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15.衝動

 ヴァレールは入口に立ったまま、キョロキョロしている。それを見て、マリアはアリスをからかった。


「あらら。ま~たアリスじゃないの?」

「ええっ? まさか」


 思わず眉間に皺を寄せた様子を見て、マリアとアネットが笑う。

 少し緊張したアリスだったが、ヴァレールの視線は、アリスたちが座る場所を通り過ぎた。


「――なんだ。違うのね」

「ちょっと、止めてよ。一瞬ドキドキしちゃったじゃない」

「あ、リュカ様がいらしたわ」

「――あらららら?」


 食堂に入って来たリュカがこちらに手を挙げるが、それをヴァレーノが見つけると、さっさとリュカを連れて行ってしまった。


「あ~っ。リュカ様~!」

「連れて行かれちゃった」

「ヴァレールさんの用事って、リュカ様だったのね」



 * * *



「なぜ急に国境の視察を決めた?」

「国境を越えようとした商団がいるから、そのうち警備の穴がないか見てこいと言ったのは、父上ではないですか」


 憮然とした表情で答えるラウルに、ローランはおや?と思った。

 これまでうまく自分をコントロールしてきたはずの息子が、いつになく感情を表に出している。

 最近は、例のあの子のおかげか、少し人間らしいところを見せるようになっていたが、今日のはいつものそれとは少し違った。


(“出している”のではないな。“漏れ出ている”のか)


 どうやら、ラウルの中で制御できない感情が暴れているらしい。

 こんな時に王都を離れようとするのは、本人なりになんとか自分を取り戻したいという足掻きなのだろう。


「そうだが……。そのうち、の割には急な気がしてな」

「こういうのは早いほうがいいでしょう。目の届きにくい場所があるなら、早めに対策をしないと」


 ローランは少し考えて、頷いた。


「よかろう。では近衛ヴィオレ隊から小隊を編成して――」

「それですが。リュカ・フォンタニエを連れていきます」

「……彼はまだアジュール隊の騎士だぞ」

「此度の商団を見つけ、未然に防いだのはリュカです。当事者が案内した方がいいと考えます」


 言っているいることは正しいが、やろうとしていることは乱暴だ。

 精鋭ばかりが集まる近衛ヴィオレ隊に、リュカを加えるというのは、双方いい感情は持たないだろう。それは、隊を率いることになるラウルも同じだ。それが分からない彼ではないのだが、ラウルはリュカを連れていくことに固執していた。

 ローランはやれやれ、とそっと嘆息する。

 確かに当事者が一番分かるだろうが、これではリュカを呼び出して詳細を報告させた意味がない。だが、ラウルが折れる気配はなかった。


(リュカを近衛ヴィオレ隊に抜擢するのは、一年訓練所で身体を整えてからと思ったんだがなぁ)


 ローランは顎髭を手で撫で、思案した。

 よく訓練された騎士とはいえ、湾岸警備と国境警備を経ての帰還だ。疲れも溜まっているだろうと、また一年かけて訓練所で体調を整え、鍛え直す必要があった。

 いずれは近衛ヴィオレと噂されていた逸材のリュカも、その後に抜擢する計画だったのだ。

 密入国しようとした商団をいち早く見つけ、解決した功績もあり、不自然な流れではない。だが、帰還して間もないこの時期に、というのはさすがに不自然だろう。


「遅かれ早かれ、彼は近衛ヴィオレに必要な人材です。それに、今回は商団だったとはいえ、国境に抜け道があるならそれは問題でしょう。どうか、許可を出してください」

「わかった。わかったよ。だがな、こんなに強引に隊に入れて、近衛ヴィオレのプライドを傷つけることになることは分かっているだろう。それをまとめる自信があるなら、行くがいい」

「ありがとうございます」


 まったく。今日はなんだってこんなに頑固なんだ。

 わが息子ながら、可愛げがない。その硬い表情を崩したくて、ローランは口調を変えた。


「ところで、マルセルが干し柿を食べたそうだ」

「――そうですか」

「お前は食べたのか?」

「……ええ。マルセルのところで。渋くありませんでしたよ」


 それどころか、とても甘かった。とても。

 ラウルの脳裏に自然とアリスが浮かび、胸を締め付ける。

 屈託のない笑顔も、目を真ん丸にした驚いた顔も、まっすぐ見つめる眼差しも、鮮やかに思い浮かべることができる。


 面白いくらいラウルの雰囲気が変わった。やはり、ラウルのこの感情の荒さは彼女が多少なりとも絡んでいるらしい。

 ローランはニヤリと笑って、交換条件を提示した。


「わたしも食べたいものだ。昔、母と食べたあの味が忘れられない。そうだ、リュカを近衛ヴィオレに入れることを許可する代わりに、今度干し柿を用意してくれないか」

「は?」

「お前だけ食べてずるいぞ!」

「マルセルからもらえばいいでしょう」

「もう無いと言っていた」

「早すぎでしょう。かなりもらっていたのに」

「ほう、もらったのか。それは誰から?」


 反応しすぎたことに気が付き、ラウルは口ごもる。


「……なにかを期待しているのなら、それは無駄ですよ。彼女にはもう、指輪を交わした相手がいます」

「ほう?」


 ラウルの感情が荒れている理由がわかった。

 だが……。

 おかしいな、とローランは首をひねる。そんな報告は上がっていないのだが……。

 なにが正しくてなにが嘘なのか、ラウルは判断できないほどに翻弄されているのだろうか。

 この子が?

 意外すぎる姿に、思わずローランが噴き出すと、ラウルは苛々した様子で噛みついた。


「……なんです?もう話が終わりなら、俺は視察の準備に――」

「悩め。苦しめ。本当に大事なのは何なのか、どこで引いてどこで押し通すべきか。だがな、たまには感情に従うのも良い」

「……失礼します」


(面白がって……あの人は!)


 いつも穏やかな雰囲気をまとっているラウルが、不機嫌を隠さずやや乱暴な足取りで歩くのを、メイドたちは驚いて見ていた。

 ラウルの頭の中は混乱していた。


『感情に従うのも良い』


 ローランの言葉にギクリとした。

 リュカからは、商団が現れた場所や時間など詳細を聞いていた。時間帯や季節で、濃い霧が発生する場所があり、視界が悪くなるという指摘も上がっていた。今回の視察は、ローランの言う通り、リュカなしでも充分可能だった。

 自分自身が今アリスから離れて頭を冷やしたいという思いがあり、視察の出発を急いだのは事実だ。だが、心のどこかリュカへの嫉妬心があった。


(これは仕事だ)

(リュカは当事者なのだから行って当然だ)


 そう自分に言い聞かせていたが、心の中で黒い感情が暴れていた。それを父に見透かされたようで、自分の姑息さに嫌気がさし、ラウルは唇を噛みしめた。



 * * *



 リュカがラウル殿下の国境視察に同行することになり、アリスは驚いた。

 いずれは近衛ヴィオレ隊に配属されるだろうと聞いてはいたものの、それは少々大げさな話なのではないかと思っていた。それが、今回の視察では、近衛ヴィオレ隊の中から形成される小隊に、参加するのだという。アリスにとっては、まだどこかで病弱で甘えん坊なリュカというイメージが残っているが、実際リュカは期待されているのだろう。


「すごいのね!」

「ん~。まあ、僕が例の商団を見つけたのは、たまたまだったんだけど、当事者だからだろうね。その辺りも詳細に報告したつもりなんだけど、実際見た人が案内した方が早いのも事実だし」


 なんでも、季節や天候、温度など一定の条件が揃うと、濃霧が出やすい場所があるのだと言う。それを知る人物が手引きしているのかもしれない、と報告したそうだ。


「え……。それって……危険なんじゃないの?」


 心配そうに眉を顰めるアリスに、リュカは苦笑する。


「大丈夫だよ。小隊とはいえ、殿下をお守りする近衛ヴィオレの精鋭たちだ。アジュールの中隊がかかっても太刀打ちできない人たちだよ」


 そんな中に加わるなど、リュカにも重荷ではないのだろうか。


「平気だって。僕、結構上に可愛がられる方だし、それにコレがあるからさ」


 アリスを安心させるように、ニッコリと微笑み、自分の胸元をポンと叩く。そこには、ロクサーヌから贈られたお守りの指輪があるのだろう。


「あ、うん……。そうだね」


 少し後ろめたくて、アリスは曖昧に返事をする。

 お茶会でレオンに言われたことが引っかかって、なんとなく首から下げるのを止めてしまったのだ。とはいえ、母が愛情から贈った指輪だ。聞けば、一部の貴族で流行っているというのも本当のようだし、チェーンを外して、エプロンドレスのポケットに入れている。


『その女性に勘違いされたりしないかな?』


 誰もがこの指輪を見て、お守りだと分かるわけではない。

 もし心から好いている人がいて、その人に勘違いされるかもしれないとしたら……。その時浮かんだのは、黒尽くめの青年だった。

 青年とは、突然おでこにキスをされたあの日以来、会っていない。

 仕事が仕事なのだから、頻繁に会えるものではないと、アリスも分かってはいる。分かってはいるつもりだが、それを平気だとは思えない。

 また、会いにきてもいいか?と、彼は言った。そう言われたら、つい期待してしまうというものだ。帰り道もついつい辺りをキョロキョロと探してしまう。なにもないまま宿舎に着くと、一気に侘しさに襲われる。

 一体、いつ会えるのだろう。

 今日もまた、王宮から出た後に、やたらキョロキョロと辺りを確認してしまう。

 同じように仕事を終えた人が怪訝な顔をして通り過ぎりが、そんなことはアリスの視界には入らなかった。

 肩を落として足取りも重く、トボトボと歩く。すると、宿舎へと通じる小道を過ぎたところで、アリスの名を呼ぶ声が聞こえた。

 ハッと顔を上げて声がした方を見る。そこには、黒尽くめの青年が立っていた。


「こ、こんばんは!」


 心臓がドクンと飛び跳ねた瞬間、声が裏返る。

 自分だけが緊張しているようで、恥ずかしい。


「――元気だった?」


 久しぶりに聞いたその声は、どこか沈んでいる。顔を見ると、暗い瞳とぶつかった。

 いつもと違う雰囲気に、アリスは驚いて青年の腕に触れた。


「なにか、あったの?どうしてあなたはそんなに元気がないの?」

「……そう見える?」

「ええ。なんだか、沈んで見えるわ。お仕事忙しかったの?」


 ラウルを心から心配するような声色に、ラウルの胸は切なく軋んだ。

 正直、アリスと会うのは勇気が必要だった。会ってしまっては、どうにもならないことに辛さが増すだけだとわかっていた。けれど、明日視察に出発し、王宮を離れるとなったら、姿を見るだけも叶わなくなる。今はまだ、会える距離にいる。そうなったら、自然と足はアリスの元に向いた。


「まぁね。今日はちょっと、頼みがあるんだ。干し柿がまだ残っていたら、少し分けて欲しいんだけど。マルセルのところに預けてくれればいいから」

「そんなことならまかせて。でも……どうしてマルセルさんに預けるの?直接――」

「俺、明日王都を出るから」

「えっ?!」


 王都を、出る――。


 その言葉にアリスの頭が真っ白になる。


「で、出るって……。どういうこと?」

「仕事だよ。少し遠くに行くことになって。二十日程かかるだろう」


 戻ってくる。

 それを知り、ホッとしたように息を吐いた。だが、王都を出る密偵の仕事というのは、危険を伴うのではないだろうか。


「き、危険なお仕事なの?」

「え?」

「ごめんなさい。そんなこと、話せないわよね。二十日……とても長いのね」

「……そうだな」

「私、待っていていい?」


 ラウルを見上げるアリスが、潤んで光る。


「どうか、無事戻ってきてね」


 真剣な眼差しに射抜かれ、ラウルはその瞳に吸い寄せられるように身を屈ませた。

 気づいた時には、アリスの唇に自分のそれを重ねていた。

 自分の唇の下で、アリスが息を飲んだのがわかった。止めなければいけない。そう分かっているのに、身を引こうとしたアリスの顔を、両手で包み込み、より深く口づける。

 驚いたアリスが手をバタつかせ、息苦しさにラウルの服を掴んで引っ張るが、ラウルは止めるどころか、角度を変えて再び口づけた。


 人の声が聞こえ、我に返ったラウルが唇を離すと、アリスが弾かれたように後ずさった。


「……アリス。俺は君が好きだ。たとえ、君が誰かのものでも」


 突然の激しいキスと告白に混乱したアリスは、身を翻してその場から逃げ出した。

 後を追おうとしたラウルに、カチンと小さな音が聞こえ、下を見る。

 足元には、アリスが持っていた、リュカとお揃いの指輪が落ちていた。


 





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