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第十三話:みさきとりょーくん

 ギコギコ、ぺたぺた。


 土曜日の昼過ぎ。

 みさきと龍誠はスーパーで集めたダンボールを切り貼りして、収納箱を作っていた。



 お片付けだ。

 全ては龍誠の一言から始まった。



 みさきが住むようになってから、部屋の中には物が増えた。衣服や洗面用具、本や勉強道具など。種類はそれほど多くないが、やはり時間と共に数は増えていった。当然、どんどん増える物は狭い部屋を圧迫していった。


 もちろん一箇所に集められてはいるものの、龍誠はそれを好ましく思わなかった。なにより図画工作の授業で作った紙のウサギについて話をするみさきが楽しそうだったというのが大きい。


 これはもう収納用の箱を作るしかない。

 購入なんて言葉は、今の龍誠の辞書には無い。


「上手いぞみさき。その調子だ」

「んっ」


 龍誠の狙い通り、みさきは見るからに楽しそうな様子でガムテープをペタペタしていた。

 多くの人が知っているように、ダンボールはガムテープによって耐久力を増し、全体をガムテープで囲めば水にも浮く。もちろん物理的な根拠を持った現象であり、貼るべき場所は決まっているのだが、何も考えずガムテープの海に沈めてもある程度の効果はある。


 龍誠が作ろうとしているのは、四方を二重にした収納箱で、長持ちすることを意識している。その為には多くのパーツが必要で、龍誠は三十センチ定規を片手に、せっせとカッターナイフを動かしていた。そして切り分けられたダンボールは、みさきによってガムテープの化粧を施される。


「よし、これで最後だ。みさき、俺もガムテープ貼るの手伝った方がいいか?」


 ふるふると首を振ったみさき。

 こいつぁあたいの仕事なんだぜ、と龍誠は受け取った。


 ぺたぺたガムテープを貼るみさきを騒がしく見守ること数分、全てのパーツがガムテープに包まれた。そのあとは滞り無くパーツを組み立てて、見事に収納箱が完成した。


 ちょっとやそっとでは壊れないダンボール製の箱。一辺が1みさきセンチメートルもとい九十センチ程度の正方形で、服という文字を書いた紙が貼られている。


「よしみさき、服をたたんで片付けるぞ。どっちが多く片付けられるか競争だ!」

「ゆっくり」


 ゲーム感覚で片付けようとした龍誠を冷静に止めたみさき。


 こんな具合に――さらに個人用の箱と日用品用の箱が増えて、部屋の隅には合わせて四個の箱が並べられた。もちろん長い時間が経っていて、始めた時には真上で笑っていたはずの太陽は、今は真横であくびをしている。


「お疲れ様。どうだみさき、片付けた後の部屋は」

「ひろい」


 うんと背伸びをして両手を広げた龍誠。

 みさきは少し落ち着かない様子で、くるくる部屋の中を見ていた。


 もちろん部屋が広くなったなんてことは無く、隅に積まれていた物が箱に収納されただけなのだが、それでも感覚としては部屋を大きくしたかのようである。


「若干ほこり臭いな。掃除機、いや、空気清浄機でも……って電気が無いんだった」

「でんき?」


 この部屋は電気やガス、水道といった設備とは無縁だ。ポータブル電源という便利な道具によって電子ピアノへの電源供給は行われているが、もちろん大本となる電気は必要で、それは主に兄貴の店で盗電している。電子ピアノの分だけなら問題無いが、数が増えるとそれ以上に手間が掛かるし、また部屋が狭くなる。


「……掃除機なら小日向さんが持ってたよな。それ借りるか」

「ういーん?」


 掃除機という単語に反応して、小学校で聞いた擬音を言ってみたみさき。龍誠は思わず破顔して、くすくすと肩を揺らした。その姿を見て、みさきは「りょーくんがよろこんでる」と嬉しくなる。


「ういーん」


 もう一回。


「……ふふ」


 少し間が開いて、龍誠は静かに笑った。


「ういーんっ」


 嬉しくなってもう一回。


「みさき、どうした。掃除機大好きか?」

「……ん」


 ちょっと悩んだ後に頷いたみさき。

 これが龍誠に掃除機の購入を検討させることになったことをみさきは知らない。


「さて、小日向さんといえば、そろそろ風呂に入る時間だな。どうする?」

「うーん……おなかすいた」

「そうか、なら先に飯にするか」

「んっ、たべる」


 最近ますます口数が増えてきたみさき。

 それが龍誠にとっては堪らなく嬉しくて、もっとみさきと話をしたくなる。


「今日は何が食べたい?」

「ぎゅーどん」

「ははは、相変わらず大好きだな。でも、ここ三日続けて牛丼だろ? そろそろ野菜が食べたくならないか?」

「さらだばー?」

「そう、サラダバー」

「うーん……がっこう?」

「そうか、給食でちゃんと野菜が出るよな……」

「ん、たくさん」


 給食の時間。

 みさきの皿にはピーマンと人参が集まる。

 それは他の子に押し付けられるからというわけでは無くて、苦手な子が量を減らしたせいで余った野菜をみさきが喜んで処理しているからだ。好き嫌いの無いみさきは何でも食べるけれど、おかわりできるのは余り物であるから、自然とピーマンや人参が集まることになる。


 そんな事情は知らない龍誠。

 学校で食べているのなら問題は無いのかと思いつつ、それだけで足りるのかとも思う。それに、いくら一食だけ健康的な食事をしていても朝はコンビニ弁当で夜は牛丼。それで将来的に健康被害が出ないかと考えると、とても不安になる。


「やっぱりサラダバーにしよう。いや、俺が食べたいから付き合ってくれ」

「……ん」


 素直に頷いたみさき。

 りょーくんが言うなら、しかたない。


「ありがとう。みさきは本当に良い子だな」

「……ひひ」


 褒められて素直に嬉しいみさき。


「りょーくん」

「どうした?」

「…………」


 何かを言おうとして、やっぱり言えなくて、みさきはぷいと顔を逸らす。


「みさき? いま俺なんか間違えたか?」


 面白いくらいに取り乱す龍誠。

 みさきは慌てて首を振って、ドアの近くまで走る。

 それから少し背伸びをして、えいとドアノブを回した。


 一歩外に出て、龍誠を促すみさき。

 龍誠は「なんだったんだ……?」と肩を落として、みさきの後に続いた。




 りょーくんの誕生日まで、あと半年と少し。

 みさきの想いは、時間と共に大きくなる。


 その一方で、龍誠が何をしているのかみさきは知らない。

 もちろん龍誠もみさきが何をしているのか知らない。


 けれども二人の日々は変わること無く続き、サプライズの日は少しずつ近付いていく。

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