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みさきが入園した日

 みさき☆友達作り大作戦。


「というわけなんだ」

「……そ、そそそ、そうですか。そうなんですか? 本当にそれだけなんですか?」


 みさきが眠った後、俺はこっそり部屋を出て隣の部屋をノックした。


 騒ぎ続けるエロ漫画家さんを必死に説得すること数十分。ようやく話を聞いてくれる体制になったあと、俺はかつてないほどの疲労感に溜息を吐く。


 エロ漫画家さんの部屋は、綺麗だった。

 もちろん俺と同じボロアパートに住んでいるから間取りなんかは同じだが、鼠色の絨毯があって、中央に机がある。机には漫画を書く為の道具らしきものと、みさきにはゼッタイに見せられないタイプのフィギュアがあった。


 よくよく見れば、他にも危険な物が沢山有る。

 あえて実況することはしないが、みさきを近付けることは絶対にやめようと心に誓った。


 俺はドアの直ぐ傍に正座。エロ漫画家さんは少し離れた位置、机の前にある座布団の上で正座。


「そ、それであの、お話とは? ままま、さか、昨日のことですか?」

「昨日って……ああエロ本のことか?」

「あーうーあーうー! 忘れてください! あれは違うんです私そんな痴女とかじゃなくて……えぇっと、そのぉ、趣味の延長というかその……いえ、だからって適当って訳ではなく本気で描いてるのですが、でもそれとこれとは別というか、心と体は別物みたいなそういう……あっ、断じて下ネタではなくてですね、はい……つまりその、妄想ですから! 実物を知らないからこそ本物以上にリアルに描けるというか、その、ベッドの下にエッチな本を隠しちゃう中学生みたいな感じですから! あっ、今はパソコンの中に全部入ってる時代ですよね、ふへへ、私もパソ――」

「そろそろいいか?」

「は、はひっ、すみません! なんでしたっけ?」


 話が長いので思わず口を挟むと、彼女はバッタみたいの跳ねて硬直した。なかなかユニークな人だ。


 発言については、まあ……触らぬ神に祟りなし。

 俺は軽く喉を整えて、本題に入る。


「相談がある」

「……と、言いますと?」


 なんかスゲェ警戒されてんな。

 まあ、この人がダメなら他の……ダメだ、相談できる相手がいねぇ。


 ここは慎重に、なるべく愛想良くしねぇと。


「みさきに友達を作ってやりたいんだ」

「……えっと、最近よく見る女の子ですか?」

「ああ、そうだ」

「……ええとぉ、娘さんなんですか?」

「ああ、そんな感じだ」


 エロ漫画家さんはツンツンと指遊びをしながら、申し訳なさそうに言う。


「……あのぉ、こんなこと聞いたら失礼かもしれないんですけど、その……お母さんは?」


 ……お母さん、か。

 やべぇ何も考えてない。そりゃ、普通の人なら気になるよな。この先も同じことを聞かれる機会は多いだろうから、何か無難な答えを用意しねぇとな。


「まぁ、その、なんだ……遠い所に、いるんだよ」


 とりあえず嘘は言ってねぇ。


「……やっぱりアレですか? 最近になって一緒に住み始めたのは、今迄は親戚に預けていたけど、やっぱり娘と離れ離れの生活が辛くて、取り戻した、みたいな」


 おお、いいなその設定。使わせてもらおう。


「……その通りだ」

「あのあのっ、それじゃあ最近タバコを溜めたのも、むむ、娘さんの為だったり?」


 俺は頷いた。今のはマジで本当だ。


「ではではっ、急にお仕事を始めたのも、やっぱり娘さんの為にっ?」


 俺は再び頷いた。これも本当だ。


「すごい! エロ同人みたい!」

「俺はみさきをエロい目では見てねぇ!?」

「アヘッ、す、すみませっ、わわ悪い意味ではなくてそのっ、つい普段のクセでっ」

「いや、構わない。怒鳴って悪かった」


 職業病みたいなものだろう。この人に悪気が無いのは分かる。それに、俺は頼み事をする立場だ。多少の失態には目を瞑ろう。


「それで相談なんだが、なにか良い案はないか?」

「そ、そうですね……普通に、保育園とか幼稚園とかに入園するとか?」

「その手があったかっ」


 天才か! 天才だよこの人! ただのエロ漫画家じゃなかったんだ!


「だが、入園ってどうすればいいんだ」

「……子供と縁の無い私に聞かれましても」


 今のがエロ漫画家の発言って考えると深いな。


「手詰まりか……」

「諦めるの早いっ!? ええと、あの、普通に園に行って聞けば良いのでは?」

「はっ、その手があったか!」

「……ふひひひ。あ、ひひ、さーせん、面白くて」


 あんたの笑い方も十分面白いけどな。


「とにかく助かったよ。この借りは必ず返す。何か困ったことがあったら言ってくれ」

「……は、はひ、困ったら頼ります」




 こうして近所の保育園へ出向いた俺は、


「でしたら、まずは市役所に行って書類を――」


 ということで市役所へ向かい、


「でしたら、あちらにある申込書に必要事項をご記入のうえ、必要な書類と一緒にお持ちください」

「書類、とは?」

「学生でしたら通学証明書、社会人の方でしたら勤務証明書と所得を証明する書類を――」


 というわけで公園へ向かい、ブランコでぎっこんばったんしていた。


 錆び付いたブランコの音で心を落ち着けながら、手に持った入園申込書を見る。


「……なんだよ、勤務証明書って」


 世の中はこんなにも無職に厳しいのかよ。


「所得を証明……? 日雇いアルバイターが確定申告なんてするかよ」


 無職はガキを入園させることも出来ねぇのかよ……違う、間違ってる。こんなの間違ってる!


「……すまねぇみさき。俺は、社会的に無力だ」


 そして、まるで存在を否定されたかのような絶望感を胸にバイト先へ向かった俺は、


「勤務証明書? そんくらいなら直ぐに書けるだろ――所得の証明? それも適当に書きゃいいんだよ。なんなら俺が作ってやろうか?」


 短期アルバイトの素晴らしさを知った。




「喜べみさき! 短期アルバイトなめんじゃねぇぞコラ!」


 翌日の夕方。

 全ての手続きを完了した俺は、みさきに向かって勝利宣言した。


 きょとんと首を傾けるみさき。


 ……まあ、最初はこんなもんだ。

 だが、いつまで無表情を保てるかな。


 へへ、どんな反応すっかな?

 喜び過ぎて抱き着いてきたりしねぇだろうな?


 くぅぅ、言う前からワクワクするぜ。

 よし、行くぞ? 言うぞ? せーのっ。


「みさきは明日から、保育園児だ!」

「……ん?」


 あ、あれ?


「保育園だぞ? ツレ、じゃなくて友達が出来るんだぞ?」


 なんでだ、伝わってねぇ。


「まさかみさき、友達って何か分からなかったりするのか?」


 こくり。


「……マジか?」

「……ん」


 マジは通じるのに友達は通じないとか、みさきの語彙力が謎過ぎる。


「友達ってのは、アレだよ。とっても役に立つ存在なんだよ」

「……ん?」


 くっ、どう説明すりゃいいんだ。


「ほら、その、なんだ……困った時に頼りになるっていうか、とにかく作っとくと、何かと便利なんだよ」


 やべぇ、よく分からんが俺が今している説明は子供に対して不適切ってことだけは分かる。


「まぁとにかく、どうだ? 保育園、行ってみないか?」

「……ほいくえん?」

「ああ、みさきと同じくらいの子供がたくさん居るところだ」

「……こども、たくさん?」

「そうだ。友達百人出来るかな、そんな場所だ」


 まぁ園児が百人も居る保育園なんてそうそうねぇと思うが……それはそうと、みさきの反応が悪い。


 まずい。

 これは非常にまずい。


 既に園長と話を付けちまったし、入園料と必要な道具類の為に2人の諭吉が犠牲になっている。急な入園ってことで、かなり無理な頼み方もしたんだ。


 ……意地でもみさきを説得しねぇと。


「いいかみさき。保育園ってのは、自分の世界を広げる場所……いわば学校なんだよ。学校、分かるか?」

 

 ふりふり。


「学校ってのはな、勉強をするところなんだ。そうだよ勉強だ。学校で勉強すれば、みさきはもっとカッコよくなれるぞ!」

「……ん」


 よーしよし、目がキラキラしてきた。


「俺、思うんだよ。勉強できる人って、マジでスゲェかっこいいなって」

「……いく」


 よっしゃぁぁ――――っ!

 みたか俺の交渉術! 舐めんじゃねぇぞ! 



 と、喜んだ俺だったが……。


 結局、夜の間みさきは一人で居ること。

 逆に昼間は俺が一人になって寂しいこと。

 

 こういった少し考えれば分かったであろう未来に苦しんだというのは、きっと言うまでもない。悔しいから滅茶苦茶バイトしたのも、きっと言うまでもない。

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