水着を買った日
次のお楽しみ会はプールに行くことになっている。
もちろん、俺もみさきも水着を持っていない。
というわけで今日、俺は水着を買いに来た。
まずは自分用の水着を購入し、そしてみさきの水着を買おうとして、後悔する。
……なぜ、一緒に来なかった。
プレゼントっぽく渡したいとかいう理由でみさきを家に置いて来た自分を殴りたい。
……どれだ、どれがみさきにピッタリなんだ? とりあえずみさきが小さいのは分かるが……スリーサイズとか知らねぇよ。
一口に水着と言っても様々な物がある。形だけでもワンピースタイプの物と上下が分かれた物。柄も考えたら目が回る。実際、俺は子供用水着コーナーの前でクルクル回っていた。直ぐ近くに大人用のサイズ小さめなビキニが置いてあったりするが、流石にこれをみさきに着せるのは無いだろう。
赤、青、白、黒、黄色、桃色、水玉しましま花畑……チクショウっ、どれにすればいいんだ!?
どうしたものかと悩んでいたら、やたらテンションの高い女性店員が声をかけてきた。
「しゃーせー! 水着お探しっすか?」
「はい、そうです」
「いやぁ、お客さん声渋いっすね。よく男性に間違われたりしてます?」
「間違えるも何も男性なんですが」
「……」
「……」
なんだこの空気。
「や、はは、そっすか。いやぁ、てっきり女性の方だと思っちゃいましたよ私あははは」
顔はともかく服装と体格で分かるだろチクショウ。
「ええと……え、自分用っすか?」
「チゲェよ。みさきに買ってやろうと思ってる」
「彼女っすか?」
そりゃ女用の水着見てんだから女の子に決まってんだろ。
「ああ、そうだ」
「いやぁ、兄さんパナいっすね! 水着をプレゼントって、なかなか出来る事じゃないっすよ!」
「そうか? ……そうだ、丁度いい。何かいい感じの水着を見立ててくれよ」
「そっすね。スリーサイズとか分かります?」
「良く分からんが、身長はちょうど俺の半分くらいだ」
「え、半分……あぁ、抱き枕か何かっすか?」
ケンカ売ってんのかなこの店員。
「娘です」
「……思い出した! 兄さん半年くらい前に布団買ってくれた人でしょ!」
布団……あぁ思い出した。こいつあの時のチャラい店員だ。
「いやぁ、兄さんが布団買ってくれたおかげで私出世したんですよぉ。時給百円アップっす」
「そうか、それは良かったな」
「はい。もうほんと一階の売り場は滅多に人が来ないから退屈で退屈で……ちなみに、三階に上がると時給がさらに二百円上がるらしいんで、是非私のお財布を助けると思って、たくさん買ってってください」
「一着しか買わねぇぞ」
「あはっ、きーこーえーなーいー」
半年振りに会ったが、相変わらずテンション高いなこの店員。
ほんっと鬱陶しいが、こいつの目利きは本物だったはずだ。あの枕にはみさきも満足していた。
「兄さん知り合いに女の子とか居ないんすか?」
「知り合いの女の子に水着なんかプレゼントしねぇよ」
完全に変態じゃねぇか。逆の立場になって海パンをプレゼントされたとして、なんかそれ穿きづらいだろ。
「そっすか? 私現役のJKなんすけど、友達の誕プレに下着送ったりしてますよ?」
「うそだろ?」
「マジっす」
「……いや、同性なら、そういうこともあるのかもしれないが」
「男子にも」
「……マジで?」
「マジっす」
そうか、今はそういう時代なのか。
でも身近に居るプレゼントを渡したいような相手なんて……あ、小日向さんが居た。
「で、どうっすか? いないんすか?」
「いる、一人」
「おー、いいっすね! え、どんな感じの人なんすか? バインバインっすか?」
「いや、かなり小さいと思う。身長も百五十ちょいって所か?」
「なるほどなるほど。歳はどれくらいなんすか?」
「二十歳前後か?」
「にゃるほどにゃるほど。わっかりました! 任せてください!」
こうして俺は、水着二着と日焼け止めを購入した。
なんだか水着の値段が高かったような気がするが……まぁ、気にしないでおこう。
「あざっしたー!」
元気の良い声を背に、水着売り場から出る。
と、そこで。
「うげ」
「人の顔を見るなりそれですか。やはり失礼な方ですね」
世界は狭い、そう思った瞬間だった。
「女性用の水着売り場から……そういう趣味の方でしたか」
「チゲェよ、みさき用の水着を買っただけだ」
「へー、みさきちゃんの、ですか」
なんで疑いの目を向けられてんだよ。
「あんたこそ何しに来たんだ」
「ゆいの水着を買いに来ました」
「自分の?」
「娘のです。この歳で自分のこと名前で呼ぶってどういうことですか、痛すぎじゃないですか」
ドレスで昼の街を全力疾走する人が何か言ってる。
「水着ってことは……去年はこういうイベント無かったのか?」
「いえ、去年のはもう着られなくなってしまったので。すくすく育ってくれて嬉しい限りです」
そういや、ゆいちゃん身長高かったな。比較対象はみさきだけだが。
「やっぱ、あんたは参加しないのか?」
「プールということであれば、はい」
「一日くらい休めないのか?」
「出来るならそうしています」
返答までに一切の間が存在しない。俺は、それが少しだけ気に入らなかった。
「そこまでして働く理由って何なんだよ」
「娘の為です」
「悲しませてんだろうが」
「分かっています」
「ならっ」
「あの子の為に、お金が必要だからです」
俺は思わず口を閉じた。
とても分かりやすい理由だったからだ。彼女は女手一つで娘を育てなくてはならなくて、当然その為には金が要る。
「それでも、一日くらい休めるだろ」
「その一日が、年に何度あるのですか」
「なに?」
「いつ欠勤するか分からない人間と、いったい誰が一緒に仕事をしたがりますか?」
今度こそ俺は言葉を失った。彼女の言い分を完全に理解したからだ。それでも、納得は出来ない。
「あらためて、ゆいのことを頼みました」
軽く頭を下げて、彼女は売り場の奥へと進む。俺は、その背中を見送ることしか出来なかった。
だってそうだろ。
俺が考えられるようなことは、当然あいつだって考えてるんだ。その上で出した結論に、どうして口を出せるんだよ。
当然だ。誰にだって分かることだ。
それでも納得出来ないのはきっと、
俺がまだ、子供だからだ。




