プロローグ 俺は人間を辞めたようです
息抜きに書いてみました。
母の腕に抱かれるような心地良い微睡みの中で俺は半覚醒した。
どこだ?ここは。
開いた瞼の先に映るのは全てを飲み込むような闇。
電気、付けないと。夜更かししすぎたかな。
はははっと乾いた笑いを零し、布団から出ようとしたのだが…体が動かない。
体どころか腕、指先一本何一つ言う事を聞いてくれないのはいったいどういうことだ。
金縛りってやつか?ひょっとして心霊体験をしているのか?
早く終わってくれ…!と心の中で願い続ける。
闇が蠢いた、気がしたが事実は少し違っていた。
俺が動いている…?意識…?体を引っ張り上げられる感覚。頭の先からバキュームするように強い力で引き上げられる。
助かった!
ズボッと良い音を鳴らして煌々と照らす太陽の光が俺の体に当たりビタミンDを生成する。
ちょっと待って欲しい。ズボッて、おかしいだろ!
暗闇から引き上げられ、眩んでいた視界が戻り始めるとそこには無精ヒゲを生やし、毛皮を纏った子汚いオッサンが俺の首を締め上げていた。
あ?何してくれてるんだ?助けてくれたとは言えいきなり人の首を締め上げるとか礼儀のなってないやつだ。社会人の基本は挨拶だろうが!
しかし、乱暴狼藉を働いたオッサンは俺を見て少女のような可愛らしい悲鳴を上げた。
「ひぃいいいい!」
似合わねーって!そこはもう少し男らしく頼むよ?そういうのは美人か可愛い子がやってこそだってわかってるか?
まったく。困ったやつだぜ。
俺は声も出せず、未だ視界しか動かない体で精一杯オッサンを睨み付けていた。
しかしオッサンはそんないたいけな俺を放り投げ腰を抜かし、あまつさせ地面に世界地図を描き始めた。
君、なかなか絵心あるね?
そんなふざけたやり取りも心のうちだけってのは寂しいものだ。
若干おセンチに浸っていたが画家?のオッサンはひぃひぃ言いながら何か言い訳をし始めていた。
乱暴したことに対する謝罪か?俺は寛容だからな。ちょっと首を絞められたくらいじゃ怒らないよ。
「違う、こんな…なんでこんなところに…マンドラゴラが…俺たちは腹が減って…村人どもも皆殺しにして上手く行くと…」
おいおい。全然違うどころかめちゃくちゃ物騒なこと言ってるじゃないの。よくないよ?そういうの。人ってのは助け合っていかなくちゃいけねぇ。それが、人情ってもんだろう?
柄にもない事を思ってしまった。
…あれ?そういえば俺、何してるんだっけ。というか、俺は…誰だ?
自分と言う存在が酷くあやふやで落ち着かない。俺は…寝ていたはずだ。
でもどこで?社会人ってなんだっけ?俺って、何歳だっけ?
俺は…俺は…
自分がわからない恐怖に心の奥がゾワゾワと気持ち悪くなる。
教えてくれ!俺は何で俺は誰なんだ!
わからない、わからない、わからない!何もわからない!
うああああああああああ!!誰か助けてくれ!!
声にならない心の叫び。
動かない体。
その全てが、気持ち悪い。
体の芯を這い回るウジ虫ども。死んでしまえ!
『ギィエエエエエエエエエエエエエ!』
天を劈くような絶叫はどこまでも高く、どこまでも響く。
投げ出された体は未だ動かず、俺は仰向けに澄み渡る空を眺める事しかできない。
得られた情報は近くからドサリと何かが倒れる音と少し騒がしかった周囲が今は静まり返っているという事だけ。
あーあ…俺の世界は、なんてちっぽけなんだろうな…