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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第4章 潜行
31/220

4-6.胸中

「マーフィには物資が、とりわけ食料が足りないはずです」


 “サイモン・シティ”空港、長距離便ターミナル――“ハミルトン・シティ”行きの飛行機を待つ待合室。


 ちょうど先発便のチェック・インが始まって、空き始めたテーブルにイリーナ・ヴォルコワは新聞紙大のペーパ・ディスプレイを拡げていた。アンナ・ローランドがテーブル上、先客の残した空カップをどける。


「トレーラの電力やら食料やら、“ハミルトン・シティ”までに間違いなく補給が必要になるはずです」


 イリーナはディスプレイへ大陸の地図を呼び出し、“カーク・シティ”から“ハミルトン・シティ”までを指でなぞった。第2大陸“リュウ”大陸を東から西へと横断する。目立つのは“大陸横断道”――赤道直下で“サイモン・シティ”と“ハミルトン・シティ”を結ぶ幹線道。


「“ハミルトン・シティ”以前で彼を待ち伏せするなら、そういった補給地点ですね。もっとも、どこに立ち寄るかはバクチになりますが」


「全く予想もつかないの?」

 アンナは地図から目を上げ、イリーナにカップを渡した。


「まあ、“メルカート”の眼に付きやすいところは避けるでしょうね」

 イリーナは地図上、“大陸横断道”を指で小突く。

「素直に幹線道なんざ走ってたら、すぐにも捕捉されるでしょう」


「けど、そう大回りもできないでしょう」


 アンナが指摘した。イリーナは頷く。


「まあ、“大陸横断道”に沿って進むことにはなるでしょうけど」

「じゃ“メルカート”の勢力圏外?」


「ここ5、6年で、“メルカート”は大陸全体に勢力を伸ばしてます」

 イリーナの指が第2大陸“リュウ”を一周する。ナヴィゲータの操作で、地図上がほぼ一色に塗り込められた。

「ところどころ、最近まで粘ってた勢力がありましたんで、その残党みたいな連中が仕切ってる町もあるといえば確かにあります」


 大陸上の何か所かへ、別の色が点のようにいくつか乗った。イリーナの説明に合わせて点滅する。いずれも“大陸横断道”を大きく外れた位置を占めていた。


「早い話が田舎町です」

「この辺り?」


 アンナは、イリーナの言う“田舎町”で、比較的“大陸横断道”に近い点を囲んだ。


「そんなところです。“大陸横断道”に一番近い縄張りを持ってたのが“ランバート・ファミリィ”ってとこでしてね、」

 地図上にイリーナが小さな円を描く。

「それがこの辺り」


「“レイノルズ・シティ”?」

 アンナが地図上、大陸横断道上の都市名を口にした。


「そこを中心にして、衛星都市の“ランプリング・シティ”、“サンボーン・シティ”、農業地帯まで行くと“アンバー・タウン”に“フェデラー・タウン”、などなど」

 言って、イリーナが肩をすくめた。

「人海戦術――は取れないんで、ヤマを張ることになります」


「賭けるとすれば?」


「農業地帯ですかね」

 イリーナが腕を組む。

「とにかく目立たないということで。無事に辿り着いてくれれば、ですが」


「マリィからまだ連絡はないわ」

 アンナは顎に指を添えた。

「ひとまず無事と考えるしかないわね」


 ◇◇◇


 ――K.H.に告ぐ! 部隊を退け!


 ジャックの脳裏に“あの声”がまた蘇る。“自由と独立”首魁ベン・サラディンの、“あの言葉”。


 ――全“ブレット”へ。


 そこへ重なるのはカレル・ハドソン大尉の暗号。


 ――モード“R”、コード“K”。


 そして始まった、一方的な殺戮――。


「――ッ!」


 そこで眼が覚める。早鐘を打つ心臓、掻きむしるように両の手、その指が胸板へ突き立ったまま動きを止める。仰向けの額から悪い汗が伝って落ちる。眼に入るのはほの暗く浮かんだ天井――トレーラの背負ったコンテナ内。


「……くッ……」

 今なお胸を締め上げる、過去の記憶。乱れた息で天を仰いだまま、ジャックは汗を含んだ前髪を掻き上げた。


〈今日はいつもよりひどかったわね〉

 聴覚へ割って入って“キャス”の声。

〈彼女のせい?〉


 答えず、それでも視線を前方へつい投げる。


〈図星ね〉

 “キャス”の声が意地の悪い笑みを含む。


〈黙ってろ〉

 腹立ちまぎれにそれだけ口に上らせて、ジャックは掌で眼を覆う。

「……くそ……」


 ◇


 ――嫌ッ!


 恐怖が背筋を這い上がる。マリィは叫んだ――はずが、声は出なかった。

 逃げようとした、その右手首に黒い悪意が闇となって絡み付く。


 ――放して!


 引き剥がそうとして突き出した左手は、しかし逆に絡め取られた。


 ――やめて!


 振り払おうとして身をよじる。その足首に、腰に、太腿に、闇が次々と伸びてくる。


 ――助けて!


 誰も来ない。むしろ闇がその濃度と量を増していく。もがく彼女に重みがのしかかり――、


「――――!」


 声にならない悲鳴を上げて、マリィは眼を覚ました。涙に滲んで眼に入ったのは見慣れぬ天井。側面にはカーテン、透かしてほの明るく光。枕の下に硬い感触――それが銃だと気付いたところで我に返る。


 慌てて自分の身の安全を確かめる。着衣に乱れはない――自ら掻きむしったであろう部分を除いて。記憶を手繰って行き当たる光景は――ジャックがトレーラのキィを渡し、マリィに中からドアをロックするよう告げて出ていった、その背中。

 深い息をつく。全身に冷や汗をかいていた。悪夢の感触を引きずって胸に動悸。


「夢よ。あれは夢よ。夢……」


 眼をきつく閉じて、まだ震える声で自分へ言い聞かせる。呪文のようにしばらく繰り返し、それから眼を開ける。

 カーテンを開けた。フロント・ウィンドウから覗く外には、陽の傾きかけた林業地帯。

 気が付けば軋み。リズムを刻んで、車体が小さく揺れている。マリィは運転席へ這い出した。ロックを外し、ドアを開けて地へ降りる。


 軋みの元は後方、コンテナと窺えた。ジャックの言葉――コンテナで寝るとの一言を思い出す。回り込んで後方、コンテナの扉がスロープとなって開いていた。覗くと中央にフロート・バイク、壁の一面には工具類、さらに一面には一杯の銃架、奥にはバッテリィや冷蔵庫。その手前、床の上にジャックの姿。腕立て伏せの最中――ただし腕一本、よく見ればさらに指先一本だけで体重を支えながら。


 上半身はTシャツ1枚、その下には痩身と見えるほど引き締まった筋肉。マリィは期待して左腕に目を向ける――と、前腕にはテーピング。

 多少の落胆を覚えつつ、開いたドアをノックする。ジャックはそのまま、眼だけをマリィに向けた。


「それ、毎日やってるの?」


「まあ、な」

 ジャックはさらに続けながら、

「やれる、ことは、やっとく……もん、だ……」


 マリィがコンテナへ上がる。そこでジャックが潰れた。


「すごい汗」


 言ったところで、マリィは小さくむせた。ジャックは伏せたまま息を整えている。


「サボると、すぐに、身体が、ナマる……」

「シャワーくらい浴びないの?」


 ジャックが仰向けに転がった。


「しばらく、無理だな。“メルカート”の、眼に、引っかかる」


「やだ、」

 マリィの背中を嫌悪が駆ける。思わず腕を抱きしめて、

「覗かれてるの?」


「連中を、甘く、見るなよ」

 息の合間にジャックが起き上がる。

「偵察機とか、な。川で、水浴びなんか、やってみろ。すぐ、見付かると、思った方が、いい」


 まさにそのままを考えていただけに、マリィは溜め息を天へ向けた。


 ◇◇◇


 キリル・“フォックス”・ハーヴィック中将は、差し入れられたサンドウィッチを口へ運んだ。


 地上――恐らくは“サイモン・シティ”――、ビル群に埋もれたような安ホテル。部屋にはありふれた調度――小さなデスクとベッド、ユニット・バス――と、入り口には見るからに屈強な見張りが2人。


 ハーヴィック中将は動じるでもなく、隙を窺うように見張りへ眼をやる。

 その見張りの向こう側、入り口のドアにノックが2回。合言葉が小声でやり取りされると、見張りが覗き窓へ眼をやり、次いでドアを開けた。2人揃って、入室者に敬礼を向ける。

 見張りの敬礼に軽く答礼を返して、アタッシェ・ケース片手にドアをくぐった男は、ハーヴィック中将へ向き直った。ケースには手錠、それが男の左手首と繋がっている。まっすぐ歩を進め、男は中将の眼前で敬礼を決めた。


「誰かね」


 ハーヴィック中将の視線が男を射抜く。男が敬礼を崩さず、しかし余裕を保った声で応じた。


「ケヴィン・ヘンダーソン大佐です」


 所属は述べなかった。大佐は入り口に向かって手を一振り、見張りの2人を退出させた。ドアが閉じたのを見届けて、大佐は再び口を開く。


「“テセウス解放戦線”を代表して、“フォックス”・ハーヴィック中将閣下にご挨拶申し上げる」


 ハーヴィック中将の眉が動いた。大佐の挙げた名は、惑星“テセウス”の独立を掲げる、いわゆる独立派ゲリラ――その最右翼にして最大級の勢力を示していた。


「さて、その代表とやらがこの老いぼれに何の用かな?」


 座したまま、ハーヴィック中将は問いを投げた。


「単刀直入に申し上げる」

 直立のまま、しかし威圧するかのように、大佐は笑んだ。

「我々にご助力いただきたい」


 ハーヴィック中将は呆れたように肩をすくめて首を一振り、

「何を言い出すかと思えば……」


「誤解があるようなので申し上げる」

 ヘンダーソン大佐は涼しい顔で、

「我々はあなたの敵ではない」


「では何だというのかね?」

「味方、ですよ」


 悪びれる風もなく、ヘンダーソン大佐が言ってのける。


「……それにしては強引な出迎えだったが?」


 ハーヴィック中将は両の肩をすくめてみせた。


「お疑いなのも無理はない」

 ヘンダーソン大佐の口元に苦笑が乗る。

「我々が実は閣下を“保護”に伺った、と言ったら信じていただけますかな?」


 ハーヴィック中将はただ鼻を鳴らした。そして考えを巡らせる――ゲリラに売られた、という可能性に。


「では、誰が私の居所を教えたと?」

 皮肉を片頬に引っかけて、中将が首を傾げた。

「どちらにせよ“あの時”“あの場所で”私を捕まえたとなると、侮れんところから情報が洩れたな」


「そう――例えば、」

 ヘンダーソン大佐の右手に1本指が立つ。

「閣下がアルバート・テイラーを使って調達した麻薬ヒュドラ。あれの使い途について」


 ハーヴィック中将の眼は揺らぐ気配さえ見せない。だが構わずにヘンダーソン大佐は続けた。


「閣下はヒュドラのある特性に眼を付けた――即ち、強力な刷り込み効果とその治療効果に」

「そうなのかね?」


 ハーヴィック中将にはむしろ白けた声。


「“テセウス解放戦線”の構成要員はこの特性を利用して正体を隠しおおせている――つまり自分の記憶を操作してね」

 ヘンダーソン大佐が片頬を吊り上げてみせた。

「“知らない”ことは露見しない。情報戦の初歩ですな」


「いいのかね、」

 ハーヴィック中将は小首を一つ傾げて、

「私にそういう情報を洩らしても?」


「我々は知っているのですよ、閣下がすでにお見通しだということをね」

 ヘンダーソン大佐が肩をすくめる。

「今申し上げているのは確認に過ぎない」


「どこまで続くのかな、その確認とやらは?」


「今しばらく」

 ヘンダーソン大佐は右手、人差し指を踊らせた。

「閣下はヒュドラを使って、このからくりを暴こうとした。一旦忘れさせることができたからには、同じ手順を踏めば思い出させることも可能だと――そういう理屈ですな。事実、その手を使ってアルバート・テイラーの名を洗い出した」


 ハーヴィック中将がデスクの上へ手を伸ばした。その先には質素なコップ、手に取って水を口へ運ぶ。ヘンダーソン大佐はその仕草を眼から外さず言を継ぐ。


「さらには我々の補給路をヒュドラで汚染することをも画策した」

 ヘンダーソン大佐の右手に2本目の指が立つ。

「目的は主に2つ、補給ルートそのものの弱体化と社会的支持の喪失。その企ては半ば成功しました。実際、我々はアルバート・テイラーを切り捨てざるを得なくなった――“テイラー・インタープラネット”のコネクションと共にね」

 ヘンダーソン大佐が眼を細める。


「用というのはその御託を聞かせることかね?」

 ハーヴィック中将は動じる気配を毛ほども見せない。


「一例ですよ」

 ヘンダーソン大佐の頬にあるかなきかの表情――笑み。

「閣下の動きを知り得た証と受け取っていただければ結構」


「それが事実としてだ、」

 中将は重く言葉を置いた。

「そこまでする私は貴官らの敵ではないのかね? それを味方に引き入れると?」


「その通り、」

 ヘンダーソン大佐が余裕を見せて動いた。中将の側――デスクへ歩み寄り、アタッシェ・ケースを置く。

「一つ証拠をご覧に入れる」


 首から提げたキィで手錠を外し、暗号と指紋でケースのロックを解除。その中から大ぶりな封筒を一つ。

 封筒の表面には大きく“極秘”と“黙読のみ可”のマーク。さらに“閲覧権限レヴェル7以上およびキリル・ハーヴィック中将”の記述があった。

 大佐を視界に置いたまま、ハーヴィック中将は封筒へ手を伸ばした。封を解き、中の書類を取り出し――眼を落とす。


「あなたもよくご存じの方だ」


 ヘンダーソン大佐が言い添える。その言葉と共に目に入ったのは文末の署名。陸軍第3軍司令官ルーク・セレック大将――“テセウス”ではハーヴィックの上官、しかも直筆。書式は命令書、“惑星“テセウス”における浄化作戦――第3段階――”と表題にある。


「情報源の他に人脈までも披露してくれるか。恐れ入るな」


 命令書にざっと眼を通しながら、依然ハーヴィック中将の声には表情がない。


「申し上げたはずだ、我々は味方だと」


 アタッシェ・ケースからさらに封筒。受け取る中将の眼が、今度はかすかに険しさをたたえた。


「今度はどんな芸を見せてもらえるのかな?」


「芸のないことに、今度は手紙ですよ」

 ヘンダーソン大佐は、小さく肩をすくめた。

「差し出し人は、ご覧の通り」


 宛名はキリル・ハーヴィック中将、これも直筆――しかも見覚えのある筆跡。裏返して、差出人の名前を確かめる――中将は、今度こそ絶句した。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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