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SS:ゆいとみさきはおともだち!

 ぽんぽこ保育園。

 園児が描いたタヌキが目印の保育園は、ふたつの池に挟まれた場所にある。


 小規模な保育園で、預かっている園児は全部で30人程度。そこに今日、あたらしいお友達が現れた。


 だれー!?

 だれだれー!? そのこだれー!?

 ぼくねー! わたしねー!

 わーわー! わー!


「はーい、今から先生がお話しするから、静かにしましょうねー」


 だーれー!?

 だれだれー!?

 おなまえはー!?

 うぎゃー! うぎゃー!


 元気な子供達を前に、保育士の女性は苦笑い。

 園児達は、幼児向けに作られた角の無い机を無視して、みさきを取り囲んでいた。大人しく座っていられる5歳など、ぽんぽこ保育園には居ない。


「しー、おともだちがビックリしちゃうよー?」


 その声も園児達には届かない。

 あーもー元気で可愛いなあ。でも話を聞いてくれないと困っちゃうなあ。心の中で呟く保育士。


 そこに、救世主が現れた。


「ちょっと! ママ、じゃなくてせんせーこまってるでしょ! しずかにしなさいよ!」


 それは一人の女の子。

 まず目立つのは身長だ。同年代と比較すると頭ひとつ大きい。それから右目の下に小さな黒子があり、可愛らしい二つ結びの髪が印象的だった。


 ママだってー!

 ゆいちゃんせんせーのことママだってー!

 ぎゃははは!

 ままー、ままー!


「うるさーい! ちょっとまちがえちゃっただけ!」


 いつも通りな園児達を前に、保育士は何度目になるか分からない苦笑いする。それから膝を折ってみさきに目を合わせると、少し大きい声で言った。


「ごめんねー、もうちょっと待ってねー」


 状況が上手く理解できないみさきは、いつものように眉を寄せて、きょとんと首を傾けた。


 20分後。


「それでは、今日からねこさんぐみに新しいお友達が増えます。みさきちゃん、自己紹介できるかな?」

「……ん」


 こくりと頷いて、


「みさき。よろしく、します」


 ぺこりと頭を下げた。おー、しっかりした子だなーと保育士は心の中で拍手をする。


「「「よろしくおねがいしまーす!」」」


 再び園児が大人しくなるまでに30分以上の時間を費やしたことは、また別のお話。


 みさきちゃんあそぼー!

 あそぼあそぼー!


 群がる園児達を前に、みさきは困ったような表情を浮かべた。それはみさきがシャイとかいう理由ではなく、もちろん群れるの嫌ったわけでもない。ただ同年代の子供達と話すのは初めてのことで、戸惑っているのだ。


 あそびたくないのー?

 ねむいのー?

 ねーなにかいってよー!

 あそぼあそぼー!


 しかし、みさきの繊細な乙女心は園児達には伝わらない。そこに、再び救世主が声をあげる。


「こらぁぁぁ! いじめちゃダメー!」


 どうやら彼女は正義感の強い子供のようだ。

 みさきの繊細な心は理解していないけれど、なんだか困っているのは分かった。なら助ける。少女はシンプルに物事を判断した。


 いじめてないよー!

 そーだそーだ!

 もういこー?

 ゆいちゃんのバカー!

 ばーかばーか!


「バカっていうほうがバカなんだから! ばーかばーか!」


 果たして少女――ゆいは園児達の撃退に成功した。

 みさきは困惑した。なにが起こったのか分からず、ゆいと園児達を交互に見ている。


「もうだいじょーぶだよ!」


 ゆいは腰に手を当て、えっへんと胸を張る。


「あたし、ゆい!」


 きょとんとするみさき。


「あたし、ゆい!」


 きょとんとするみさき。


「なまえ! なまえをいうの!」

「……みさき?」

「よくできました! ちゃんとできたから、ゆいのいもうとにしてあげる!」

「……いもうと?」

「そう! いもうとは、おねえちゃんについてくること! いくよ!」


 ゆいはみさきの手を取って、元気よく歩き出す。

 みさきは戸惑いながらも、特に抵抗しないで後に続いた。

 

「……あらあら」


 一部始終を見守っていた保育士は、どうにか事態が収束したのを見て微笑んだ。それから、他の園児達に目を移す。


 そんなこんなで――

 ドキ☆ゆいちゃんの保育園ガイド!


「ここがトイレ!」


 まず部屋の奥に歩いたゆいは、出入口に段差も扉も無い男女共用トイレを指さして言った。


「ちゃんと、おもらしするまえにいくこと!」

「……おもらし?」

「おもらしはね、いけないことだよ!」

「……んん?」

「ちゃんとトイレでシーしないとメっ! なんだよ!」

「しー?」

「おしっこ! まったく、レディがおしっこなんていったらダメなんだから」

「れでぃー?」

「えー! みさきちゃん、レディをしらないの!?」


 怒りながらも、ゆいは嬉しそうな表情をする。


「まったく、しかたない。おねえちゃんがいろいろおしえてあげる」

「……べんきょう?」

「そう! ゆいがせんせー!」

「……ん」


 ゆいは先生を自称した!

 みさきの好感度がちょっぴり上がった!


 次に2人は部屋を出て、ゴムで作られた柔らかい廊下の上に立つ。ゆいは振り向いて『ねこさん』と書かれたプレートを指さした。


「ゆいとみさきはねこさんぐみ!」

「……ねこさん?」

「せいかい! よくできました!」


 右を指さして、


「あっちがたぬきさん!」

「……たぬきさん?」

「そう!」


 左を指さして、


「あっちがうさぎさん!」

「……うさぎさん?」

「だいせいかい! たいへんよくできました!」


 ゆいはみさきの頭を撫でた!

 みさきは閃いた! 龍誠はクシャミをした!


 次にゆいは廊下を歩いて、狸組より奥にある体育館のような場所に向かった。


「おひるねするところ!」

「……おひるね?」

「すやー!」

「……すやー」


 ゆいはジェスチャーで表現した!

 みさきはマネをした!

 ゆいは満足した!


 とことこ駆けて、外靴に履き替えた2人は地面の上に立った。


「おにわ!」

「……おに?」

「がおー! これはおに! こっちはおにわ!」


 ゆいはノリツッコミをした!

 みさきには難しかった!


 ゆいは少し遠い所に見える滑り台を指差して、先に外で遊んでいた園児達に負けないくらい大きな声で言う。


「ぞうさん!」

「……ぞうさん?」


 次に、小さな悪魔達が鋭利な武器を片手に狂気の宴を行う草木も生えぬ死んだ大地を指さして言う。


「おすなば!」

「……おすなば?」


 砂場を指差したまま、ゆいは硬直する。

 次は? 繋いだ手をくいっと引くみさき。


「……」

「……」


 ゆいはネタが尽きた!


「……レ、レディは、おそとで、はしゃいだり、しないの」


 冷や汗をかきながら、ゆいは強がる。


「みさき、おべんきょうはすき?」

「……ん」

「いっしょにおべんきょうしよ!」

「……んっ」


 ゆいはみさきを連れて『ねこさんぐみ』に戻ると、自分の荷物から勉強道具を取り出して、机の上に並べた。むふんと鼻息を荒げながら、1冊の絵本を開く。


「これ、よめる?」

「……ん」

「ほんとにー? じゃー、よんでみて!」

「……むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」

「やるじゃない……」


 ゆいは出鼻を挫かれた!


「じゃあこれ! これよめる?」

「……ん」

「またまたー、つよがらなくてもいいんだよ?」


 ふふんとドヤァ顔を見せるゆい。

 みさきはスーと息を吸い込んで、朗読を始める。


「……広い海のどこかに、小さな魚のきょうだいたちが、楽しくくらしていた。みんな赤いのに、1ぴきだけは、からす貝よりも真っ黒。およぐのは、だれよりもはやかった。名前はスイミー」

「やるじゃない……」


 ゆいは負けを悟った!


「ごうかくよ、もうおしえることはなにもないわ……」

「……ん?」


 ゆいは素直だった!

 ゆいは下を向いて、右を見て、左を見て、あちこちに目を泳がせて、何度も深呼吸を繰り返す。


 そして、みさきに目を向けた。


「みさき!」

「……ん?」

「あたしと、みさきは……たいとう」

「……たいとう?」

「そう。だから……おともだちに……なってあげても、いいよ」

「……おともだち?」

「しらないの!?」

「……ん」

「まったく……えっとね、おともだちは……いつもいっしょ! たのしいときは、いっしょにわらって、くるしいときは、いっしょにたすけあうの!」


 ゆいは、ぼっちだった。

 ちょっぴり精神が早熟しているゆいは、同年代から浮いていた。友達がいないのである。


 そこに現れたみさき。

 自分と同じで勉強が好きな女の子。


「みさき!」


 ゆいはみさきに手を伸ばす。

 精一杯の勇気を振り絞って、握手を求めた。


 このとき、ゆいにはひとつだけ誤算があった。

 みさきは――握手を知らない。


「……」

「……」


 1分。

 ゆいはめげない。


「……」

「……」


 5分。

 ゆいはめげない。


「……」

「……」


 10分。

 みさきは少し手を動かした。


 ゆいは目を輝かせる。

 みさきは手を止めた。


「……」

「……」


 ゆいは無言のまま泣き出した。

 みさきは焦った。


「……だいじょうぶ?」

「へーき!」


 みさきは考えた。

 この子は何をしているのかな。


 悩んで、考えて、ゆいのマネをする。

 ゆいは目を見開いて、さっとみさきの手を握る。


「ふ、ふん! しかたないから、おともだちになってあげる!」

「……んん?」



 ――お昼休み。



 二人の保育士が、布団を並べて眠る園児達を見守っていた。ふと一方の保育士が、いつもの布団にゆいがいないことに気が付いた。慌ててゆいの姿を探し、直ぐに安堵した表情に戻る。


 小さな二人の女の子が、手を繋いで眠っていた。


「……ゆいと、みさきは、おともだち」


 可愛らしい寝言を聞いて、保育士は笑顔になる。

 彼女の脳裏には、いつも独りで本を読み、時々寂しそうな目で外を見る女の子の姿が浮かんでいた。


 この日を境に、ずっと独りだった女の子達は、いつも一緒に過ごすようになったのだった。

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