表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/120

工場に行った日

 合同会社SDS。

 この怪しい会社に入って勉強を続けること一年と少し。ようやく俺にも仕事が与えられた。


 待ちに待った機会であり、絶対に成功させたい仕事だ。当然、相応の緊張感が有る。だけど、それ以上に――


「あっは、邪悪なオーラが出ちゃってるよ」


 常村彩斗。

 そこそこ長身で細身の男性。歳は俺と同じ二十四で、独身。特徴としては「いつも心に余裕を」という言葉が口癖で、それを体現するかのように、いつも不気味なくらい爽やかな笑顔を浮かべている。ただし、恋人に関するワードを聞くと発狂する。手を繋いで歩いているカップルを見るだけで、いろんな所に青筋が浮かぶレベルだ。


 そのせいで、うかつにみさきの話題も出せなかったのだが、親戚の孤児を預かっただけとかいう作り話を聞かせてからは、特に何も言わなくなった。


「初めての仕事で緊張するのは分かるけど、心に余裕を持つことは忘れないでねっ」


 あざといアイドルみたいにキラっと歯を出す彩斗。うざい。


「緊張も何も、具体的な仕事内容が全く分からなくて困ってるだけだ」

「それは顧客と相談だよ」


 今度は親指も立てた彩斗。うざい。


「そういうのって仕事を始める前に決めるんじゃないのか?」

「ケースバイケースだね。今回の場合は、それを決めることも含めて仕事だよ」

「なんだそれ」

「現場を見て此方が判断、提案するって流れさ。もちろん、そこにもお金を取るから雑な仕事というわけではないよ。勘違いしないでねっ」


 真面目な事を言っているっぽいけど、うざくて半分くらいしか入ってこない。つまりは……どういうことだ?


「あっは、よく分かってない顔だね。そうだな……僕達の会社は、いわゆる何でも屋なんだ」

「何でも屋?」

「そう」


 指ぱっちん。うざい。


「今の社会だと、プログラマーが主に活躍する場所はゲーム会社なんだ。本来ならロボット関連で人手不足になるくらい需要があっても良いはずなんだけど、まだ新しい技術だからね。そもそも顧客が理解していないから、仕事が生まれないんだよ」

「なるほど」


 意外に分かりやすい。

 確かに良い技術があっても、それが何に役立つのか分からなければ金を出せないよな。


「しかも、どうにか仕事が生まれても一部の天才を有する大手企業同士で商談が成立してしまう」

「世知辛いな……」

「そうだね。だから、僕達は相談屋みたいなことを始めたのさ。ここをこうしてこうすれば、これだけの利益が生まれるよって伝える。そのついでに、我社に任せてくれれば、安く、しかも早く、かつ最高の品質で実現してみせるけど如何ですか? という交渉をするのさ」

「へー、すごいな」


 みさきにも負ける程度の感想しか言えなかったけれど、心からそう思った。

 変態が集まった怪しい会社という印象が強かったが、こうして仕事の話をすると尊敬の念すら覚える。


「あっは、いろいろ話したけど、今回は僕もサポートするから安心して」


 だがうざい。


「ということは、今日の仕事は、その相談ってやつなのか?」

「その通り。いつもなら相談は僕の仕事で、難しい時だけ優斗達を呼ぶんだけど、この案件は天童君にピッタリだと思ったから……そうだね、キープしておいたんだ」

「そういうことか。悪いな」

「あっは、気にしないで。君の頑張りは僕も見てきたから、応援したいと思っていたんだ」


 意外に良いヤツだったんだな。うざいけど。


「あっ、そろそろだね」


 何か目印でもあったのか、どこか遠い所を見て言った。


 駅から徒歩で二十分くらい経っているだろうか? なかなかアクセスの悪いところにあるらしい。


「天童君、ここからは今日の仕事の話だよ」

「……おう」


 少し声のトーンが変わったような気がして、自ずと俺の緊張感も高まった。


「これから向かう工場は、ほんの数カ月前に作られた新しい工場らしい。幅広い部品の下請けをしていて、工場長のコネでどんどん仕事が増えているそうだ。まったく、どんなコネがあるのか知らないけど、供給過多な部品の下請け市場に参戦するとかマゾいよね」

「辛辣だな……」

「あっは、君の緊張を解そうとしただけさ」


 いらない、そういうのいらない。


「簡単に言うと、工場長が張り切ったおかげで仕事が増えたけど、人が足りないから自動化したいって相談だね。金は無いから安くしてくれってのが主な注文かな」

「流れは分かった。有能なんだな、そこの工場長」

「そうだね。有能というか……すごいね」

「すごい?」

「いろいろすごいけど、一番は外見かな」

「そ、そうか……」


 チラっと兄貴の姿が浮かんだのは何故だろう。

 あの人の筋肉エグいよなぁ……。


「これは工場長だけじゃなくて、工場全体かな。びっくりすると思うよ」

「そ、そうなのか……」


 マッチョだらけの工場か……行きたくねぇな。


「見えた。あれだよ」

「……」


 気持ちを切り替えよう。

 彩斗の見ている方向に目を向けると、白い建物が目に入った。一見すると窓も無くて大きな置き物のようだけれど、あの中ではデカい機械が耳を塞ぎたくなるくらいの騒音と共に稼働しているのだろう。


 まさか、また来ることになるとは思わなかった。


「心に余裕を……これだけは忘れないでね」

「ああ、大丈夫だ」


 だけど、ここはあの場所とは関係無い。

 俺は、俺に与えられた仕事をするだけだ。


 それに、今の俺は、あの時とは……。


「あっは、意外に神経質なんだね。大丈夫、僕がサポートするから」


 そっと俺の肩に手を乗せて、キラっと歯を見せて笑った。


「大丈夫だ。さて、どこから入ればいいんだ? 正面か?」

「うん、そうだよ」


 爽やかな笑顔のまま前を歩く彩斗。その後ろ姿は、少しだけ心強かった。うざいという印象しか無かったけれど、今日だけで大きく変わったような気がする。


 彩斗に続いて、他の場所とは色合いの違う出入口らしき場所まで歩いた。そこにはインターフォンのような物が設置されている。彩斗は軽くネクタイを締め直してからボタンを押した。


 それを見て、俺も慌てて身形を整える。流石に他社へ行くのに私服というわけにはいかないから、俺は今日に合わせて購入したスーツを着ている。値段が高いし暑いしで良い所の無い服だが、これを着ているだけで社会人っぽい気分になれるのは悪くなかった。なによりみさきが喜んでいた。


『お待たせしました! SDSの人っすか?』


 ……女の声?


「はい、要件は伝わっていますか?」

『姉さんから聞いてるっす! 開けるんで中にどうぞ!』

「はい、ありがとうございます」


 直後、重々しい音と共に壁が二つに割れた。やはり、この色の違う部分が出入口だったらしい。


「ね、驚いたでしょう?」

「ああ、女みたいな声だったな」

「あっは、ワクワクするよね!」

「いや別に。どうせ声が高いだけのチャラい男だろ」

「それは見てからのお楽しみということで」


 意味深な態度で言う彩斗に続いて、俺は施設に入った。


 出入口が開いた時から大きな機械音が聞こえていて、やはり中では機械が稼働しているらしい。その音を聞きながら、細い廊下を歩く。何度か角を曲がって、また少し歩いた先にドアが見えた。と、ちょうどドアが開く。どうやら自動ドアらしく、向こう側に人が立っていたようだ。出迎えだろうか。


「こんにちは、お久しぶりです」


 いつものように、彩斗が爽やかな挨拶をした。


「こんにちは、お待ちしていました」


 ……。


「此方、本日の相談役を担当させていただく技術スタッフで、天童という者です。天童さん、この方が工場長で……天童さん?」


 いま目の前にいる人物が、工場長らしい。

 それが女性であるということにも驚いたが、俺が言葉を失った理由は他にある。


 彼女は俺と同じくらいの長身で、髪は金色だった。寝癖のように所々がハネている髪は背中まで続いている。長身なだけあって脚が長く、女性だからか全体的に線が細い。その代わり、出る所は他の栄養を全て吸収したかのようである。服装は会社で作った制服らしく、白を主としていた。


 その全てに、見覚えがある。


「……龍誠?」


 それが勘違いでは無いと証明するかのように、彼女は言った。


「……朱音あかね、なのか?」


 呟いた直後、柔らかい感触に襲われた。


「良かった……生きてた……」


 俺の背に腕を回した朱音が、震える声で言った。


 隣で彩斗が発狂している声が聞こえる。そのせいか、他の従業員も何事かと集まってきているようだった。その様子を俺は呆然と見ていた。


 他の従業員達は、朱音と同じ様に髪を染めていたり、変な化粧をしていたり、ギャルという言葉が似合う女性達で……なるほど、この工場は朱音が友人と一緒に建てたのか。


 それから、開かれたままのドアの先には立派な設備が有った。あれを集めるのに必要な金は、一年かそこら働いた程度では手に入らないだろう。


 つまり、彼女は諦めていなかったのだ。

 ただただ怠惰に時間を浪費していた俺と違って、ずっと頑張っていたのだ。


 そう気が付いた瞬間、両目が痛いくらい熱くなった。


「朱音……」


 もう一度、友人の名を呼んだ。すると周りから黄色い歓声が上がる。どうやら俺達の関係を勘違いしているらしい。


 何年か前、朱音と俺は同じ工場で働いていた。

 そこで俺は様々な経験をしたが、よく覚えていない。


 それはきっと思い出したくないからだ。

 ただひとつ、どれだけ目を背けても忘れられない事実がある。




 その工場は、今はもう無いということだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ