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人生ゲームを作った日(7)

 * 7日目 *


 残り時間は半日を切った。

 今日が約束の日。俺はみさきを保育園に送り届けたあと、ネカフェに直行した。そこで電力を借りながらカタカタ指を動かす。


 俺は、プログラムを最初から書き直した。

 最初からと言っても、初心者が数時間で完成させる程度の規模だ。無茶ではない。


 一気に書き上げたプログラムをコンパイルすると、どうしてエラーが起きたのか全く分からない。だから少しずつコンパイルすることにしたのだ。


「そうか、ここが違ったのか」


 ひとつひとつ確かめる。

 最初は意味不明だったエラー文も、今では手に取るように理解できる。


「テメェは初見だな……」


 油断した頃に現れる新顔。

 やっぱ甘くねぇ。だが、苦痛じゃねぇ。


 何度も間違えて、その度に悩んで、必死に考えて、ひとつひとつ形にする。


 やってることは簡単だ。時間をかければ、みさきでも出来るだろう。


 それは身体ばかり大きくなった俺の中身が五歳のガキと同レベルってことだ。


 これで立派な親になるとか、理不尽な大人を見返してやるとか、みさきを幸せにするとか……流石は俺だ。身の程を知らない。


「あと何分だ?」


 残り六時間。

 みさきを迎えに行く時間などを考えると、作業できるのは三時間くらいだろうか。


「……間に合うか?」


 量としては、あと半分くらい。ここまでにかけた時間を考えると絶対に間に合わない。


 だが、数時間前の自分と今の自分は違う。

 俺は何度も戦って、エラーの倒し方を身体で覚えた。


「……ゼッテェ負けねぇからな」


 眠い。気を抜いたら意識が消えそうだ。

 四日目の夜から一睡もしていない。足りない頭を酷使したせいか不愉快な頭痛が止まらない。


 目が霞む。指先の感覚が無い。胃には浮かび上がるような感覚があって、油断したら吐きそうだ。体調は最悪。全身が休ませてくれと騒いでいる。


「ふざけろ、誰が休ませるかよ」


 テメェのせいだろうが。

 これまでずっと逃げていた。楽な方へ、何もしなくて済む方へ逃げていた。


 こんなの大したことねぇんだよ。

 普通の大人は当たり前に乗り越える。


 みさきにとっての牛丼ミニと同じだ。

 子供(おれ)とっては強敵でも、大人から見れば、ただの雑魚だ。苦戦してるのはサボってたツケだ。


 パンッと両頬を叩いて気合を入れる。


 もう二度と逃げない。

 今回の敵には絶対に負けない。


 俺はタイピングを続けた。相変わらず顔を見せるエラーを睨み付けながら、ゆっくりと完成に近付けていく。


 感覚が鋭敏になる。

 カタカタという音が神経を擦り減らす。指先に力が入る。心臓の音が大きくなっていく。


 ……うるせぇよ。


 ノイズを蹴散らして集中する。

 嘘みたいに時間が溶けていく中で、一瞬も休まずタイピングを続ける。


 必死こいて作ってるゲームは、しょぼい。

 画面に表示されるのは文字だけ。ルーレットの出目もイベントも固定だから、何度プレイしても同じ結果になる。


 ロリコンは細かい指定をしなかった。普通に考えれば、このレベルは想定していない。もっと高度なモノを求めているだろう。


 それでも今の俺に出来る精一杯がこれだ。


 なら、やるしかない。バカにされる未来が見えていても、やるしかない。百点は無理でも、ゼロよりイチの方が良いに決まってる。


 ……だからっ、うるせぇよ!


 耳鳴りのように続くノイズに叫ぶ。

 イライラした。これまで何も考えず生きていたのに、マジになった途端にこれだ。


 不安が溢れる。

 ネガティブ思考が止まらない。


 情けないほどに弱い。

 そんな自分に腹が立って仕方がない。


 みさきと出会う前の自分を殴り飛ばして、無意味に過ごした時間を取り戻したい。


 俺は……失敗が怖いのだ。

 いくらか頑張ったとしても、たった一度の失敗で何もかも失う。なら、何をしても無駄だと考えて、何もしなかった。


 だからこそ、分かることがある。

 みさきは俺を見て怯えている。それは俺が怖いのではなくて、きっと失敗が怖いのだ。


 あのクソビッチとの間に何があったのかは知らない。だがみさきは、幼いながらに原因を探しているのだろう。


 また捨てられるかもしれない。

 そんな雰囲気をみさきから感じる。


 それでも、あいつは逃げない。

 ならこれは、俺がビビってウジウジ考えてるこの不安は、五歳のガキでもどうにか出来る程度ってことだ。


 なら、負けるわけにはいかねぇだろ。

 俺は……みさきの親になるのだから!


「もうちょい!」


 まもなく、みさきを迎えに行く時間だ。

 二人で帰宅したあとは、飯を食って、直ぐに銭湯へ向かう。作業時間は、三十分と残されていない。


 加速する。

 自分でも信じられないくらいに指が躍る。


 カタカタと手元のパソコンを叩き続けて、

 そして――


 はじめての挑戦が、終わった。

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