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またまた父母の会に参加した日(前)

「佐藤さん達から何か連絡を受けている方はいますか?」


 予定された時刻になった直後、戸崎結衣は完璧な笑顔を作って言った。彼女と多少なりとも交流のある俺にとっては大きな違和感があるけれど、そうでない人にはこれが作り笑顔には見えないだろう。


「……えー、何も聞いてないです……よね?」

「……はい、何も。男性の方々はどうですか?」


 ピアスの人に促され、大人しそうな方の人は分かりやすい苦笑いを浮かべて言った。するとてっちゃんがいつものように存在感の……いや、いつもより覇気のある表情で頷いた。何か良い事でもあったのだろうか。


「天童さんはどうですか?」


 と、てっちゃん。俺はどうせまた遅刻なのだろうと思いつつ、


「何も聞いてないっすね」


 こっそり戸崎結衣の方に目を向けると、彼女は作り笑顔のまま固まっていた。あれは内心では相当怒っているに違いない。ここに呼んだ責任を感じないでもないが、これが佐藤達の平常運転だからどうしようもない。


「分かりました」


 静かに言って、戸崎結衣は立ち上がる。それから真っ直ぐホワイトボードの前まで歩くと、黒いペンを手に取って軽くボードを叩いた。


「予定通り会議を始めましょう。ここで話し合うのは、十月に行われるお楽しみ会について、ということで相違ありませんか?」


 ……マジかよ。

 他にも思ったことは多々あるが、なんというか言葉にならなかった。他の人も同じようなことを感じたようで、小さく口が開いていた。


「すみません風見さん、どこが間違っていましたか?」

「……いえ、間違ってません」

「ありがとうございます。ところで、普段は何から話していますか?」


 その問いに答えられるものはいない。なぜなら話し合いが行われたことは一度も無いからだ。


「……その、全て佐藤さん達が、取り仕切っていたので」


 戸崎結衣とバッチリ目が合っているピアスの人――風見さんは、明らかな苦笑いで答えた。


「佐藤さん達は普段なにから話をしていましたか?」


 しかし戸崎結衣の追求は止まらない。当然の事を聞いているだけなのだが、一切の間を持たずに続く質問に風見さんは戸惑っていた。


 ……笑顔が怖いっつうの。


「普段は「あぁら、みなさんもういらしてたんですねぇ~」……」


 俺が口を挟もうとした瞬間、佐藤達年配組がドアを開けて現れた。戸崎結衣はすかさず風見さんから目を離して佐藤に目を向ける。


「こんにちは。遅刻の理由は問いませんので、直ぐに着席してください」

「あぁらぁ、戸崎さんではありませんかぁ。お仕事はよろしいので?」

「既に会議は始まっています。私語は慎み、速やかに着席してください」


 ……なんでその笑顔でそんな刺々しい言葉がズバズバ言えるんだよこいつ。

 戦慄する俺とは対照的に、佐藤はいつもの腹立たしい笑みを崩さない。


「どうして怒っているの? あぁやだやだ、カルシウムが不足しているのでは?」


 ……どうして煽り返すんだよ、ここで喧嘩とか始まるのはマジで勘弁だぞ。


「……」


 戸崎結衣もまた笑顔を崩さず、佐藤の顔を見ていた。


「なぁにかしら人の顔をじろじろ見て。いやだわぁ~」


 佐藤の煽りを受けて、戸崎結衣は微笑み混じりに息を零す。


「いえ、その、お肌のケアがとても上品だと思いまして。つい見惚れてしまいました」

「あらやだ分かります?」


 チョロイな佐藤! 一瞬で機嫌が直ったぞ!?


「はい。ところで、次のお楽しみ会は何をするのでしょうか? 恐縮ですが何ひとつ分からない状況でして……」

「初めてなら仕方ないわよ。次は……そうね、去年は人形劇をしましたわ」

「場所や日時は決まっていますか?」

「十月くらいということしか決まっていないわね」


 佐藤が答えた瞬間、戸崎結衣はサッとペンを持った手を動かした。そのまま、彼女は次の質問をする。


「場所についても、此方で決めていましたか?」

「ええ、去年は公民館のホールを使ったかしら」

「予算はどうなっていますか?」

「予算なんて大袈裟ね。一応、会の方々から一人につき二千円ずつ頂いておりましたわ」


 次々と質問が続く。その間、戸崎結衣がペンを持つ手は止まらない。彼女はずっと笑顔で佐藤の方を見ているのに、ホワイトボードには『日時;未定 場所;未定』と、お手本のように綺麗な文字が次々と書かれていった。


 普段は佐藤のペースに合わせるしかなかった俺達は、完全に自分のペースで話を進める戸崎結衣を見て唖然としていた。まるで魔法のように、彼女は次々と必要な情報を聞き出していく。


「ありがとうございました。つまり、現段階では何も決まっていないということですね」

「そうね。だけど、今年も去年と同じでいいんじゃないかと思いますわ」

「同じ、とは?」

「人形劇よ、人形劇。さっき言ったじゃないの~」


 おほほほ、と年配組が声を揃えて笑う。

 戸崎結衣は間髪入れずに、


「ならば場所は公民館、時間は未定、予算はここにいる八人で一万六千円ということですね」

「そうね、そうしましょう」

「分かりました。では、まずは時間を決めましょう」

「そう? でもそれは、まだ一ヶ月も先のことよ? 後でいいじゃない」

「……」


 俺達にとってはいつもどおりの、しかし彼女にとってはまさかの発言。流石に言葉を失った戸崎結衣は、しかし直後に口を開く。


「日時については、早い時期に決めるべきです。当日になって予定が合わなくなったでは話になりません」

「大丈夫よ、どうせ暇よぉ~」


 ……マジかよ佐藤、今のは流石に腰が浮きかけたぞコラ。暇だけど。


 ですよね~、と言って笑い合う年配組。いつのまにか笑顔を失っていた戸崎結衣は、チラと視線を横に向けて、俺以外の三人のことを見た。それから佐藤達に目を戻し、口を開く。


「では、予算について」


 ゾクリとした。口調や声のトーンはまるで変わっていないのに、その声が持つ色は直前までとは全くの別物だった。明確に、トゲがある。


 ……流石に怒ったか。気持ちは分かるが、そんなにマジになってどうすんだよ。


「去年は何を購入しましたか?」

「何も買ってないわよ?」

「では……集めた予算は何に使いましたか?」


 言っていることはおかしくない。だけど、その声には明らかな裏があった。まるで佐藤達が予算を横領したとでも言っているかのようだった。


 それを受けて、佐藤は


「うるっさいわねサッキから! だったらもう全部自分で考えればいいじゃない! 帰る!!」


 と、子供のように癇癪を起してドアの外へ歩いて行った。


「……」


 マジかよ、きっとこの場に居る全員が同じことを思ったに違いない。


「……ふんっ」

「……へんっ」


 謎の捨て台詞を残して、残る二人の年配組も部屋を後にした。

 残された五人の間に、なんとも言えない空気が流れる。


 戸崎結衣は、ゆっくりとドアまで歩いて、ドアを閉めた。

 それから振り返ると、いっそ呆れるくらい完璧な笑顔を作って言う。

 

「では、会議を続けましょう」


 コクリと、俺達は頷いた。


 こいつには勝てない。

 逆らってはいけない。

 きっと皆が、同じことを思った。

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