カーン」という鐘の音が聞こえてきて。同時に、オーケストラが激しい音楽を奏で出す。


 一気に、パーティ会場がこれまでとは違う緊迫感に包まれた。


「はぁ? 何だこれは。何を言っているんだクロムウェル……ってうわっ! 何をする! 危なっ!」


 真っ赤なドレスを翻して距離を詰め、ジュピテリアは淑女らしく挨拶の『ジャブ』を繰り出した。


 しかしながら王子は回避の『バックステップ』。その純白の衣装には残念ながら届かない。


「1P側にはジュピテリア嬢! そして、2P側にはケルン王子! ジュピテリア嬢、開幕『小パン』で速攻仕掛けたぁ! 対して王子、『バクステ』で距離を取るぅ!」


「クロムウェル! っくそ、ええい。何をしているか分かってるのかジュピテリア! おい、お前たち! 何をやっているのだ、取り押さえろ!」


 クロムウェルは、いつの間にかできあがっていた実況席から実況する。彼の前には「実況」と書かれた立札が置かれていた。


 それに唖然としながらも、大仰に手を振り、ジュピテリアに、周囲の者たちにアピールするケルン王子。


 しかし誰も反応しない。


 それどころか、明るい雰囲気で二人の様子を眺めており、応援している者までいた。


「おおっと、王子はなんと『挑発』です。これは誘っているのか!?」


「『挑発』は普通なら大きな隙でしかないんですが、こうもあからさまだと罠かと思ってしまいますね。ジュピテリア様も慎重にならざるを得ない様子です。ですが、殿下は固めからの崩しが強力ですから、待ちに徹するよりは覚悟を決めて攻めるべきでしょう」


 クロムウェルの言葉に、いつの間にかその隣にいたナンシーが付け加える。彼女の前には「解説」という札が置かれていた。


「ナンシー!? お前まで一体何を言っているんだ!?」


「ええ、ナンシーさんの言う通りですね。…っとここでジュピテリア嬢飛び込んだー! 王子はどう出る!」


 よそ見していた王子だが、それでもジュピテリアの動きに反応して迎撃を打ってくる。


「くそっ、このっ!」


「『王族の左』! だが届かない!」


「出すタイミングが少し早かったですね」


 感情的に実況するクロムウェルと、淡々と解説していくナンシー。


 二人の言葉を遠くに感じながら王子の攻撃を至近でやり過ごし。そして、すぐにジュピテリアは踏み込み、王子のガードの上から『ジャブ』を連打していった。


「ジュピテリア嬢、『王族の左』を見送ってから潜り込んだ! そして王子のガードに『小パン』連打で固めていく! さあ王子はどう返す! ジュピテリア嬢はどう崩しに行く!」


「いい気になるなよ!」


 そう言って、王子は右手を引く。大振りの合図だ。


 それに合わせてジュピテリアはダンスのターンのように足を回し、腰を捻る。


「王子堪らず『ガーキャンンン』!」


「あーこれは!」


 そして、二人の攻撃が交差する。


 王子が『ガーキャン』の右フックなのに対して、ジュピテリアが上半身を倒しながら放つそれは、後ろ回し蹴りだ。


 タイミングはほぼ同時。しかし、王子の右手はジュピテリアの身体の上を素通りし、ジュピテリアの蹴り足だけが王子の腹に刺さった。


「――うぐっ!」


 声を上げ、王子は大きく吹き飛ぶ。


「『ガーキャン』が、狩られたぁぁぁぁあああ!」


「ジュピテリア様、完全に見てから出しましたね。『令嬢後ろ回し蹴り』は上半身がほぼ無敵になります。これがあるからジュピテリア様には『ガーキャン』を振りにくいんですよ」


「そうですね。ジュピテリア嬢は『ガーキャン』狩りに定評がありますから、甘えた『ガーキャン』は効きません!」


「何だよその定評……ぐっ……そんなの、初めて聞いたぞ」


 蹴飛ばされ床に倒れたものの、王子はすぐに起き上がろうとする。


 だが、ジュピテリアも既に次の行動に移っていた。起き攻めだ。駆け寄っていた勢いのまま、高くジャンプ。


「ジュピテリア嬢飛んだ! さて起き攻めはどうする!?」


「くっ」


 王子は顔の前を両腕を組み、ガードを固める。


 それを見て、ジュピテリアは空中攻撃を諦める。そして何もせず着地。同時に(かが)み、足元を攻めた。


「ジャンプからのー……『すかし下段』! これは見えないぃぃぃ!!」


「『中段』『下段』裏表に『投げ』という五択でしたね~。殿下これは痛恨のミスです」


「いえ、これは流石に仕方が無い。あれを防げるのは鉄壁のガードを誇るナンシー嬢くらいなものでしょう」


「そうですか?」


「そうです」


 首を傾げるナンシーに、クロムウェルが真顔で返す。


 そんなずれた会話を聞きながらも、ジュピテリアは連撃を続けていく。


 外野に注意を逸らして、このチャンスを逃してはならないのだ。


「くっ! がっ!」


「そうこうしている間にも『令嬢の膝』! そしてぇー! 『令嬢ヤクザキック』で蹴り飛ばす!」


「吹き飛ばしからの壁コンルートですね。高ダメージが期待できます」


 飛ぶ王子へと追いすがり、壁際へと辿り着く。


 後はいつもの通りの壁コンボだ。


「ダッシュからの『強パンチ』、『令嬢の右アッパー』に、『令嬢の左足』! 王子が壁でバウンドしていくぅ! 『令嬢のカカト』! そしてぇえ!」


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 実況の二人に観客たちまで混ざった合いの手を聞きながら、ジュピテリアはリズム良く『飛び蹴り』・『回し蹴り』を放ち、王子を壁へと打ち付けていく。


 そうしてコンボの終盤。一際大きく持ち上がった王子を前に、右手に自慢の巻き毛を巻き付ける。


 ギュィィィインと(うな)りを上げ、高速回転する金色の円錐。


 外さない。外せない。少しばかりの緊張を胸に、円錐を空中の王子へと突き上げ。そしてその想いの丈を叫びながらぶち当てた。


「受けよ! 我が激情の右ドリルゥゥゥウウ!!」


「これはぁあ! 『奥義! 令嬢の超ドリル』だぁあ!!」


「ぐがぁぁぁぁぁああああ!!」


「ジュピテリア様の締めはやっぱり安定の『超ドリル』でしたね。出が早く、判定が大きく、威力が高い。三拍子揃った、本当に羨ましい性能の超必殺技です」


「良いコンボが決まりました! 王子の体力ゲージは真っ赤! 残り僅かです!」


 わぁぁぁああと会場が歓声に包まれる。


 コンボの余韻に浸りながら、右腕に巻き付いた髪を戻す。だがその頃には、よろけながらも王子は立ち上がっていた。


 『超ドリル』の威力は高い。だが、技の後にこの硬直があるせいで起き攻めはできないのだ。


「……好き、勝手、……ゴホッ…言いやがって。後で覚えてろよ、クロムウェル……」


 そうして、またお見合いのやり直し。


 だが、仕掛けられるのは趣味じゃない。ジュピテリアは自ら動いた。


「ジュピテリア嬢、攻める! ――おもむろに『投げ』っ!! だが王子、『投げ』を弾いた! 流石にこれは見え見えだった!」


「くっ! やられっぱなしで終れるかよ!」


「くぅっ……」


 急いてしまったせいで攻撃を見切られてしまい、一転して王子の攻勢が始まってしまう。


「王子のぉー『強パンチ』! ……は、ジュピテリア嬢もきっちりガード! その上から王子の『小パン』固め! っと『下段弱キック』が決まったぁ!」


「うぁっ、ひぐっ!」


「殿下、本日初ヒットですね」


 そうして、王子のコンボが始まる。だが、それは長くは続かなかった。


「さあ王子の『小足』連打が続く! そしてぇ――『強パンチ』に『王族の前蹴り』!? 早くもジュピテリア嬢を手放してしまった! これはコンボミスかぁ!?」


「これは酷いミスですね。殿下は操作しやすいキャラのはずなんですが」


 呆れ顔のクロムウェルとナンシー。


 その言葉に耐えらなれなかったのか、王子はまた実況席へと顔を向けた。


「キャラって何だよキャラって!」


「おっと、また『挑発』だぁ!」


「これは酷い舐めプレイですね。これでこのラウンドを殿下が取ったら笑います」


 王子の挑発に、また実況と解説が笑った。


「その隙にジュピテリア嬢立ち上がる! だがまた王子から仕掛けていったぁ! 出すのはぁ――まさかの『通常強パンチ』! これは馬鹿! 当然防がれる!」


「とはいえ、まだ固めてるのは殿下です。崩しだけじゃなくてガークラもあるのが殿下の怖い所ですから、ここから逆転も十分あり得ますよ」


「はい。王子も諦めず踏ん張って欲しいところ!」


「何を言ってるんだお前たちは本当にぃぃ!」


 王子は外野に反応しながらも攻撃を続け。ガードの上からジュピテリアの体力を削っていく。


 ジュピテリアはそれを食いしばって耐えた。今はまだ優勢。だが、気を抜くことはできない。一発の威力は向こうの方が大きいのだ。


 ジュピテリアはガードを固め、虎視眈々と機を窺う。


 そして、『小パン』連打する王子が、『小パン』とは違うモーションに入るのを見た。


 来た! そう思うと同時に、手が動いた。


「王子の固めが続くぅ! 『小パン』『小パン』『小パン』、おっと『投――げ』に『小パンンンン』! ジュピテリア嬢! 王子の『投げ』に『小パン』を差し込んだぁぁぁああ!」


「いい暴れです」


 そのまま、丁寧に連撃を入れていく。


「『小パン』『小パン』、『令嬢の右アッパー』に『令嬢ハイキック』! そして『扇子叩き』で締めた! 王子ダウーン!! 第一ラウンド取るはぁああー! ジュピテリア嬢!!」


 クロムウェルの興奮した言葉。それと同時に「わぁぁあああ」という凄まじい歓声が響いた。


 大音量が会場を満たす。心地良い疲労の中、その興奮の波がジュピテリアの身体にも伝わってきた。


 そうして少し経ち。観客の声が収まった頃になって、解説のナンシーが話し始める。


「罪科を稼いで一撃を狙うのではなく、安定ルートで確実にラウンドを取ることを選んだようですね。堅実です」


「果たしてその選択が吉と出るか凶と出るか。次のラウンドでは王子の罪科が残り六つ、ジュピテリア嬢の罪科が残り四つで開始となります。ラウンドを取ったジュピテリア嬢が若干有利でしょうか」


「ですが、まだまだ分かりませんよ。ジュピテリア様は壁コンでゲージを吐いてしまいましたが、殿下は温存していますからね」


「なるほど、確かにそうですね。王子は後がありませんから、ゲージを上手く使っていって欲しいところですね」


 和気藹々と話す解説と実況。


 その話が一段落ついた頃になって、倒れていた王子がようやく立ち上がった。


「……何を、しているんだ衛兵共! こいつは王族に手を出したのだぞ! さっさとこの暴力女をひっ捕らえよ!!」


 剣を抜き放ち、(わめ)き出すケルン王子。怒り心頭なようで、額に血管が浮き出ているのが見えた。


 しかし声を向けられた衛兵たちは反応せず。それにコメントしたのは、またしても解説と実況だった。


「ああ……これは……」


「抜刀しましたね殿下。しかしゲージが減っていません。本来ならゲージ消費が必要なはずなんですが」


「まあ王子はラスボスですから、一ラウンド敗北後の強化はお約束でしょう」


「フフッ、確かに。言われてみればそうですね」


「ゲージって何だよ! お約束って、そんなのどこの蛮族の慣例だ!」


 王子は実況席へと剣を向ける。しかし当然、クロムウェルはそれを意に介さない。


 重要なのは、王子が最初向かい合った立ち位置にいるということと、同じくジュピテリアも最初の立ち位置に立っているということだ。


「それでは両者向かい合ったところで。……ラウーンド、ツー! ファイ!!」


 クロムウェルの宣言と共に、またカーンと鐘の音が鳴る。


 その合図が鳴ってようやく、王子は実況席から目の前のジュピテリアへと視線を移した。


「ちぃっ! まだやるのか! だがさっきまでと同じように行くと思うなよ。王族に手を出したこと、後悔するがいい!」


「王子おもむろに近付いていくぅ!」


「そこで(やかま)しい貴様らもだ! だが先にジュピテリア! お前からッ! だ!」


 王子はジュピテリアへと剣を振る。だが、そんな危険なものを流石に食らってやる訳には行かない。後ろに飛び、避けていく。


「『シャルター流剣術・上段八の型』! 続けて『切り返し』! ジュピテリア嬢は『バクステ』で逃げる!」


「当たれば大きいですからね、殿下の剣。ジュピテリア様は回避重視で組み立てていかないといけません」


 避けて、避けて。そうしていると、王子の雰囲気が一気にピリリとする。


 漏れ出るオーラ。あれは……!


「『上段三の型』、に続けてぇ――王子、構えたぁ! 『奥義! 王族の一閃んんん』! これはジュピテリア嬢、大ダメージぃぃぃいい!」


「ぐぅっ!!」


 実際の剣よりも長く伸びる斬撃が、ジュピテリアを襲う。


 深く切れた腕から血が噴き出したので、瞬時に気合いで止血する。ガードはしたが、その上から体力を半分近くも削られた。


「温存したゲージを上手く使いましたね。欲を言えばガードを解いてから使いたかったところですが、『奥義・王族の一閃』はガードの上からでもかなり削れますし、ジュピテリア様は体力が低めなのが大きな弱点ですから、このぶっぱは悪い判断ではありません」


「第二ラウンド開幕早々に大きな差ができてしまった! このまま流れに乗って王子がこのラウンドを取るか、ジュピテリア嬢が巻き返すか! さあ、どうなる?」


「今ので罪科も横並びですし、一気にケルン殿下優勢の流れになりましたね。とはいえ、殿下の剣には当たり判定があるという大きな弱点がありますので、ジュピテリア様にも付け入る隙が無い訳ではありません。逆に殿下にはそこに注意して、大振りにならないように気を付けて組み立てていって欲しいですね」


「何だよお前ら! 何でそんなこと知ってんの!? 罪科って何? 当たり判定って何だよ!?」


 王子は実況席に反応しつつも『挑発』まではせず、ジュピテリアが受け身を取って起き上がると同時に『突き』を繰り出してきた。


 迫る白刃を掠りながらも回避し、一旦下がって剣の間合いから離れるジュピテリア。


 そうして逃げるも、王子は慎重なのか畳み掛けては来ず。そうして二人の間に距離ができた。


 だが、このまま受け身になったら負ける。ここは攻めねば!


 ジュピテリアは勇気を振り絞り、足を踏み出す。


「おっ! ジュピテリア嬢、ここで突撃したぁ!」


「ここはリスクがあっても仕掛けることを選んだようですね」


「馬鹿が!」


 三者の言葉を聞きながら、ジュピテリアは距離を詰める。


 その飛び出しに合わせ、王子はおもむろに剣を繰り出した。


 それより先に動いていたジュピテリアは笑う。これは賭けだった。そう来て欲しかった!


「ああ、言ったそばから……」


 それを見て、ナンシーが頭に手を当てる。


 結果はその仕草の示す通り。


 王子の剣を、ジュピテリアの扇子が絡め取っていた。


「これはぁ! 王子、『当て身』に剣を出してしまったぁぁあああ!」


「何っ!? ぐはっ!」


 剣を弾き、扇子で扇ぐ。すると、触れてもいない王子が吹き飛んだ。


 扇子自体は王子の身体には当たらないが、剣の当たり判定には届くのだ。


「王子吹っ飛んだー!! ジュピテリア嬢、当然追っていくぅぅ!」


 ジュピテリアは王子を追っていき。そして、壁までやってくる。


「壁際ぁあ! そしてぇ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


「ぐっ、がぁっ、ぐふっ、げはっ」


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 実況席の二人だけでなく、周りの観客の「ハイッ! ハイッ!」コールに包まれる。


 昂る心。快感のような歓声。だが、内心ジュピテリアは焦っていた。


 同じ手は通用しないだろう。次に王子を起き上がらせれば、不利になるのは明白。そのまま負けてしまうかも知れない。


 思い浮かべるのは、かつて戦った強敵たち。彼らとの熱い想いと特訓の日々。


 ここで負けて良いのか? いや、良い訳が無い!


 信じる。特訓してきた自分を。強敵たちとの絆を!


「そして締めは! ゲージが無いので『令嬢の通常ドリル』、ではなく裏回りぃ! まだ続ける! 更に『小パン』『小パン』、『小足』。『令嬢ヤクザキック』で吹っ飛ばし、それをモーションキャンセルして追いかける! あそこで『ドリル』じゃなくて裏回り『小パン』とは、いつものルートを捨てて一体どんなルートを選択したのかー!?」


 元々の壁際から裏回り、反対側の壁際目指して空中で王子にコンボを刻んで行く。


 そうして反対岸へと辿り着くと、ジュピテリアは鞭を取り出した。


 鞭で高速連打を繰り返しながら、荒ぶる心のまま叫ぶ。


「せや、せや、せや、せや、せや! その身に受けよ! 我が傲慢を!!」


「これは、『奥義・令嬢の超鞭殴打』! ……ということは、おお! これは殿下限定の即死コンボルートですね! かなり難易度高い奴です!!」


「なるほど、王子対策は十分ということかぁ! そしてジュピテリア嬢、まだ続く! 壁際の王子に『小パン』『小パン』『小パン』『小パン』と『小パン』を刻んで行ってぇー! そして、『令嬢のスタンプ』! 高ぁい! 王子大きくバウンドするぅ!」


「ぐがハァッ!」


 王子を高く浮き上げる。


 それを追ってジュピテリアもカーペットを蹴り、テイクオフ。空中での連打が始まる。


「まだ終わらない! 追撃は『令嬢の空中ビンタ』、『キック』、『空中ビンタ』、『空中ビンタ』、『空中ビンタ』! そしてぇ、ノックバックで離れたところに、『空中鞭』で引き寄せての『空中カカト』! 王子、またバウンドしていくぅ!」


「タイミングも完璧ですね。仕上がってます」


「怒涛の連打! だがまだ終わらないぃ! そして王子の体力ゲージは残り僅か! これは殺し切れるか!」


「あとはミスさえしなければ終わりですね」


 ナンシーの言葉の通りだ。このまま叩いていけばそれで終わる。


 だが、ここで欲が出た。折角のこの機会、地味に終わらせるよりも格好良く決めたい。


 ジュピテリアはここでルートを変える決断をする。大丈夫、前々から考えていた。私ならできると己に言い聞かせる。


 そうして決めたなら、もう迷わない。後はやり遂げるのみ! それが淑女の嗜みというもの!


「っとここで地上に降りて、『扇子』キャンセルからの『紅茶ぶっかけ』! 流れるように二つも罪科を積み上げた! これでジュピテリア嬢の罪科マックス! ……ということはぁ!」


「おお、まさかの魅せコン! そしてぇ――鞭来たぁぁぁああ! 出して! 縛っったぁ!!」


 鞭で王子を縛り上げると同時、ジュピテリアの真っ赤なドレスが闇夜のような黒へと変わる。


 そしてジュピテリアはどこからともなく背後に出てきた豪華な椅子へと悠々と座り。身体を芋虫のように縛られている王子を蔑んだ目で見下ろした。


 座するジュピテリアが足を組むと、その金毛が一気に伸びていく。


 一部は王子の身体に巻き付き彼を罪人の如く膝立ちにさせ。そして、残りの大半は彼の頭上で形を結ぶ。


 それは王子の二倍はあろうかという金色の巨鎚。その恐るべき威容が、振り下ろされるときを今か今かと待っていた。


 そして、ジュピテリアは静かに宣告する。


「我は悪。我は高慢。我は外道。我が前に阻む者なし。――頭が高い、平伏せよ」


 右手を上げ、振り下ろす。


 それが全ての終わり。縛られた王子の頭へと金の槌が振り下ろされ、王子の頭が地へと叩き伏せられた。


 クロムウェルが叫ぶ。


「『最終奥義! 悪役令嬢の、鉄槌ぃぃぃいいい』!! 決まった、決まりましたぁあああ!! 勝者ぁ! ジュピテリア・ヴェスターぁぁぁああああ!!」


 ナタリーが叫ぶ。


「格好良いぃぃぃいいい!! 超格好良い!! 最後に二罪科コンボからのまさかの一撃ですよ、『カウンター』と『超鞭』も合わせて一コンボで四つも罪科増やし切りましたからね! いやぁ良いものを見せて貰いました! 眼福です!!」


 観客が叫ぶ。


 オーケストラがファンファーレを吹き鳴らす。


 この場に居合わせた誰もが、この決着を喜び、惜しみない拍手をジュピテリアへと送っていた。


「では勝利者インタビューです。ストレートで王子を下されたジュピテリア嬢、今のお気持ちをどうぞ!」


 クロムウェルの言葉に、ジュピテリアは万感の想いで答える。


「最高に嬉しいです! 婚約破棄されたおかげでケルン王子を倒すことが出来ました! これもナンシーさんや、皆様の協力のおかげです! 本当に、本当に、ありがとうございました!」


 その目の縁には涙があった。


 そんなジュピテリアに、周りの観客たちが「おめでとー」や「よくやったー」と誉めそやす。


 暖かな言葉と称賛の数々に、今度こそ本格的にジュピテリアは泣けてきてしまった。


 そして次に、何とか上半身を起こしていた王子へとクロムウェルは手を向けた。


「続いて惜しくも負けてしまったケルン王子、今のお気持ちをどうぞ」


「皆様の協力のおかげ……だと!? どういうことだ! お前たちやっぱりグルだったのか! グルだったんだな!」


「はい、ありがとうございました」


「ナンシー! お前のあのときの涙は嘘だったのか!? ジュピテリアに嫌がらせをされたのだと泣いていたではないか!?」


 ()()うの(てい)で詰め寄ろうとする王子の両脇を、これまで見ているだけだった衛兵が抱えた。


「何をしている、離せ! 離せと言っている、この役立たず共! やめろ、引っ張るな! ええい離せ! 私を誰だと心得ているつもりだ!」


 そこで、裏から一人の壮年の男が現れる。


 ケルン王子を老けさせたような顔立ちの彼は、ケルン王子の父にしてこの国の国王だった。


「ケルンよ……。お前は王族として大切なものを失ってしまった……」


「父上!? いつの間に!?」


「衛兵に頼るだけでは駄目なのじゃ。上から命じるというのは、ただ言葉にするだけではなく、納得させることが出来ねばな」


「良いこと言ってる風だけど、王族に暴行加えてる奴を捕まえるのは当然のことだよね!?」


「ではな、ケルンよ。もう会うことは無いだろう」


「父上!? どういうことですか! 父上ぇえええ!?」


 そうして王子が追放される様子を、皆が暖かく見送っていった。


「それでは本日の高貴対戦はこれにて終了です。エンディングの王子追放イベントを見ながらお開きといたしましょう。実況は私クロムウェルと」


「解説のナンシーがお送りしました」


「それでは皆様、お疲れさまでしたー」


「お疲れさまでしたー」

一年ちょっと前に書いて埃を被ってたネタに少し手を加えて完成させました。

格ゲー時空の悪役令嬢です。深く考えないで、激流に身を任せて下さい。

皆もすなる悪役令嬢といふものを、我もしてみむとてするなり。


【追記】おまけ


ネクストニューチャレンジャー!


――「バシューン! 『ナンシー・ベルロイ』!!」


「そしてぇ、コンボの締めに『悲劇のオーラ』を纏っていくぅ! 『悲劇のオーラ』を張ると、地上での攻撃を五回無効化できるようになりぃ、これで一気にナンシー嬢優勢になりましたぁ!」


「『文具投げ』に『雑巾拭き』と強欲に二罪科コンを重ねていくぅ! そして起き攻めではなく、立ち上がり待ちに『踊って』、『踊ってぇ』、力をどんどんと溜めていく! 欲深い! この貪欲さこそがナンシー嬢!」


「さあ起き攻め五択! っとぉ、ジュピテリア嬢の『中段裏』を防いだぁぁああ! 更に『小パン』『小パン』『小足』『小足』……ナンシー嬢、ガードが固い! まだ崩れない! ッッあぁぁあああー! 『バクステ』からの『貧乏人の鞄んん』! ここでナンシー嬢にターンが移ったぁぁぁあ!」



――「ガギン! ガギン! ガギン! バシューン! 『ナリキーン・ブッチョゥ』!!」


「『金貨』撒いてぇ、『金貨』撒いてぇ。気付いたら『金貨』の上で戦わされてるんですよねぇ。この立ち回りの巧みさがナリキーンの怖い所!」


「おっと『飛び蹴り』で差し込んだ。『紅茶』見てから差し込んだ! 動けるデブは違うんだと、自称ぽっちゃりの男が舞って行くぅ!」


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! そしてぇ! 『超金貨』でフィニッシュ死んだぁぁぁぁああああ!! ラウンド取るはナリキーン!!」



――「ガギン! ガギン! バシューン! 『アルクレイア・クロウリー』!!」


「ここでアルクレイア嬢、おもむろに近付いていく。そしてぇ…『当て身』に……続いてまた『当て身』。あぁー『投げ』られたぁー! 歩いていって『当て身』二回って、何考えてるんだ! 露骨過ぎ! 笑うわこんなん!」


「腐ってもレート最上位! 『疾風歩法』で前後に揺さぶり、素早い動きで翻弄していく! ジュピテリア嬢は防戦一方だぁ! ……病弱って一体何なんでしょうねぇ」


「切り返しに『超クッキー』――食らったぁぁぁあああ! そしてぇ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 以上、嘘予告でした。2の執筆予定はありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりにここまで頭の中を空っぽにしてくれる作品を読んだ気がします。 タイトルの『格闘す』という言葉から、どんなことに格闘するのかと思ったら、本当に『格闘』するなんて。こんな婚約破棄劇あっ…
[良い点] テンプレ展開からの差し出口や反論を許さない怒涛の流れ すき [一言] ゆかいじゃのう 最後の勝利インタビューの時、オーケストラがロッキーの「The Final Bell」を演奏している様が…
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