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12.枯れない薔薇

 眠る準備をしたが、眠れるわけがない。

 目を瞑ると、どうしても頬に触れた大きな手と、おでこに押し付けられた唇の感触が蘇るのだ。

 眠れるわけがない。


「わーーー!!」


 無理だ。無理無理無理。

 今ここで眠ってしまったら、あれが本当に夢になってしまいそうで、勿体ない。けれど、掟いたからといって、落ち着けるわけなどない。

 こんな時は、なにかに没頭するに限る。

 一度はベッドに横になったものの、結局起き上がり、壁際の机に座った。

 横に置いていた布バッグから、もぞもぞと端切れを取り出す。

 ポリーヌからもらってきた端切れは、質素な勤め人の部屋にはそぐわない美しさだ。鮮やかなピンクの生地は驚くほど薄く、持っているアリスの手が透けるほどだ。どうやら、ドレスは生地を重ねて作っていたようだ。細長く切り取られているところを見ると、袖かスカートの裾を短くした時のものだろう。

 アリスはそれを大体同じ大きさの長方形に切る。それを半分に折って更に細長くすると、両端を輪を残して半月になるように切った。

 全てを同じ形状にすると、端を合わせた方を、なるべく均等になるように縫っていく。ある程度進むと、糸を引っ張り、ドレープを作る。だが、引っ張りすぎてはいけない。緩く波打つ程度に留めて、先を縫っていく。それを何度か繰り返し、最後まで縫うと、全体的に満遍なく緩いドレープをつける。今度は針がついている方から、くるくると緩く巻き、巻きながら針をグサグサと刺して、巻きが緩まないように固定する。それを端までおこなうと、そこには立体的な布の薔薇が出来上がっていた。

 これは、領地の屋敷でメイドに教えてもらったものだ。

 最初は積極的に作っていなかったのだが、木に引っかけて帽子に穴をあけてしまった時、それをごまかすためにつけてみたら、母親にばれなかっただけでなく、とても好評だったのだ。それ以来、つい綺麗な布を見つけると、こうして布薔薇を作るようになってしまった。

 数個あればよさそうなものだが、実はこの布薔薇はとても役に立つ。

 シンプルなデザインのドレスやワンピースも、簡単に飾ることができるのだ。

 貴族を引退した両親の元、質素に暮らしてきたアリスが得た知恵でもある。

 綺麗な花びらのヨリを表現するためには、適度なドレープと巻きの強さが重要だ。集中力が必要なため、作っている間は黒尽くめの青年のことを考えずに済んだ。

 結局、アリスは深夜まで薔薇を作り続けた。



 * * *



「ねえ、アリス。具合でも悪いの?」


 コンコン、と控えめなノックの後に、マリアの心配そうな声が聞こえる。

 ふっと意識が浮上したものの、アリスはまだぼんやりと天井を見ていた。

 反応がないことに焦ったのか、ノックの音が激しくなる。


「アリス? アリス!?」

「あっ!はい!」


 マリアの呼びかけが耳に届き、アリスは飛び起きた。

 部屋はすっかり明るくなっている。

 寝坊してしまった。転げるようにベッドから下りると、わたわたとお仕着せを取り上げる。


「大丈夫?具合が悪いわけじゃないのね?」

「う、うん、大丈夫!ありがとう。教えてくれて」

「良かった。昨晩も遅くて晩ご飯来なかったから、朝いなくてビックリしたのよ」

「う、うん、ごめんね」


 そう言われれば、これまで意識していなかったが、一気に空腹を感じた。

 昨晩は気持ちを落ち着かせてからでなければ、皆と顔を合わせる自信がなかったのだ。そのため、随分と長い時間をかけて宿舎に戻ってきた。結局、火照りを冷やすこともできなかった上に、食堂が終わっていて夕食を食べ損ねてしまった。

 部屋にあった干し柿を食べて空腹をしのごうとしたが、口の中が甘くなり喉が渇いただけで、効果はなかった。

 バタバタと慌ただしく支度をしてドアを開けると、マリアが困り顔で立っていた。


「待っててくれたの!?」

「だって、お腹空いてるでしょ。ほら、早く行こう。厨房にはもうお願いしてきたから」

「ありがとう」


 お願いしてくれたということは、厨房からの食事の提供時間は過ぎているということだ。

 急いで食べれば、まだ間に合いそうだ。自然と足取りが速くなる。


「アリス!こっちだよ!」


 リュカが明るい笑顔で手を振っている。テーブルに手つかずの料理が乗ったトレーがあるところを見ると、リュカが料理を運んできてくれたようだ。


「僕が行こうと思ったんだけど、マリアに止められたんだ」

「当たり前よ。女性の部屋に行くなんて!それでなくてもあなた達、変に目立ってるんだから」


 マリアの厳しい口調にも、リュカはチラリと舌を出すだけだ。

 マリアの言う通り、リュカがやって来てからというもの、あまりにもアリスにつきまとうため、周囲から浮いてしまっているのだ。やはり、あまり親しげに振る舞わないようにと言っておくべきだったと、悔やまれる。

 同じ家の名前を名乗っているのだから、遠縁、で済む話だと思ったのだが、ふたりがあまりにも似ていないからか、何やら色恋に結び付けようとする者がいるのだ。その都度否定はしているものの、どこまで信用してくれているかは、わからない。

 そして、今も遠巻きにこちらを見ている目がいくつもある。


(……似てなくて悪かったわね……。どうせ私は平々凡々で、リュカみたいにキラキラしていないわよ!)


 最初会った時は、女の子ではないかと思った程だった。まさか、本当に騎士になれるとは思わなかった。

 リュカにしてみれば、アリスの話は絶対なのだが、そんなことアリスは知る由もない。


「ごめんごめん。ありがとうね、マリア。僕、アリスが新しい仕事で疲れてるんじゃないかって、心配で」

「いいのよ。私も心配してたから……。でも、私そろそろ行かなきゃ。訓練所の鍵当番なの」


 訓練所は、鍵当番が一番早く出勤し、鍵を開けることになっている。

 王宮ではそれがない分、少し出勤時間が遅い。アリスは口をモゴモゴさせながら、マリアにもう一度お礼を言った。


「もう!食べながら喋らないの!あんた、ほんと王宮で仕事できてるの?」

「う、うん。なんとか」

「まったく……。じゃあ、リュカ様。くれぐれも、この子をお願いしますね」


 言い含めるような話し方にも、リュカは「はいはーい」と軽く受け流す。そんなリュカにマリアは眉を顰めたが、それ以上はなにも言わずにテーブルを離れた。


「ちょっと。マリアはすごくいい人なんだから、そんな風に困らせないで」


 マリアが離れたことを確認すると、アリスはリュカを睨み付けた。


「そんなことしてないよ」

「もう、マリアにはリュカが甥っ子だって言っちゃおうかしら」

「それはダメだよ!こんな楽し――いや、嫌だって言ってたじゃない。叔母さんって見られるの」

「そうだけど……今、なにか言いかけなかった?」

「いや?なにも。それより、封筒ちゃんと見た?」


 やはり、リュカだったか。

 マリアはなにも知らない様子だった。どうやらリュカは元々、マリアの言いつけを守る気はないらしい。


「女の子の部屋を訪ねちゃダメって、またマリアに怒られるわよ」

「見つかるような、そんなヘマはしないよ。それに、皆結構やってることだよ。てことは、アリスはそういうの、なかったんだ?」


 やけに嬉しそうに聞いてくるのが悔しい。

 だが、いずれアリスにだってそんな相手が――と、そこまで考えて、ふと気づいてしまった。

 柿渋を作るために、大量に柿を収穫した日、黒尽くめの青年はアリスを部屋の前まで送ってくれたのだ。

 それに気づいてしまうと、連鎖的に昨晩の待ち伏せも思い出してしまう。そうなると、当然あの不意打ちのキスも思い出してしまうわけで……。

 突然動きを止め、顔をカーッと赤くしたアリスだったが、それに気づかないリュカではない。


「……アリス、今、誰か思い出してる?」

「えっ?いいいいいいいいいや、な、なにも?」


 目を細めると、低い声で聞くと、アリスが口ごもる。視線は明後日の方向を向いているし、どうも様子が変だ。

 なおも聞きだそうとすると、焦ったアリスがそれを遮った。


「み、見たよ!招待状!アルマン兄様にもオルガ義姉様にも、会うの久しぶりだわ。楽しみ!」

「今回は、僕が王都に帰ってきたっていうのもあって、ちょっと規模を大きくやるらしいよ」

「へえー。オルガ義姉様、リュカが帰ってきたの喜んでるでしょう?」


 昨晩、ドアの下に滑り込ませていたお茶会の招待状は、リュカが入れた物だった。

 主催は、アリスの姉であるオルガ・フォンタニエ男爵夫人である。

 リュカの言う通り、今回は二年の遠征を経て王都帰還となったリュカのお祝いを兼ねているようだから、お茶会とはいえ、軽食も振る舞う規模の大きな物にするらしい。

 お茶会と言えば、女性メインの社交の場ではあるが、主役がリュカということもあって、父であるアルマンもホスト役に名を連ねている。


「なに言ってるの。アリスも主役でしょ。オルガ母様は、アリスが自分の娘だったらーって、いつも言ってるんだから。……僕はアリスが妹なんて勘弁して欲しいけど」

「悪かったわね。こんな似てない地味な妹じゃ、嫌でしょうよ」


 リュカの言いように文句を言うアリスだが、どうやらリュカの真意には気づいていないらしい。

 このお茶会は、リュカの帰還記念は勿論だが、アリスの旦那探しの目的もあるのだ。

 リュカは、それを全力で阻止するつもりでいた。

 だが、どうやらアリスには既に悪い虫が接触しているらしい。腹の底から、ふつふつと黒い感情が沸き上がる。


(悪い虫は追い払わなきゃ。たとえ、それが誰であってもね……)



 * * *



 結局、リュカと話し込んでいて、職場に着いたのはギリギリになってしまった。

 新人だから早く来なければいけないという決まりはないのだが、少し肩身が狭い。

 アリスは小さくなりながら、そっと自分の机に向かった。

 だが、部屋の誰ひとりとして、アリスを見ている者などいなかった。

 全員が自分の机に座ってはいるものの、奥にいるポリーヌを気にしている。

 注目の的である、当のポリーヌはというと、頭を抱えて机に突っ伏していた。


「……あの……。なにかあったんですか?」


 小さな声で隣のジゼルに尋ねると、困り顔が返ってきた。どうやら、ポリーヌに問題が降りかかったらしい。

 チョイチョイと手招きされ、顔を近づける。


「実は、ポリーヌさんが直してるあのドレス……。ベアトリス王女殿下の物なのだけれど、胸元が開きすぎだと突き返されてしまったの」

「えっ」


 確かに、あのドレスはかなり胸元が開いたものだったが、最新の流行だと言っていなかっただろうか。ということは、ベアトリス王女殿下の希望でそうなっていたはずだ。


「……言いたいことはわかるわ。そうよ。元々ベアトリス王女殿下が言い出して、あのデザインになったの。……なんだけど……、実はこういうの、初めてじゃないのよ」

「は?」

「ベアトリス王女殿下は、感性が豊かというか……独特な考えをお持ちというか……つまり、驚くような提案をされるの。――あとで撤回されることも多いのだけれど」


 それが、今回もおこった、ということらしかった。

 これまでも、度々「やっぱり思っていたのと違う」などと、直しの直しが入ることはよくあった。ポリーヌも、それに慣れているはずだった。だが、今回は大きく開けてしまった胸元だ。元のように慎ましい胸元に戻すことなどできない。それもあり、最初に注文をつけられた時は、「元に戻すことはできませんが、本当に切ってもよろしいのですか?」と、何度も確認したらしい。その上で、切った。思い切り、深く開けた。その結果が、これだ。


「もうダメ……。わたくし、もう無理だわ……!もう無理ぃぃぃぃぃ!!」


 ポリーヌの発した絶叫に、アリスは飛び上がらんばかりに驚いた。が、皆は動揺した様子もない。

 実は、これもまたよくあることなのだと言う。


「ポリーヌさんが無理!って叫んでも、いままでなら皆で知恵を出し合ってなんとか乗り切ってきたのよ。でもね……」


 ジゼルが深いため息をついた。


「デザインをあまり変えず、つぎはぎもせずに子供服を大人のサイズに出来る?出来ないでしょう?今回は本当にお手上げなの」

「えええええ……それは……」


 困りましたね、と言いかけて、アリスはハッとした。

 アレはどうだろう?使えないだろうか?子供だましかもしれないが、それでも布を継ぎ足したりするよりも、自然と胸元を隠せるはずだ。

 偶然にも、急いで部屋を出てきたため、昨日作った薔薇は布バッグの中に入っていた。

 アリスは恐る恐る口を開いた。


「あのぅ……。ポリーヌさん」

「なにっ!?なにかいい案があって!?」


 いやあ、いいかどうかはわかりませんが……モゴモゴと言いながら、布バッグから同じ生地で作った薔薇を取り出す。


「これ、大きく開いた胸の上にズラッとつけたら、少しは胸が隠れますが……」

「まあ!アリス、それをちょっと持ってきてちょうだい!」


 同じ生地で作った薔薇であるため、浮いた感じはしない。むしろ同化してしまって地味な印象になる恐れがあったが、元々胸元には白いレースが付けられており、その上に薔薇を並べると、白に映えてとても華やかになった。


「これなら、清楚な感じも出ていいわ!ありがとう、アリス!これ、いただいてもいいかしら?」

「勿論です。これで良いのでしたら、どうぞ」


 元々、生地をもらったのはアリスなのだ。

 自分で使うつもりで作ったため、大きさがマチマチになってしまったのが気になるが、役に立つのなら、是非使ってもらいたかった。

 大きさが違うのは、ポリーヌもすぐに分かったようだった。だが、さすがは衣装部のベテランだ。大きな物を中心に置き、両端に向かって徐々に小さくなるように配置したのだ。


「これなら、視覚効果で胸のボリュームも演出できるわ」


 それはアリスも知らなかった。いいことを聞いた。自分のドレスに細工をする時には、是非参考にしよう。

 アリスは薔薇が役立ったことに満足して、自分の机に戻った。



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