第二話 酷い事をするやつだ
脆すぎる足を引きずりながら新しい世界を見て回る。
俺が寝転がって放屁していたベッドは畑の土の上だったようだ。
至る所に描かれた世界地図は純粋な水分じゃなく、血液だったのだがその主はいなかった。
見た事はないがオッサンと同様にゾンビになってどっか行ってしまったのか、それとも静かに土へと還る事ができたのかはわからない。
畑から少し離れたところに丸太で作られた雰囲気のある木造建築物があるが明かりはなく、人の気配はない。
寧ろこんな怖い生物がうろついているのに誰か住んでいたらそいつはヤバイやつだ。
「ア゛ぁ~」
人と遭遇したときの発声練習も忘れていない。成果は全くだけど。
でも、なかなかの美声だと思わないか?何百年も寝かせた酒のようなシブ味と言うか深い味わいがあると思うんだよ。実際はたかだか数ヶ月程度だとは思うけどな。
まぁそれくらい俺は空を見上げ続けたって事さ。腹も減らなければ喉も渇かなかったのが不思議なくらいだ。
今では雑草が生い茂っているが元はそれなりに綺麗にされていたであろう道を歩いているとちらほらと家が見える。
道の脇や家の壁には畑と同じように染みが広がっているのだがその主はやっぱり見えない。
こりゃオッサンとご同類になってるな、なんて事を考えつつ様子を見て回ってわかったのは、ここは防壁の代わりに腰程度しかない柵が囲うような小さな村だったようだ。今では死臭漂い廃墟が立ち並ぶ口た村となっているが。
あの時オッサンが村人を殺したとか言ってたがこの小さな村なら制圧は簡単だろうな。だが、酷い事をしやがる。
はぁーやれやれ。
オッサンは日中姿を見せないから夜のうちに体を手に入れられたのは幸いだったが、これじゃあ他のやつらがどうなっているかわからないじゃないか。
そういっても俺には無関係だからどうなって居ようが知った事ではないけどな。今、俺に必要なのはお喋り相手なんだよ。それが居ないならもうここに用はない。あばよ。
オッサンのボロい体では柵を乗り越えられないので柵に沿って歩き回っていると開いている部分がある。
お、あそこが出入り口か。
先が見えないほど続く道と村の周囲は森に囲まれている。
何かが襲い掛かってきたらヤバイかもな。早く動けないし。
ゴクリと喉を鳴らせないからボタボタと涎を滴らせておく。汚い?こういうのは気分が大事なんだよ。
亀のように歩き、ゾンビのように呻く。
そう、俺は早々に退屈した。同じような光景が続き、上手い事歩けないオッサンの体にシビレを切らし始めていた。
「あ゛ぁ~」
疲れきった中年が暖かい湯船に浸かったような呻きが漏れる。
早い体が欲しいよぉ…だが、そもそも俺とオッサンはマブだ。言ってしまえば切っても切れない仲。ついでに俺はオッサンの中。
この体が駄目になったとき新しい体に乗り換える事はできるのか?無賃乗車は許されるのか?乗るしかない、そのビッグウェーブに。
ほーら、おいしいお肉ですよ~と腐肉を撒き散らしながら歩いているのだが他の生物を見かけて居ない。
おかしいだろ?肉は腐りかけが一番美味いって言うじゃないか。腐りかけって言うか、腐っちゃってるけど、そんなの些細な違いだろ?
頼むよー誰か来てくれよーそんな祈りも虚しく続いた。
俺は昼夜問わず歩き続け、終ぞ誰とも遭遇する事はなかった。
神は死んだ。
いや、俺の神は俺が殺した。神は、もう居ない。不信心ものだと罵りたければ罵るがよい。
俺はアンデッド?だからな。多分…自分の姿を見てないから正確なところはわからないけど…
森ロードを抜けるとさわやかな風が吹き抜ける牧歌的な草原が広がる。
空気がおいしい!そしてその空気を穢しまくる、俺!
きっとこのまま道なりに進めば人の居る場所に行けるだろう。だがそうなったらジ・エンドだ。オッサンの人生はエンドしているが俺の人生はまだ始まったばかり。そうなる前に何とかして体の乗り換えを試さなければならない。
でも、とりあえず何も寄ってこないから歩きながら考える事にしたのだが…結局二度太陽が昇っても何かと遭遇することはなかった。
と言うか、人里遠すぎない?いや、俺がの足が遅すぎるのか。
困っちゃうぜ。はぁまったく。とため息をついていると風に乗って甲高い何かの音が響いてきた。
んん?これは厄介ごとの予感。野次馬魂に火が燈る。今、アナタの騎士が参りますぞ!
心配事はオッサンの着ていた服は破れさっており全裸だ。だがそんなものは颯爽と現れた救世主への恩があれば帳消しだろ?
ズリズリと相変わらず足を引きずりながら急ぐと穴が開いた幌馬車。へたり込んで座り、地面に絵を書く女。それを守るように剣を抜き、打ち合う男が二人と血の海に沈むオッサンたちが数人。
格好は三人程が鉄や革の胸当てと言った似たような軽装にローブ姿が一人。7人ばかりは俺のマブであるオッサンと格好が似ているので恐らく盗賊と護衛と言ったところだろう。
でもオッサン率高くない?むさ苦しいんだけど…
いかん、今はそんな事を考えている場合じゃない。お助けいたしますぞ!
「ア゛ぁ~!(喧嘩はやめろ!)」
こういうのはインパクトが大事なんだ。初撃で全てが決まる。
「何で日中にアンデッドが?!」
「ひぃ…!」
「くそが…邪魔が入ったせいで…!」
冷静な事をいう護衛、俺のシブいナリにご褒美をカマす女、俺が作った一瞬の隙に斬られてキレる盗賊。三者三様の構えだ。
やれやれ、人気者ってのも困りものだぜ…
俺が作った隙で護衛が勝ったんだから感謝してくれよ?
骨が飛び出し、外へ曲がった腕を伸ばしながら挨拶を交わす。
「ア゛ッー?(よっ元気してる?)」
だが恩は仇で返された。
オッサンは二度死ぬ。一瞬で距離を詰めて来た護衛がオッサンの頭を斬り飛ばしたのだ。
おいおい、恩人になんてことをするんだよ。俺は寛容だが恩を仇で返すやつは見逃さない。
ポーンと山形に飛ばされたオッサンの首はお漏らし女の方へと飛んで行く。
しめた!あの体を貰うとしよう。新鮮でジューシーそうだぜ。
涎と脳味噌を撒き散らしながら飛翔した俺とオッサンの首は吸い込まれるように女のたわわに実った胸へ吸い込まれた。ナイスキャッチ。護衛、お前いい腕してるな。
そんなことよりいい塩梅だ、乗っ取れるか?
この女の体を支配する…支配したい…めちゃくちゃに蹂躙したい…!
だが無理だった。
なんでぇ?!俺の欲望が混じってたから?
待って!、俺このままになっちゃうの?やばいよ?動けないもん。余計な事するんじゃなかった!あの護衛絶対許さねぇぞ…
だけどなんだ?女がピクリとも動かないぞ?どうしたんだ?
ショワショワ音をさせてムワッと香ばしい匂いがしたから立ち込めている。あぁ、この子気絶しちゃってるわ。
目の焦点が合っておらずじっと虚空を見つていたと思うとバタンと倒れた。
それに気づいた護衛が何か叫びながら駆け寄ってくる。
「ミュールさん!どうしたんですか!大丈夫ですか!?」
この倒れた子はミュールと言うらしい、だがそれは後でいい。
この野郎人の話も聞かずによくもやってくれたな。
許さねぇ…許さねぇ!許さねぇっ!
頭の奥から沸いてくる怒り。体を失いまたじっと動けずに空を見続ける事…世界を失う恐怖。
嫌だ!そんなのは絶対に!
くそが…くそがああああああああ!
『キィエエエエエエエエエエエ!』
オッサンではなく、俺本体から出た叫びが空気を揺らす。
ドサリと護衛が倒れこんだのがわかった。
チーン!
『Lvが23上昇』
『スキル:朝露を獲得』
『スキル:初級回復薬生成を獲得』
『スキル:初級毒薬生成を獲得』
『スキル:操根術を獲得』
『スキル:中級回復薬生成を獲得』
『スキル:中級毒薬生成を獲得』
頭の中に何かが響いてくる。そういえば、オッサンの体を乗っ取ったときもなんか出てたな。
今回はLvといくつかのスキル?あの時ははしゃいで忘れてたけどスキルとか肉体支配とか、よくわからんが何か確認方法を模索するべきだろうが…今はそんな気分じゃない。
俺はまたやっちまったのか…動かないのに体からは凄まじい虚脱感が襲い掛かってくる。
だるい…意識が飛びそうだ…
尋常ではない虚脱感と疲労感。
同化していた体の感覚が抜けていく。
完全に感覚がなくなるとオッサンの頭は塵となり風に飛ばされて逝った。
オッサン、あんたの事は…忘れるわ。名前も知らないし。あばよ。
そして俺はまた空を眺めて…いや、今度は向いている方向が違うからミュールのたわわな果実を眺めながら意識を手放した。