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第七話 ミックス焼きと海鮮焼き

過去最長の1万7千文字です。

 背中まで伸びる、緩やかなウェーブがかかった美しい銀髪。

 まるできらきらと輝く天の川のようなそれを無意識にいじりながら、ミューラは誠司の言葉を待っていた。


 ほっそりとした長い足を「M」のような形にし、お尻を地面にぺたんと付けて座るシルヴァラッド森林王国第三王女ミューラ・シルヴァラッド。

 宝玉にも等しいサファイア色の瞳は、タブレット端末を操作する家主――三浦誠司へと向けられていた。


 そこには無条件の信頼と親愛が宿っており、その無防備な笑顔は見る者に幸福感と、それが注がれている男への嫉妬を喚起させる。


 それもすべては、ミューラの美しさと気品に帰結ゆえ。そう考えれば、実に罪作りだった。


 そんな彼女だったが、服装は酷い。

 みすぼらしいという意味ではないが、Tシャツにスウェットパンツ姿は、下手に似合っているだけに酷かった。

 しかも、たわわな双球により文字が歪んでいるが、Tシャツには『素泊まり』と大書されている。


 センスの欠片も感じられない。

 胸元に光る、少しだけ色味のあるペンダントの迫力と合わさると、意味が分からない。


 それなのに、ミューラ本人は、着心地が良いと気に入っていた。誠司も、本人が良いならそれで構わないと意に介していない。


 それよりも今は、この宇宙のことを考えなければならない。


 誠司は、ただでさえも細い目をさらに細め、複数のWebサイトを巡回していく。

 180cmと大柄な体をソファに埋め、作業の邪魔にならない程度に伸びた黒髪をかき上げた。


 ミューラの求めに応じて、『こちらの世界の成り立ち』を説明するためにいろいろ調べているのだが、思ったよりも難しい。

 税理士事務所勤めの文系人間には、なかなかハードルが高かった。


「フゥゥゥン……」


 三浦家の愛犬コタロウは、そんな静かなリビングで横になって眠っている。

 日曜日なのでいつもより長めの散歩を満喫し、たっぷりとご飯も食べ、これ以上の幸せはないと言った風情。


 誰も喋らない、無言の空間。

 その沈黙を、誠司が唐突に破った。


「この宇宙が誕生したのは、だいたい137億年前だと言われている」

「137億年」


 ミューラが反射的に背筋を伸ばす。リアクションまで反射的になってしまったのは、タイミングも数値も唐突に過ぎたからか。


「宇宙誕生と同時に時の概念が生まれたので、それ以上遡ることはできない」

「ええっと……。はい、確かに、そういうことになりますね……」


 いきなりの巨大スケールに驚いてしまったが、ミューラの理解力は高い。すぐに、誠司の言葉にうなずいた。若干、レトリックめいているが、その通りだ。


 しかし、理解が及んだのはここまで。


「宇宙誕生後、10の34乗分の1秒で宇宙は一気に膨張した。これをインフレーションと呼ぶ」

「じゅうのさんじゅうよん……?」

「その後、ビッグバンと呼ばれる大爆発が起こってさらに宇宙は膨張を続け、現在観測できる範囲ではあるが、直径約930億光年の球体をしていると考えられている。今この瞬間にも膨張を続けているので、正確な大きさは誰にも分からないわけだが……。それから、光年というのは、光が一年間進んだ場合の距離で約9.5兆キロメートルだ」

「きゅうひゃくさんじゅうおく・かける・きゅうてんごちょうきろ……?」


 呪文のように計算式をつぶやくミューラ。


 ここで、素直で意外に真面目な彼女の正確が災いした。誠司としては単に「もの凄く大きい」という意味で説明したつもりだったのだが、真っ正面から捉えてしまった。


 単位系は翻訳されているのだろうが、それと理解は別の話。


 その想像を絶する巨大さに、ミューラはめまいを起こす。


 しかし、タブレットで検索をかけながら説明をしているため、誠司は気づかない。


「この宇宙の約25パーセントは、なんだかよく分からないが宇宙の存在には不可欠なダークマターが占めている」

「暗黒物質」

「それから、約70パーセントがダークマター以上によく分からないダークエネルギーだ」

「暗黒エネルギー」

「普通の物質は残る約5パーセント程度だというが、それでも宇宙には概算で200垓個以上の星――太陽があり、俺たちの太陽もそのひとつだ」

「おく、ちょう、けい、がい……」


 ミューラはぺたんとカーペットに座り、うわごとを良いながら窓の方向を眺めた。

 太陽そのものの姿は見えない。

 だが、その恩恵である陽光が燦々と降り注いでいる様は見て取れた。


 生命を育みし、偉大なる太陽。


 それが、たかが200垓分の一個だっただなんて。


「ううう。宇宙怖いですぅ……」


 すっかり、その巨大なスケール感に飲まれ、ミューラが涙目になる。


 よく分からないけど必要不可欠って、どういうことですか! とすら言えない。すっかり、飲み込まれていた。

 物質が宇宙の5%に過ぎないとなったら、人間一人にどれほどの価値があるというのか。考えるだけで、恐ろしい。


「まあ、そんな宇宙には無数にある星のひとつが、この地球という惑星だ」


 ここまでくると、誠司でもさすがにミューラの惨状には気づく。

 そこで、カーペットですやすやと寝ていたコタロウを滑らせるように移動させてミューラに撫でさせた。


 アニマルセラピーだ。


「うう……。コタロウちゃん……。癒されますぅ……」

「この地球が生まれたのは約46億年前。初めの生命が生まれたのは、その約6億年後。今から、40億年前だ」

「セージさん。ちょっと待ってください!」


 億年単位の説明にもめげず、ミューラが敢然と声を上げる。

 未だ、コタロウの適度にふにふにな脇腹を撫でながらではあったが。


「いつになったら、神様が出てくるんです?」

「人間が生まれてからだな。あと、39億8000万年ぐらい待て」

「んんんん???? 逆、逆じゃないんですか?」

「この地球においては、神というのは最大の幻想だ」


 人類無くして、幻想は成立しない。


 しかし、神が実在する異世界から来たミューラは、その理屈を理解できない。


「そうですか。しかし、ううん……?」


 納得いかないと、ミューラがさらにコタロウを撫でる。

 けれど、コタロウは目覚める様子はない。それどころか、気持ちよさそうに「クフックフッ」と寝言をもらす。夢の中で走り回っているのか、こぐように足を動かしていた。


 それを微笑ましく眺めながら、誠司は続ける。


「最初の生命は海で生まれたが、単純な物だった。しかし、それは進化を繰り返し、やがて地上にも進出し、恐竜などが繁栄を謳歌し――」

「進化ってなんでしょう? 人間は人間として生まれたのでは?」

「人間は、猿に似た祖先から進化――性質が変わっていき、今の形になった」

「お猿さんですか?」


 きょとんとして、ミューラが首をひねった。

 ミューラが知る猿も地球上のそれと、あまり変わらない。魔物化する場合もあるためより凶悪ではあったが、人間とはまったく別個の存在と捉えられていた。


「まあ、この辺は宗教的にもいろいろあるし、未解明な部分もあるからな。そういうものだと理解してくれれば、それで良い」

「神様がいないのに、宗教……?」

「人は、人知の及ばない自然や諸力に、神性を見いだした。それを擬人化し崇め奉ることによって精神的な充足感を得たわけだ」

「ううん……」


 しかし、ミューラは納得がいかないと呻き声を上げる。


「神様がいない世界は、なんだか変ですね。分からないことばかりです」


 分からないというのは、二重の意味で、ミューラが理解できないというのと、


「じゃあ、そちらの完全な創世神話を聞かせてもらおうか」

「良いですとも!」


 なぜか得意げになって、ミューラが胸を張る。一緒に、「素泊まり」の文字も強調されたが、誠司は眉ひとつ動かさない。

 どんな話が飛び出るのか、迎撃する体勢だ。


「世界の始まり、そこには巨大な塊がありました。それは、ひとつであって複数であり、完全であると同時に不完全でした。それ以外にはなにも存在せず、世界は無で満たされていましたた。やがて、それは悠久の時を経て孤独に耐えかねたかのように四散し――神が生まれました」


 神は、太陽(ソル)(ルナ)大地(ガイア)を創造し、現在では太古種と呼ばれる知的種族をも生み出した。


 彼らは、人の身でありながら神に近く、様々な超技術を持っていたといわれている。

太古種たちの文明が大地(ガイア)全体に広まり、大いなる平和を享受していた時代。人と神とが共にあった時代。光が等しく世界(セフィローグ)を照らしていた時代を、黄金の時代と呼び、理想郷が体現されていたといわれている。


「しかし、そこに業魔(レヴュラ)と呼ばれる絶対悪が侵攻してきたのです」

「絶対悪か」


 ゾロアスター教のアンラ・マンユのようなものだろうかと、誠司は想像する。

 だが、どうも話を聞くと違っていることに気がついた。業魔(レヴュラ)というのは種族の総称のようなものだったようだ。


 ただ、まあ、善と悪の最終戦争というモチーフは地球でも散見される。異世界の神話とはいえ、理解は容易かった。


「最終的に、業魔(レヴュラ)を世界の外へ押し返すことには成功しましたが、犠牲は大きい物でした。太古種は滅び去り、神々も死を免れることはできなかったのです」

 

 最後の力を用いて自らの肉体を星と変え、業魔(レヴュラ)たちが再侵攻しないように結界を張る。その一方、大地(ガイア)にも溶け込み、これが魔素と呼ばれるエネルギーとなった。


神々の黄昏(ラグナレク)……か」

「……なんだかよく分からないけど、格好良い言葉ですね!」

「良いから、先を」


 右手を下から上へすくい上げるようなポーズで続きを促す。なんとなく、ミューラに北欧神話を近づけてはいけない。そんな予感がしたのだ。

 ミューラも、やや不審には思ったが、誠司が相手である。つれない態度を取られても気にせず、大ざっぱにまとめる。


「その後、古代魔法帝国が勃興し、滅び、その後継たる九王国が生まれました」

「そのひとつが、ミューラのシルヴァラッド森林王国か」

「はい。それにしても、古代魔法帝国が崩壊した時に失われた転移魔法。その実験で大成功(クリティカル)してしまったわたしが、誠司さんと暮らすことになったのは、すごく奇縁という感じがしません?」

「もの凄い勢いで収束させたな」

「歴史は、つながっているんですね……」


 ほうと、感慨深げにミューラは頬に手を当てた。

 久々に、自らのインテリジェンスを見せつけることができて、どことなくご満悦だ。


「さて。相互理解が深まったところで、もうひとつ進展させようか」


 誠司が、ちらりとリビングの時計――午前10時前だった――を見て、ミューラを誘う。


 その効果は、劇的だった。


「え? こんな、明るいうちからですか!?」


 飛び上がるような勢いで驚くミューラ。王女の威厳もなにもない。その声に、夢の国にいたコタロウも飛び起きる。

 ミューラは、そのコタロウを思わず抱き寄せた。胸の『素泊まり』の文字が、さらに歪む。


 まさか、こんなにさりげなく。それでいて強引に迫られるとは想像もしていなかった。完全な奇襲。不意打ちである。

 なんて、自分本位な。相手のことを考えていない誘い。


 にもかかわらず、ミューラはどきりとしてしまった。いつもと変わらない表情から繰り出される、強引な口説き文句に、思わず胸が高鳴る。

 無論、無論、そう簡単に許すつもりはない。それは、間違いない。


 だが、強引なのも良いと、少し。いや、かなり思ってしまった。


「暗くなってからのほうが良いか?」

「それは、まあ、そうですけど……。でも、こちらの家だと、電気がありますから、あんまり意味がない――」

「家? 外に出るつもりなんだが?」

「お外ですか!?」


 初日、誠司が夜這いに来なかったのは、そういう趣味だったからなのか。

 耳年増とまでは言わないが、お付きのメイドがざっくばらんだったことにより、そういう概念は知っている。


 知ってはいるが、我が身に遭遇するとは想像もしていなかった。

 謎が解けると同時に、ミューラは戦慄した。


 同時に、納得した。


「うちゅうすごい。きゅうひゃくさんじゅうおく・かける・きゅうてんごちょうきろもあるうちゅう、すごいですぅ……」


 そして、意識が朦朧とし出す。


「なんだか、もの凄い誤解を受けているようだが……外に買い物へ出ようというだけの話だぞ」

「え? 誰がです?」

「俺と、ミューラがだ」

「わたしと、セージさんが?」


 きょとんと、なにを言っているのか分からないと、ミューラは固まった。胸の中で、もぞもぞとコタロウが動くが、されるがままになっている。


 それくらい、理解が遅れた。


「えええええええっっっっっ。い、いいんですか?」

「魔法で、外見を変えられるんだろう?」

「できます。やります。魔素の消費量も全然足ります!」


 はっきりと言われたわけではなかったが、宅配ピザの時の反応や誠司の注意を聞いて、ミューラは家の外に出てはいけないのだと理解していた。

 他に寄る辺のない身であれば、誠司の意向に逆らうことなどできるはずもない。


 それと同時に、誠司が、意味もなく禁じる人間ではないことも分かっていた。


 そこに、思わぬ朗報が飛び込んできたのだ。思わず立ち上がり、コタロウを持ち上げてクルクル回っても仕方がないというもの。


 一方、誠司としては、ただひたすらに打算しかない。


 一番の目的は、服。もっとはっきり言えば、下着だ。今は通販で適当に買った物を身につけてもらっているが、それには限界があることも理解していた。


 きちんと、店で採寸して購入したほうが良い。


 これは、税金や老いのように避けられないことだ。


「では、変身してきますので、こちらの一般的な女の子の絵を貸していただけませんか?」

「絵……。写真か」


 そういうことならと、事情があり毎月購入しているティーン向けのファッション雑誌を一冊ミューラに手渡した。


「では、わたしを知らない人からは、別人に見えるよう魔法を使ってきます。集中が必要で時間もかかるので、お部屋にこもらせていただきますから、見ないでくださいね」

「ああ。まるで、『鶴の恩返し』だな」

「なんですか、それ?」

「若者が罠にかかった鶴を助けると、その鶴が若い女性に姿を変えて恩返しにやって来る異類結婚譚だ。最終的に、見るなと言われていたにもかかわらず、鶴が自分の羽で機を織っているところを扉を開けて目撃してしまい、別れることになる」

「なるほど……。セージさんだったら、どうします?」

「もちろん、俺なら、絶対に開けないな」


 当然だと、誠司が断言した。


「あははははは……。さすが、セージさんですね……」


 納得とあきれをブレンドした表情で、ミューラはふすまをきっちりと閉じた。





 ミューラが、自分の部屋にしている和室へ引きこもって五分が経過した。


 まだ、異世界の王女が出てくる気配はない。誰をモデルに変身の魔法を使用するのか悩んでいるのではないかと思ったが、どうやら違うようだ。


 今回は、呪文の行使自体に時間がかかっているらしい。


 インスタントに使っていた翻訳や明かりの呪文と違い、まるで儀式。あるいは、こちらのほうが、本当の『魔法』なのかもしれなかった。


 それでも、そこまで時間がかかることはないだろうと、誠司は本を片手に終わるのを待つ。


 宇宙の話をしたこともあり、選んだのはジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』。


 タイトルがあまりにも秀逸で、あるいはそれをオマージュした作品のほうが有名かもしれない。誠司自身、SFはあまり読まないので、最近まで詳しい内容は知らなかった。


 そして、実際に、驚いた。SFだと思っていた作品は、明らかにミステリだったのだ。


『月面で5万年前の人間の遺体が発見された。この人物は、一体何者なのか?』


 この不可能状況の提示は、まさに本格ミステリ。初期のエラリー・クイーンや島田荘司を想起させる。月面も、広義の密室と呼んでも差し支えないだろう。


 しかも、ただ5万年前の人間というだけではない。

 チャーリーと名付けられた5万年前からやって来た彼は、現代技術――木星の衛星ガニメデに到達できる現代だ――でも作り得ない装備品を残していた。

 また、未知の言語が記された手帳やカレンダーも見つかったが、解読自体覚束無い。


 しかし、これは重大な伏線だった。

 特に、カレンダーが持つ意味に気づいた瞬間、誠司は興奮して声を上げてしまった。


 ミューラを待つ間、誠司は最後の謎解き部分に目を通す。


 この冒頭に提示された謎の解決が凄まじい。誠司が知る限り、世界、いや、宇宙最大の物理トリックだ。しかも、その後に、もう一段仕掛けがあるところなど、最高だ。


 もちろん、現代の視点で見れば無理がある部分も多いが、それは作品の瑕疵ではない。


 鮮やかな謎解きは、芸術品に等しい。


 そう信じて疑わない誠司だった。


「お待たせしました、セージさん」


 そんな余韻に浸っていると、雑誌を持って和室からミューラが出てくる。

 彼女もまた芸術品に等しかったが、幸か不幸か、謎解きの要素がないので誠司の琴線には触れない。


「なるほど。分からないな」


 そちらを一瞥したが、誠司の目には、なにも変わっていないように見えた。というよりは、なにも変わっていない。精々、『素泊まり』Tシャツの上にスウェットシャツを着ている程度だ。


 細い瞳でじっと見つめる誠司に対し、ミューラが微笑みながら答える。


「だって、わたしを知らない人にしか通じない魔法ですから」

「……はだかの王様だな」

「裸って……セージさんったら。そんな王様がいるわけないじゃないですか」


 手を縦に振って、「しょうがないんですから」と笑って流される。

 若干、納得のいかない部分もあるが、こだわっても仕方がない。


「それで、どんな他の人からはどんな姿に見えるんだ?」

「わたしと同い年ぐらいの女の子をモデルにしました。体型以外は、その娘に見えているはずです」

「……それなら問題なさそうだな。行くか」


 ファッション雑誌に出てくるような娘ばかりでは目立つような気もしたが、ミューラ本人に比べたらそれほどのことはない。


 それよりも、問題はコタロウだ。


「コタロウは留守番な」

「ハグググッ! ハゥゥゥッ!」


 留守番。

 その不吉な響きに、休日らしくゆったりと寝っ転がっていたコタロウが過剰な反応を示す。


 留守番。

 それは、一人残されるときに発せられる、悪魔の言葉。


 誠司の足に追いすがって鳴き声を上げるコタロウ。


 しかし誠司も慣れたもので、あっさりと引きはがしてしまった。


 その薄情とも思える態度に、ミューラは目を潤ませる。


「連れて行っちゃ、ダメなんでしょうか……」

「店の中には、入れないからな。店の外に繋いでおいて、誰かに連れて行かれたらどうする?」

「うううう。もっとダメですぅ。コタロウちゃん、お土産買ってきますから。ね?」


 なんとかコタロウをなだめ、誠司とミューラの二人は玄関から外に出た。


「わっ、すごい! あれが噂に名高い海ですね!」


 外廊下に出ると、海が一望できた。


 誠司が住んでいるのは、苗字と同じ名前をした半島の街。海の街でもあり、誠司にとっては日常のありふれた光景だ。

 けれど、当然、ミューラにとっては違う。

 朝の光を受けてきらきらと輝く水面を、同じくらいきらきらとしたサファイア色の瞳で飽きもせず見つめていた。


 風に舞う銀髪を押さえるその姿は、誠司ですら、写真に撮りたくなるほどだった。


「おっきな船が停まってますね」

「ああ。あそこは海というか、軍港だからな」


 なんでもないと、誠司は言った。

 海の街であり、戦前からの海軍の街でもある。やはり、誠司の感覚では当たり前の存在だ。


「ははぁ。軍艦ですか……。だいたいこう、異能力でやられちゃう感じですよね?」

「俺は今、黒髪の紗音(シャノン)の作者に、抗議をしたくなってきた」


 珍しく脱力した誠司が、ミューラの手首を掴んで移動する。

 いつまでも、ここで騒いでいても仕方がない。姿を変えているので見られて困るものでもないが、面倒なのは確か。


 エレベーターへと歩みを進めながら、誠司はミューラへ一方的に伝える。


「万が一俺の知り合いに遭遇したら、親戚だということにして逃げ切るからな。母方の従妹だ。まあ、誰かに会うなんて、あり得ないとは思うが」

「あり得ないって……」


 どこまで人付き合いを避けているのかとあきれつつも、ミューラは反論できなかった。

 なにしろ、ミューラが三浦家に転移してから一週間。本当に、来客の一人もなかったのだ。


 さすがに、これはどうなのか。


 エレベーターの前で立ち止まりながら、誠司の人間関係に関して思いを馳せるミューラ。


「まあ、怪しまれて困るのは俺もミューラも変わらない。一蓮托生だな」

「一蓮托生……それは良いですね!」


 一気に、ミューラの顔が明るくなる。


 そのタイミングで、エレベーターの扉が開く。運良く、誰も乗っていなかった。


 一蓮托生などと言っていたにもかかわらず、エレベーターへ乗るときに誠司はミューラを掴んでいた手を離す。

 それを少しだけ寂しそうに見つめていたミューラだったが、そんな感情はすぐに吹き飛んでしまった。


 ガラス窓の向こうで、他の階を通過していく様がわずかに覗く。たったそれだけで、ミューラの興奮の針は振り切れた。


「ほえええ……」


 音もなく落下していくエレベーターに驚きに感嘆を混ぜ合わせたような歓声を上げる。

 恐怖とは無縁らしい。


 あっという間に、一階に到着。


 しかし、ミューラの興奮は冷めない。


「セージさん、もう一回。もう一回お願いします! 今度は、一番上から下りていきましょう!」

「帰りにな」

「そんなぁ……」


 一方、誠司は素っ気ない。

 せっかく、今まで誰にも遭遇していないのだ。さっさと出て行くに限る。


 抗議をスルーして、エントランスの自動扉を抜けて外へ出ようとする。


「勝手に開きましたよ!」


 そんな誠司とは対照的なのが、ミューラ。エントランスの自動扉に驚き、戻って、もう一度開けようとする。


「裏で監視している人間がいて、タイミングを合わせて開けているんだ」

「そうなんですか!? ああ、ごめんなさいごめんなさい」


 誠司の嘘を真に受けて、浅はかな自分を恥じるミューラ。

 それを見て、誠司が罪悪感を憶える……ことはなかった。


「大丈夫。きっと、許してくれるさ」

「その寛大さに感謝します」


 王女らしい台詞とともに、ミューラは自動扉に軽く頭を下げる。

 そろそろ、誠司が無駄に優しいときは怪しいと学習すべき頃かもしれない。


 けれど、ミューラは思いつきもしない。


 それは彼女の知性や正確の問題ではなく、優先順位の問題だった。


「はわわあぁ。分かってはいましたけど、やっぱり、でっかいですねぇ」


 マンションのエントランスを出て、ショッピングセンターへの道を歩く。その途中で立ち止まり、マンションを見上げてミューラは感嘆の声を上げた。


「14階建てだから……1フロア3メートルとして40メートルぐらいか。でも、古代魔法帝国時代の建物とかで、同じぐらいのが残ってたりするんじゃないか?」

「残ってますけど、こんなに密集して綺麗に残っているのは滅多にないです」


 なるほどと、誠司はうなずいた。

 密集しているわけではないが、周辺には誠司が住んでいるのと同じ規模の建物が全部で五棟ある。見慣れていなければ、確かに驚異的だろう。


「まともに残っているのは、グローセル=アプフェル二重王国の都ぐらいですぅ。異世界から都市を召喚したという伝説があり、実際に天を衝くような塔がいくつもそびえ立っていそうですが、あまりにも魔素の必要量が多く、ほとんど廃墟同然になってますね」

「異世界から都市を召喚?」


 それはとんでもない規模の話だ。

 ミューラが一人でこちらへ来たのとは、文字通り次元が違う。


「下層は、わたしたち人間やエルフ、ドワーフたち。上層は、ハーピーやウィングドリング、稀にドラゴンが根城にしているとか」

「ファンタジーだなぁ」


 壮大……というよりは無茶さ加減に、誠司はそれしか言えない。


「さて、そろそろ行こうか」

「はい!」


 ミューラが元気よく返事をし、視線を地上に戻す。

 姿を変えているのとはいえ、目立ちたくはない。それは、細部は違うだろうが、誠司とミューラの共通認識だった。


 もっとも、それはすぐに裏切られることになるのだが。


「おおおお! 鉄のイノシシが道を走ってますよ!」


 マンション横の通路を進み、国道に面した横断歩道に出る。

 トラックや自家用車など、何台もの自動車が目の前を通過していく。あるいは、目的地であるショッピングセンターへと吸い込まれていった。


 その光景に、またしても興奮気味にミューラが飛び上がった。


 さすがに人がいるため、にわかに注目が集まる。


 だが、誠司が細い瞳で周囲を睥睨すると、さざ波のように消えてしまった。180cmを越える目つきの悪い青年にそんなことをされたら、誰だって関わりたくなどなくなる。


「……黒髪の紗音(シャノン)とやらには、車が出てこなかったのか」

「書いてありましたよ。自動車を見たらこう言うのが作法だって」


 違うんですか? と、つぶらな瞳で見上げるミューラ。


 誠司は言下に否定しそうになって、最後には言葉を飲み込んだ。気持ちは分からないでもない。

 誠司だって、密室殺人に遭遇したら「密室だ……」とつぶやいてしまうだろう。犯人はHではない。Sだ。


「さあ、行くぞ」

「はい!」


 信号が赤から青に変わり、横断歩道を人々が歩いて行く。

 目指す先は同じだろう。市内でも有数のショッピングセンターだ。


 誠司にとっては、会社帰りに寄っているいつものスーパーに過ぎないのだが。


 そのまま、エントランスホールを抜け、エスカレーターにおっかなびっくり乗っかって売り場へと移動する。

 さすがにミューラもわきまえたもので、吹き抜けの天井を見て歓声を上げたり、エスカレーターで大騒ぎはしない。


 ただ、サファイア色の瞳はこれ以上ないほど輝いていた。この時ばかりは、第三王女の肩書き関係ない。一人の少女だった。


 そんな彼女をテナントのひとつであるランジェリーショップへと連れて行く。


「ここで、下着を見繕ってもらう」

「えー」

「なぜ、嫌そうなんだ?」

「だって、今の格好、すっごく楽なんですよね? 極楽なんですよ?」


 スウェットの端をつまんで、いかに楽か強調し抗議するミューラ。

 最初に着ていたドレスはコルセットもセットになっていて、体を圧迫する。慣れてはいても、日常的に身につけるのは苦痛だった。


「……はっ。セージさんは、完全に脱ぐよりも……?」

「もう、それで良いから頼む」


 これ以上の会話は危険だ。


 手近な店員を呼び止めて、ミューラを預ける。

 まずは、正しいサイズを知るための採寸となった。


 その間、当然ながら誠司は暇になる。かといって店から出て行くわけにもいかない――ミューラがなにかしたら、即座にフォローが必要だ――ので、ランジェリーショップでただ一人佇んでいた。

 普通の男性であれば萎縮しそうな場面だが、表面上、誠司に変化はない。実に堂々としたものだった。


「セージさん、わたしGですって、G」

「そうか。良かったな」

「良かったですね、セージさん!」


 こんな会話をしても、誠司の平常心は崩れない。

 まあ、まだ午前中で人が少なかったからこそかもしれないが。


 採寸を終えたミューラが、女性店員と一緒に店内を見て回り、実際に商品を品定めする。最初は乗り気ではなかったのに、今は嬉しそうに見える。やはり、ショッピングが嬉しいのか。


 そこに誠司を巻き込まなかったのは、店員の功績だろう。


 だが、完全に無関係とは言えない。


 30分ほどして、ミューラが大きめの果物が入りそうな物体をふたつ手にして、誠司の下へと駆け寄ってきた。


 そして、白と黒のそれを、ドンと誠司の眼前に突きつける。


「セージさん、どっちが良いと思います?」

「両方」


 誠司としては、着替えはいくらあっても良いから両方買ってというしまえという意図だった。

 しかし、それがミューラと女性店員に伝わることはなかった。


(セージさんも、お好きですね……っ!)


 にやにやと、ミューラが下卑た……仮にも王女が浮かべてはならない表情を浮かべる。


 一方、女性店員は賢明にも、沈黙を守った。表情も、にこやかなまま変わらない。というよりは、慣れっこであるのかもしれなかった。


 結局、誠司は月収の3割ほどをこの店で消費した。


 それ以上に、神経の消耗は激しかったけれど。





「今日の昼は、このまま外で食べていく」

「外食、ですね」


 異世界――地球初めての外食。

 しかし、ミューラのテンションはあまり高くない。


『ミューラのために、誠司がなんらかの手を加えた時に魔素が発生する』


 その前提がある以上、どんな豪華な料理でも、ミューラにとっては砂同然。


「その辺はちゃんと考えてあるから安心して良い」

「さすがセージさん!」


 あっさりと手のひらを返し、ミューラがその場でジャンプする。一緒にランジェリーショップのブランド紙袋が宙を舞った。分かる人間が見ればなにを買ったか一目瞭然。


 しかし、そちらに注目が集まることはないだろう。


 本来の姿ではないとしても、ミューラ自身がより目立ち、なにより魅力的なのだから。


「ここだ」

「お好み焼き……ですか?」


 誠司が指し示した看板を、ミューラが眉根を寄せながら読み上げる。


「分かりました。お好み――つまり、好きな具材を焼く料理。つまり、好みの肉や野菜を鉄板などで焼き、そうですね、タレかなにかに着けて食べる。そんな料理なのではないでしょうか!?」

「惜しいな」


 ニアピンだが、ガーターだ。


「まあ、説明するよりも見たほうが早い」

「そして、味わったほうが、ですね」


 ミューラが訳知り顔でうんうんとうなずき、誠司の後を追って店内へと入っていく。


「へえええ……」


 店員に案内されたのは、奥の方にある四人がけのテーブル。

 赤と黒で整えられた店内を、ミューラはまるで美術館のように見回した。


「セージさん、セージさん! 鉄板があるじゃないですか」

「焼くんだから、そりゃあるだろう」

「そうですね。それはそうですね」


 ランジェリーショップの紙袋を隣の椅子に置きながら、ミューラは誠司と向かい合って座った。


「注文は任せてもらう」

「男らしいですね、セージさん」


 うんうんと、ミューラはうなずいた。

 もしかすると、メニューの写真を見るのに忙しかったからかもしれない。


「もしかして……お好み焼きは、ピザの仲間ですか?」


 真相は分からないが、そのお陰でお好み焼きの概要を把握したのは確かだろう。


「今は、そんな認識で良いんじゃないか」


 そんな風に話をしていると、店員の女性が注文を取りに来た。


「海鮮焼きとミックス焼き。それから、瓶ビールとドリンクバーを」


 はっきりと、誤解の余地がないようオーダーする誠司。店員が注文を繰り返し、バックヤードへと下がっていく。


 しかし、ドリンクバーの意味が分からない異世界の王女がそこにいた。


「コーラやらジュースやらが飲み放題だ」

「なんということでしょう……」


 説明をした途端、ミューラがわなわなと震える。


 だが、それも一瞬。すぐに、サファイア色の瞳をきらきらきらきら輝かせた。海を見ていたときよりも、激しく瞬いている。


 誠司は、家に残してきたコタロウを思い出していた。他意はない。ただ純粋に、おやつをもらう直前の瞳とそっくりだっただけだ。


「コーラ! コーラが良いです!」

「……お好み焼きには合わないと思うが」


 子供かという指摘を飲み込み、なんとか常識的な注意を発することができた。


「ピザの仇を、お好み焼きで取ります」

「まあ、良いなら良いんだが」


 そこまで言われては、仕方がない。

 誠司はミューラを伴ってドリンクバーのコーナーへ移動する。


 誠司が注がねば意味がないので、説明はしない。氷を入れ、コップをセット。ボタンを押すと、黒い液体が注ぎ込まれる。


「おおーー」


 シュワシュワと泡が弾ける液体を、ミューラは飽きもせずに眺めていた。


「ほら、落とすなよ」

「命に代えましても」

「そこは代えなくて良い」


 渡されたグラスを大切に抱えるミューラとともに、誠司は席へと戻る。


 いない間に店員が来ていたようで、鉄板にはすでに火が入っていた。さりげなく注意しながら、誠司はコーラを飲むミューラを眺めていた。


 五分も、そうしていただろうか。


「お待たせいたしました。こちらでお焼きしますか?」


 二枚分の材料を持ってきた店員が確認をしてきた。


「ミックス焼きだけ、お願いします」


 本来であれば、プロである店員に任せるべきだろう。だが、それでは実験にならない。


「え? セージさん……」


 驚き戸惑うミューラだが、声は小さかった。


「かしこまりました」


 まず、豚バラ肉を鉄板で焼き、食べやすい大きさに切った。


 続けて、丼にこんもりと盛られたタネを、ガシガシと実際に音がするほど力強く混ぜていく。キャベツがテーブルにこぼれるのも厭わない。強引とすら思える手つき。

 だがその甲斐あって、丼からあふれるほどだったタネが見る見るうちに圧縮されていった。


 それを今度は、鉄板の上に流し入れ、タネを混ぜていた長めのスプーンで広げながら形を整えていく。最後に、先ほど別に焼いた豚バラ肉を上に乗せた。


「あとは、そちらの蓋をお願いします」


 誠司は軽くうなずくと、テーブルの隅に重ねてあったボウル型の蓋を取ってお好み焼きの上にかぶせた。


「こちらの砂時計で4分経ちましたら、ひっくり返してもう一度蓋をかぶせてください。また四分経ちましたら完成ですので、お好みのソースをかけてお召し上がりください」


 四人がけなので、鉄板では二枚同時に焼くことができる。自分でやろうという客も多いのだろう。店員はお手本を見せると、一礼してバックヤードへと戻っていった。


「もしかして、あの店員さんとセージさんのどちらが魔素の回復をするかという実験を……?」

「もしかしなくても、そうだ」


 にべもない答えを返しつつ、誠司は海鮮焼きの魚介類――エビやイカ――を鉄板の片側に投下。それと並行してスプーンでタネを混ぜるが……。


「難しいな……」

「うふふ」


 さすがの誠司も慣れない作業は難しかったようで、キャベツが机の上に落ちてしまう。そのちょっとした失敗を目にして、ミューラは上機嫌で微笑む。


 そんな誠司と砂時計を交互に眺めているだけで、時間はあっという間に過ぎていった。


「別に、時間ぴったりに蓋を開ける必要はないと思うんだが」

「油断。その油断が命取りですよ!」


 蓋を手にし、砂時計から片時も目を離さない美少女。

 誠司とは、気合いが違っていた。


 そう言うだけあって、コーラも補充している。言うまでもなく、補充したのは誠司だが。


「今です!」


 ミューラが蓋を開けると、ふっくらと焼き上がったお好み焼きが姿を表した。

 じゅうじゅうとした音が、否応なしに食欲を刺激する。


「マヨネーズ、マヨネーズは多めでお願いします!」


 誠司は、無言でリクエストに応えた。

 ついでに、かつお節もたっぷりとかけてやる。


「先に食べてて良いぞ」


 誠司は、そう言ってヘラを手渡した。


「では、いただきます」


 それを手にしたミューラは、じゅうじゅうとソースが焦げるお好み焼きにこてを突き立てた。ふんわりとソースが香り、たまらなくなる。


 もう、誰が焼いた物かなど、ミューラの認識からは消えていた。


 一口サイズに切り分けたお好み焼きを、皿に乗せずこてのまま口に運んだ。


「かりっ、ふわっ、あつっ」


 甘いソースと、こくのあるマヨネーズ。トッピングの粉のような物も、風味がある。


 だが、ミューラは冷ましながら食べるので精一杯。


 美味しい。美味しいが、それ以上のことは分からなかった。

 なるべく味わおうとしはしているが、そんな余裕はない。


(あ、上だけじゃなくてお肉がっ。得した気分ですぅ)


 必死に噛みしめ、ごくりと飲み込んだ。


「ふわわわわー」


 口内の熱さに、思わずコーラへ手が伸びる。

 甘いソースと甘いコーラの取り合わせは微妙に思えるかもしれない。


 だが、少なくともミューラにとっては、そんなことはなかった。


「ふぅ。美味しいれふね、セージさん!」


 ふにゃりと表情を崩し、幸せそのものといった様子で言う。


 だが、言われた誠司は冷静そのもの。


「なるほど。やはり、ミューラのためであれば、俺でなくても良いみたいだな」

「…………はっ」


 まるで次に発する言葉を言い当てられたかのように、ミューラが露骨な狼狽を見せた。


「ふっ、ふふっ、ひゅー」


 とりあえず、口笛は苦手なようだった。


「そ、そんなことはあるないですよ。やっぱり、セージさんが一番ですよ?」

「いや、気遣いとかいらないので、素直に答えて欲しいんだが」

「……もしかして、わたしはお暇を出されるのでしょうか?」

「そのつもりなら、わざわざ買い物なんかしない。あと、まるで働いているみたいな言い方は不正確だから止めたほうが良い」

「うわぁい! いつものセージさんですね!」

「とりあえず、信頼されていると思っておこう」


 その頃には、誠司が焼いたお好み焼きも焼き上がっていた。

 同じようにソースやマヨネーズをかけてから、取り分けて皿に盛ってやる。


「やっぱり、セージさんのが一番ですね」


 誠司からサーブされた海鮮焼きを口にし、満面の笑みで言うミューラ。先ほどと、同じ台詞だ。

 こうなるとどこを切り取っても軽薄そのものなのだが、銀髪の美少女の台詞だと、真心がこもっているように聞こえる。


「あっ、エビがぷりっとして美味しいですぅ」


 その後の言動で、台無しになった感はあるが。


 ただ、誠司としては、特に気にしてはいない。


 味だけの話であればミューラの主観が加わって当然。にもかかわらず、店員が『誠司とミューラのために』焼いたお好み焼きでも

 恐らく、魔素もきちんと回復はしていることだろう。


 これで、注文方式の回転寿司――やや矛盾を感じるが――など、行動の幅が広がる。誠司が病気になったときなどの保険になることが分かった。


 それだけでも、充分だ。


 安心した誠司は、手酌でビールをグラスに注ぎ、くいっとあおる。


 黄金色の液体が喉を通って胃の腑にたどり着く感触。美味い不味いと言うよりも、気持ちいい。


 実際、誠司はビールが美味しいと思ったことはない。だが、お好み焼きとの組み合わせは極上だ。熱く甘いお好み焼きと、冷たく苦いビールの調和は筆舌に尽くしがたい。


 というより、能書きを並べ立てている場合ではない。


「セージさん、お好み焼きは、良いですねぇ」

「……そうか。もう一枚、頼むか?」

「え? 二枚ずつしか焼けないから、ふたつ注文したんじゃなかったんですか?」


 ――既に、残りはわずかだった。





 買い物からの帰り道。

 マンションのエレべーターから下りた二人は、外廊下を歩きながら言葉を交わす。


「う~ん。お腹いっぱいです。もう食べられないです」

「そうか。病気か?」

「わたしの認識、おかしくないですか!?」

「いくら料金が変わらないからと、ドリンクバーを全制覇しようとする人間に言われたくはないな」

「ドリンクバー……。あれは、業魔(レヴュラ)の機械でした……」


 世界を滅ぼしかけた悪魔に匹敵するとは。地球は、滅びの縁に立っていたらしい。


 ただ、滅びが実際に近くにあることを誠司は痛感することになる。


 家までほんの数歩といったところで、金色の影が飛び出してきた。


 それは、ツインテールにした金髪が、勢いよく舞ったから。

 その持ち主は、アングロサクソンの地が入っているのか、日本人離れした顔立ちをしている。

 子猫のように挑戦的な光が灯った瞳。身長は150cmほどで全体的に発展途上の体型だが、小悪魔的な魅力があった。

 ロングのスタジャンにストライプのスカートを合わせ、ニーハイを穿いた少女。


 彼女を見て、ミューラは驚きに大きく目を見開く。


「ああーー! アタシが巨乳になってる!」


 誠司はかつてないほど迅速に鍵と扉を開け、二人を家の中に叩き込んだ。

新キャラが出ましたが、作品のコンセプトは今後も変わりません。

どうぞ、安心して来週をお待ちください。

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