「普通」になりたい
何もない真っ白な空間。
僕はほんの少し前、自ら命を絶った。
原因はこんな程度のことで、そう言われるような小さなこと。一つ一つは笑い話のような、そんな事の積み重ねだった。
「お前、キャッチボールすら満足に出来ないの?
ふざけるのも大概にしろよ?
流石にこんくらいは普通に出来るだろ」
真面目にやっています。
努力しています。
それでもできないんです。
運動が苦手なのは普通ではない、いけないことなんですか。
「おい、今回のテスト、赤点はお前だけだぞ。しっかりしろよ。
普通に勉強すれば赤点なんて出ないテスト作ってんだぞ」
勉強は人一倍やってるつもりです。
それとも、寝る間遊ぶ間を惜しんで勉強するのは、「普通」の勉強に満たないんですか。
それとも、これだけやって出来ない俺が「異常」なんですか。
「ねぇ、なんでそんな事言うの?
相手の気持ち、考えた?
それが普通のことでしょ?
そのくらいやってよ!普通のことなんだから」
自分を押し殺し、相手の望む事だけを言うことが普通なんですか。
自分の意思を述べることは「異常」なんですか。
「普通」って、なんですか。
「普通」でない事は、罪なんですか。
「普通」である為にどうすればいいですか。
「普通」に、なりたい。
☆☆☆
『おめでとう、アラン。
運のいいあなたに「特別」に、
素敵な来世をプレゼントします!』
何処かから、俺に呼びかける声が聞こえた。
ああ、また「普通」ではないことが起きた。
死んだら「普通」になれると思ったのに。
『あなたには、剣と魔法の世界、所謂ファンタジーの世界に転生して頂きます。
それに際して、貴方の願いを叶えてあげましょう!
権力、金、魔法、武力、生産、なんでもいいのです。
何が欲しいですか?』
本当に、希望が叶うのだろうか。
なら、答えは一つしかない。
「特殊な能力はいりません。
ただ、普通の人間として生きていきたいです」
『…本当に、それが望みなの?
なんでも叶うのよ?』
「はい。それが、僕の望みです」
『そう。
あなた、とても「異常」ね。
まぁ、いいわ。
それなら、行きなさい
精々、頑張りなさい』
視界が、黒く染まる。
これから、転生とやらが起こるのだろう。
それにしても、本当に困った。
どうやら、「普通」でありたいと願う事は、「普通」ではないことらしい。
これから来るであろう新しい人生。
次こそは、「普通」でいたいな…
☆☆☆
「おい!そこのお前!早く来い!
新人訓練を始めるぞ!」
ここは…運動場?
いきなり変なとこに飛ばされたな…
「おい!聞いているのか!早く来い!」
目の前で叫ぶスキンヘッドの大男。
呼ばれたのは俺か?
それに訓練って…
「いい加減にせんか!
早く来いって言ってんだ、ろ!」
「いてっ!
すいません。ボーッとしてました」
無視してたことになってたのは謝るけど、状況の時間くらいくれてもいいだろうに…
「ふんっ、そんなことでは立派な冒険者どころか、「普通」の冒険者にすらなれんぞ。
まぁ、いい。早くこちらへ来い。
他の参加者が待っている」
冒険者…
新人訓練って、冒険者の、なのか。
とすると、今世は中世ファンタジーで冒険者、か。
今度こそ「普通」に生きる為、その術を学ぶ為にも、この大男にしっかりと学ばねば…
☆☆☆
「よし、これで、全員揃ったな。
改めて、自己紹介しておこうか。
私はガイ。
貴様らの訓練を担当する。
B級冒険者だ。
では、次、そこの右端のお前、お前から順に自己紹介しろ」
「俺はケン。
皆んな、これからよろしくな!」
元気で活発そうな奴がケン。
茶髪でいかにも元気そうな顔立ちだ。
特に変わったところもない、良くいそうな少年、という感じだろうか。…頭の上の耳と腰から生える尻尾さえなければ、の話だが。
「俺はケイ!
ケンにぃの弟!みんな、よろしく!」
これまた元気そうな弟君、ケイ。
容姿は兄とかなり似ている。
「…アリア。
よろしく」
無口な女の子がアリア。
薄い青緑の長髪で、耳が尖っている。
所謂エルフ、というやつだろうか
「私はリン!
みんな、よろしくね!」
肩までかかるほどの黒髪をもった元気な女の子がリン。
こちらは普通の人間のようだ。
「僕は、アラン。
未熟者だけど、みんな、よろしく」
そして、僕。
どこにでもありそうな「普通」の組み合わせではないだろうか。
「よし、貴様らは、これから共に訓練を受けるだけではなく、恐らく訓練終了後も同じパーティーを組んで活動していく事になるであろう。
その為に大切なのは、チームワークもそうだが、大前提として、パーティーのバランスが取れている必要もある。
使用武器やポジションが偏っていては、何も出来んからな。
とりあえず、貴様らの希望する武器やポジションを言ってみろ」
「俺は剣と、大きめの盾。
それで、最前線でみんなの盾役をしたい」
「俺は、ケンにぃが敵を抑えてる間に横から双剣で奇襲、遊撃をやりたい!」
「…魔法使う。後衛。
攻撃も回復も両方」
「んー…私は特にこだわりないんだけど、この感じなら弓、かな?
アリアちゃんと一緒に後衛で!」
みんな、かなりバランスが取れている。
俺は魔法使えないから、この編成でやれることは…
「僕は、槍を使おうかな。
中衛で、前衛の援護と後衛の護衛」
「アラン君、私達のこと、守ってくれるの?
かっこい〜!
頼んだぞ、男の子♪」
「う、うん。
頑張るよ」
「もう、頼りないなぁ…
もっとしっかりしてよね!」
「ご、ごめん。
任せといて!」
「うむ。
大体、各々バランス良く決めたようだな。
恐らく、完全な初心者か、我流で学んだだけの者ばかりだろう。
これからしっかりと修練を積むんだぞ」
「「「はい!」」」
「うむ。では、これから一月、共に頑張ろうではないか!」
☆☆☆
それから一月の訓練は、一言で言うと、地獄だった。
今まで武器なんて触ったことがないやつが恐ろしい魔物を殺す為の力を身につけようとしているんだから、当たり前かもしれないが。
だが、良いことがない訳でもなかった。
1つは、槍術が多少なりと上達したこと。
そして、もう1つは…
「リン、君のことがすきです。
僕と、付き合って下さい!」
「…うん。いいよ。
その代わり、今まで以上にしっかり、私のこと、守ってね!」
彼女が、出来たこと。
それ以来、これまで以上に熱心に訓練に励むことができたし、何よりも毎日が楽しかった。
訓練が休みの日には2人で街を歩き、一緒にご飯を食べたり遊んだりした。
とても、充実した日々が続いていた。
そして…
「お前ら!
今から、新人訓練の修了試験を行う!
この一月の成果、しっかりと見せてもらうぞ
この街の東の方にあるダンジョン、緑鬼の森。そこに出てくるゴブリンを30体。倒してもらおう。
できるな?」
「「はい!」」
☆☆☆
「すまん!アラン!
一体抜けた!
カバー頼む!」
「任せて!ハァァ!」
『グギャァ…』
「よし!ナイスアラン!
あと3体!みんな気をぬくな!」
「準備できた。
撃つ。3.2.…
「うぉっ!やべ!」
風の矢」
『グ、グギャ!?』
「あっぶねぇ…
けど、後2!」
「俺も、ここらで働かないとね!
てやぁぁぁぁ!」
「私だって!
…そこ!」
『『グギィ…』』
「…よし、
なんとかなったな。
これで、目標の30体は達成だよな?」
「うん。
確か、そうだったと思うよ、ケン」
「よし、なら、もう帰るか。
みんな、街に着くまで気をぬくなよ?」
「もちろんよ。
さっきはありがとね、アラン。
助かったわ」
「どういたしまして、リン」
「…俺、3体抑えてたんだけどなぁ…」
「ケンにぃ、俺はちゃんとわかってるから…」
なんか外野が煩いが知らん。
僕たちは、時々冷やっとすることはありながらも、無事にノルマを達成することが出来た。
あとは、帰るだけだが…
「!?
敵襲!…これは、中位種!?」
「くそ…皆んな、もう一踏ん張りだ!
やるぞ!」
敵は、棍棒を使う通常のゴブリンと違い、剣を使うゴブリンソルジャーが2体、弓を使うゴブリンハンターが一体。
「アランとリンは後ろのハンターを重点的に狙って!
他の3人でソルジャーをやるぞ!」
「分かった!
リン、隙を見て頼むよ!」
「分かった!
矢には気をつけてね、アラン!」
俺は、ゴブリンハンターに矢を射させないため、距離を詰める。
『グギィ!?
グギャ!グギャ!』
「くそっ!
逃がすか!ケン、僕たちはあいつを追う!
またあとで合流しよう!」
「おう、気をつけろよ!」
逃げるゴブリンを追いかける僕とリン。
「リン、余裕があったら矢を射かけて!」
「わかった!
それ!えい!」
『グギャ!…ギャギャァ…』
リンが放ったうちの一矢がゴブリンの背中にささり、足が止まる。
「ナイス!リン!
トドメは僕が!てやぁ!」
『グギャァ…』
「よしっ!流石アラン!
私達、いいコンビだね!」
「ああ、そうだn…危ない!」
「え?…っ!?」
『ギギィ!』
「うぐっ…
リンは…俺が…しね…!」
考えて動いたわけじゃない。
ただ、リンへの攻撃を庇って、死に際のゴブリンを倒した。それだけ。それだけのこと。
『グギ!?グギャァ…』
崩れ落ちる、ゴブリン。そして、僕。
「よし…今度こ、そ、たおせた、ね。
リン、怪我は、ない…?」
「私は大丈夫よ、アランが守ってくれたから…でも、アランが!アランのお腹に…矢が…」
「約束、だから。
それ、に、これくらい、大丈夫、だよ。
ほら、泣かないで…?」
「うぅ…アラン…」
「もう、リンは、泣き虫、だね…
ほら…顔を見せて…」
「うん…っ!?」
顔を寄せてきたリンと僕は、唇を重ねた。
「ほら、もう、元気出して?
なんだか、眠た、い、や。
少し、休む…ね」
少しずつ、目の前が暗くなってくる。
今度は、前世とは違って、「普通」、とまではいけなかったかもしれない。
でも、大切な人を守れるのなら、こういう生き方も、あり、かな…
☆☆☆
「あれ?ここは…?
僕、リンを守って、それから…うん?」
目の前には、見慣れない天井。
背中には、ベッドの感触
どうやら、命を取り留めたみたいだ。
そして、胸元からいい匂いといい感触
「!?
アラン!気がついたの!?
良かった!良かった…!」
「うっ…リン、苦しよ、落ち着いて…」
「あ、ごめん…
でも、本当に、良かった…良かったよぉ…」
「もう、泣かないでって…
よいしょ…
よし…げ」
目覚めるなり抱きついて泣き出したリンを起こし、ベッドから立ち上がる。
立ち上がると、今まで見えなかったところがみえ…
「良かったな、アラン…にやにや」
「良かったっすねぇ…アラン…にやにや」
「…にやにや」
「…っ//
もう…!」
「ケンケイ兄弟どころかアリアまで口に出してにやにや言わんでもいいだろうが…
でも、まぁ、ありがとう」
「おう、んじゃ、行くか。
この後はギルドでガイ先生の奢りで打ち上げだ!
ほらほら、行くぞー!」
一斉に走り出す一同
「ちょ…まだ走ると痛いってのに…」
何が普通なんて、そんなの、人によって違う。
自分が後悔せずに、生きることが出来たなら、それが「普通」だろうと、「異常」と関係ない。
自分が、周囲が、幸せに生きていけるなら、それで、いいんだ。
「アーラーン!はーやくー!」
「おう、今行くよ!」
END
仲間と恋して。
仲間と冒険して。
たまーに死にかけて。
ファンタジー世界では、これが「普通」なのかもしれませんね。
お読みいただき、ありがとうございました!