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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第1章 傷痕
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1-1.兆候

 パトライトの包囲網、その中心から歩き出したジャックにロジャーが追い付いた。


「あいつ新顔だったな。何話した?」

「いつものことだ」


 聞いた途端にロジャーの眉が跳ね上がる。


「まァた手柄譲ってやったのか? 物好きな……」

「金が入ればそれでいい」


 足を止めて、無音のまま到着した救急車をやり過ごす。ドアから降り立つ救急隊員の群れを尻目に見ながら、ロジャーは続けた。


「名前売っときゃいろいろ融通も効くだろうに。情報屋とかガン・ショップとか」


「殺し屋のデモンストレーションとかハンタ・キラーとかな」

 ロジャーの科白を、ジャックは一言で斬り捨てた。背中越しに手だけ振って足を進める。

「顔は必要な所にだけ知れてりゃいい。余計な面倒はご免だ」


 気付かぬ振りで横に並んだロジャーが意地の悪い笑みを作る。


「にしちゃあ、今日の捕り物は派手だったじゃねェか」


 溜め息一つ、再びジャックの足が止まる。


「……後悔してるさ、とっととズラかりゃよかったってな」

「まァたまた。派手に暴れて気分よかったろうがよ――それともああいうシチュエーションがお気に召したかな?」

「人を巻き込んどいて言う科白か」


 肩を一つすくめて、ジャックは無理をさせたフロート・バイクへ足を向けた。


「そう言うなって」

 その背中にロジャーが追いすがる。

「おかげで懐も暖まったことだし、いいネタにもありつけそうじゃねェか。どうだい祝杯でも」


「どっちを向いて言ってる? 野郎を誘うクチじゃないだろうに」

 付き合いきれない、とでも言いたげにジャックは右手を一振り、

「それに、ヤツはあの世へ行ったぞ」


 言い捨てたジャックがバイクの傍らで膝を折った。素材むき出しのカウルをワンタッチで開く。一見して内部に傷はなし、カウルの方もかすり傷で済んでいる。


「……つれないお返事、どうも。けど、あれで終わりだと思ってるわけじゃないだろ?」

 言って、ロジャーは懐からデータ・クリスタルを取り出した。

「これ、何だと思う?」


「ヤツのカタログだろ――通信販売はもう利かんぜ」


 振り向きもせず言い捨てたジャックは、話を断ち切るようにフロート・バイクのカウルを閉じた。その科白の後半は聞き流して、ロジャーはフロート・バイクのフロント・カウルに寄りかかる。


「ご名答……こっちはな」

 ロジャーの懐からクリスタルがもう1本。

「だけどそれだけじゃなかったんだな、これが」


 眼もくれずジャックがバイクのシートにまたがる。


「仮にそいつが組織のメンバ・リストだの何だのだったとしてもだ、首突っ込む気はないからな」

「……知ってたのか!?」


 後悔の言葉を、ジャックはかろうじて呑み下した。


「……見え透いてるだけだ。お前、戦争でも始めるつもりか?」


 本心を、ジャックは反問に紛らせる。


「そうなりゃ兵隊かき集めるまでさ。こんだけでかいヤマなら、乗ってくるやつァいくらでもいるってもんよ」

 悪戯を企む悪童よろしくロジャーが眼を輝かせる。

「どう、お前さんの腕なら戦争だって楽勝だろ? 部隊を仕切るってのも悪かないぜ」


 ジャックの表情に、今度は明らかな嫌悪が覗く。ロジャーは見ぬ振りを決め込んで言を継いだ。


「どうだい? 10万か20万か、相当な金になるぜ」

「性分じゃないな。他を当たってくれ」


 一方的に告げて、ジャックがフロート・バイクのエンジンに灯を入れる。


「あ、おい!」


 止めたが遅い。ロジャーの隙を衝いて、ジャックのフロート・バイクはコミュータが群れなす流れの中へと消えた。


「つれないヤツ……」


 カマをかけたつもりが外れを引いた――そんな表情を隠しもせずロジャーはジャックの背中を見送った。


「ま、意外にひと押しすりゃ落ちたりしてな」

〈懲りてないんだから、まったく〉


「そうかね」

 人の悪い笑みを、ロジャーは浮かべた。

〈あいつ、何か焦ってるように見えなかったか?〉


〈いーえ全然〉


〈あちゃ……お前ね、〉

 ロジャーが高速言語に切り替えて文句をたれる。

〈俺ァ一応“ご主人様”よ? ちったァ話に乗ってくれたっていいじゃないか、え?〉


〈じゃ素直な役立たずがよかった? 私みたいに非合法じゃないし、言うことは聞くっていうじゃない――性能低いけど。賭けてみる? あんたみたいにヤバい情報バカ食いするような人間が擬似感情もないぼんくらナヴィゲータ相手に何分我慢できるか〉


 一気にまくしたてる“ネイ”に気圧されたか、ロジャーの舌が一瞬停まる。


〈ほら、クビにするんなら今のうちよ〉

〈可愛げのねェやつだ……よそ行ったら嫌われちまうぜ、お前〉


 言いつつ、ロジャーは頭を掻いて歩き出した。


 ◇


 “ヒューイ”を流れに乗せたところで、ジャックは“キャス”に問いを投げた。


〈“キャス”、さっきのデータ、見落としはないか? 隠しデータの可能性は?〉


〈ふーん、やけに興味津々じゃない〉

 やや嫌味のスパイスを効かせて“キャス”が告げる。

〈“例のメンバ”と今日のリスト、両方にヒットしたのはやっぱり3人。ヘンリィ・バーナード、ルイ・ジェンセン、アルバート・テイラー……何回確認してもおんなじ〉


 鼻息一つの間を空けて、“キャス”が続けて呆れ声。


〈そもそもクリスタルに量子刻印はあったし、目標のサインも残ってるわ。タイム・スタンプは今日の0400、改竄の余地なしよ〉


 データ・クリスタルに用いられている量子データはひとたび“観測”されたが最後、壊れるまでその姿を変えることはない――量子暗号のこの原則を逆手に取ったのが量子刻印で、敢えて“観測”してしまえば破壊されるまで維持される上に人為的にはコピィ不可能、となれば改竄もコピィも不可能なオリジナル・データが出来上がる。


 この“観測”行為を誰が称したか“刻印”とは言い得て妙で、海の物とも山の物ともつかぬデータが横行する社会の中では重宝されて久しい。一般には刻印時の標準時タイム・スタンプと刻印者の自筆サイン・データを添えて用いられている。


〈で、こいつらいったい何者? 私に何隠してるの?〉

〈いつか話すさ〉


〈よく言うわ、親の仇でも見付けたみたいにがっついちゃって〉

 “キャス”の声が険に尖る。

〈もったいぶってないで白状したら……?〉


〈お前は壊し屋だ。金庫番じゃない〉

 ジャックは“キャス”の語尾を断ち切って、

〈いつか話してやる。だが、今はまだだ。危険すぎる〉


〈もう!〉


〈済まんな、“キャス”〉

 ジャックは“ウォーレン・デリヴァリィ”のロゴを大書きしたトラックを追い越した。

〈“フェイ・ストリート”の部屋は引き払う。監視を強化。匿名のプレゼントの類があるかも知れん、何があっても中には入れるな〉


〈はいはい、お好きなように〉

 “キャス”は呆れた口調を作って、しかしひとまずは折れてみせた。

〈ハッキングがそんなに恐いかしらね……そりゃ確かに危険はあるけど〉


〈恐いね〉

 ジャックは答えつつ、唇を舌で湿した。

〈こいつァ大当たりか、さもなきゃとんでもない墓穴かって代物だ。なおさらさ〉


 角を折れて都市幹線道、南北を貫く1号線に乗る。そのまま北へ。


〈でも埋め合わせはしてよね〉

 不意討ちめいたタイミングで“キャス”が食い下がる。

〈“バーンズ・コレクション”のデータベース・アクセス権、レヴェルA〉


〈レヴェルC〉

 思考を中断されたジャックの声が荒れる。


〈いいじゃないのこのくらい〉

〈お前の趣味にそうそう金をつぎ込んでられるか〉


〈そっちは当たりもしない株なんかに金使ってるくせに!〉

 歯を剥かんばかりの声で“キャス”。

〈じゃストライキ起こすわよ。賞金首リストも裏情報も警報も、全ッ部シャット・アウトしてやるから!〉


〈レヴェルB〉

 ジャックが言い切る。

〈嫌ならクビだ〉


 焦らすような間。横を気違いじみた加速でフロート・カーが追い越していった。その後をパトカーのサイレンが追う。


〈ケチ。まあいいわ、貸しに……ああもうジャック、くそったれの“トロント”からコールよ〉

 “キャス”の声にあからさまな嫌悪が覗く。

〈あのいけ好かない覗き屋、いつまで付き合うつもり?〉


〈用がなくなるまでだ〉

〈毎ッ回毎回“ピーピング・トム”かましてくるようなヤツよ? 何が面白くて商売やってんだか〉

〈あんなウィルスぐらい挨拶がわりだろうが〉

〈後始末やらされるのは私なんだからね!〉

〈これ以上ゴネるとレヴェルBも取り消すぞ。いいから繋げ〉


 唐突な接続。演技か地声か、いかにも品に欠けたダミ声が骨振動スピーカを通じて届く。


『よぉジャック、M&Aの大ネタが入ったぜ。5000でどうだ?』

「手つけに半分――残りは半分聞いてから決める」

『景気の悪いヤツだな、相変わらず』

「これまでに損させたか?」

『……まあ、そりゃな』


 ジャックはシティ中心部を巡る環状道にバイクを乗せた。その片手間に“キャス”へ一言。


〈“キャス”、2500だ。振り込んでやれ〉

〈何よ、偉そうに〉


 文句をたれつつも、“キャス”が“トロント”の口座に金を振り込む。


『OK、確認したぜ』

 舌なめずりの音が聞こえそうな声で“トロント”が告げる。

『“リックマン・カンパニィ”な、ありゃもうダメだ、売っちまいな』


「あそこがM&A?」

 ジャックの語尾に疑念が踊る。

「会長が頑張ってたはずだろう」


『その会長が陥ちたって話さ。相手はどこだと思う?』


 背後にフロート・バンが見えた。3台後ろ、ここ数分――環状道に入る前から位置が変わっていない。


「“バロック・ユニヴァース”あたりか?」


 応答しながら車線を変えてみる。


『正解は後のお楽しみ。詳しいとこは“アルバ”ででも話すとして……3時間もありゃ来れるよな?』


 バンの反応は、少なくともすぐには現れなかった。


『遅れんなよ、こいつァ生モノなんだから。じゃ、“アルバ”で待ってるぜ』

〈胸クソ悪くなるわ、相変わらず〉

〈後始末、今度も頼むぞ〉


 市街中心へ延びる幹線3号にバイクを移す。バンの姿が今度は消えた。


〈……尾行?〉

〈かもな〉


 ジャックが、いつもより一段低く声を刻んだ。






著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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[良い点] この作品を読み直してますが、シーンやシチュエーションが面白いと言うより、全体の流れが面白い作品であるようなきがする。キャスいいなぁ。
2019/11/28 08:41 退会済み
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