17-7.説得 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
「“K.H.”の、正体?」オオシマ中尉が踊らせて眉。「内部にも知らせていなかった話だぞ――それを?」
「それを? 今になって?」ロジャーが細めて眼。「解せねェな」
『とんだ割り込みだね』“トリプルA”の声に苦笑い。『まあ、切羽詰まってるってのは認めるけど』
『……』シンシアに重く沈黙。
〈は!〉キースが鼻を一つ鳴らして、〈“K.H.”の正体と来たか〉
〈何よ、余裕ぶっこいてるじゃない〉“キャス”に呆れ声。〈“K.H.”とやらの正体と空間警備隊のちょっかい、どっちが大事よ?〉
〈――何かあるのか?〉声を低めてキース。
〈まァたまたがっついちゃって〉嗤いを帯びて“キャス”の声。〈助っ人の説得に回るんならご自由に。こっちが突破口になる可能性を捨ててもいいんならね〉
『“K.H.”の――正体?』マリィの眉に怪訝の一語。『ハーヴィック中将は殺したんじゃなかったの? ――他でもない、あなたの手で』
『そうとも、ハーヴィック中将はまさしくこの手で処刑した』ヘンダーソン大佐が掲げて右手。『だが“K.H.”そのものの息の根を止めるには至っていないと――そう言ったら?』
『意味が掴めないわね』マリィの声に棘。
『それは、』大佐の眼に余裕の光。『君の手で明かしてもらうのが一番だろう』
「“トリプルA”、」ロジャーに低い声。「どうやら、いよいよ切羽詰まってきちまったようだ」
『まあ、それは解るけどさ』応じる“トリプルA”には揺らいだ風もない。『こっちにも事情ってものがあるからね。タダ働きってのは後味が悪かないかい?』
「……そいつァ確かに」ロジャーが苦る。「文句は言えねェけどな」
『で、最初の問いに戻るわけさ』声を向け直して“トリプルA”。『エミリィ、君にとっての“シャバ”はまだあるのかな?』
〈もったいつけるな〉キースの声に色。
〈だってそうでしょ?〉焦らすような“キャス”の声。〈相手は空間警備隊よ? 宇宙港っていやお膝元じゃない。抜け道の二つや三つ、期待したってバチは当たんないと思うけど?〉
〈手繰れ!〉キースが“キャス”へ食い付いた。〈宇宙港の空間警備隊が相手なら有線で……!〉
〈何よ現金ねェ〉言いつつ“キャス”は楽しげに、〈欲求不満が見え透いてるわよ〉
〈茶化したけりゃ好きにしろ〉キースの声が低く凄む。〈マリィの命が懸かってる〉
『――“明かす”?』マリィがはっきりしかめて眉。『私が?』
『そうとも』鷹揚に大佐が頷き一つ、『記録が残っていても不思議ではあるまい? ベン・サラディン――あの男を是が否にでも消さねばならない、その理由があったとしたなら――そう、』
ヘンダーソン大佐はそこで、小首を傾げてみせた。
『――君の想い人が失われた、“あの作戦”の理由だよ』
〈あーらあら、〉軽やかに“キャス”。〈お熱いこと〉
キースの視界、新たなネットワーク図が現れる。宇宙港のワイア・フレーム、高高度側の中心軸付近へズーム・アップ。
〈負けは好きか、“キャス”?〉キースに挑発。
〈おあいにくさま〉鼻息混じりに“キャス”。〈あんたと勝利条件くくらないでよね〉
〈どっちも勝てれば〉叩き返してキース。〈文句はないだろう〉
〈あら、〉“キャス”の声に笑み。〈いいこと言うわね。欲張りだけど〉
〈これまで我慢が長くてな〉キースに苦笑。〈ここで欲を張ってもバチは当たらんさ〉
〈地獄行きの科白だわね〉舌でも出さんばかりに“キャス”。〈あんたが堕ちるのを見たくなってきたわ〉
〈いつかは拝ませてやるさ〉不敵にキース。〈だが今日は日が悪い〉
〈期待しないで待ってろっての?〉“キャス”が苦る。〈ま、せいぜい利息は弾んでよね〉
『……そんな……!』マリィの声がかすれる。『……そんな……ことのために……!?』
『狙った連中にしてみれば、』ヘンダーソン大佐が指一本でこめかみをつつく。『さぞ困ったことだろうな――どう扱ったものか』
『まるで見てきたかのようね』マリィの声に震え――怒り。
『むしろ想像するだに容易いね』“放送”映像の中、大佐の声が笑みすら含む。『組織の根幹を知ってしまった男が相手ではな。生半可な手を使おうものなら、致命傷にもなりかねん』
シンシアに――重い間。
『地球を含めて、“ソル”へ戻る道はもうないよ』“トリプルA”の言葉が先回る。『それを言い出せば、君の出自が出自だしね。君にとっての“シャバ”は何になるのかな?』
『――どこまで知ってる?』うそ寒げにシンシア。
『君自身の観察眼を甘く見ないことだね』“トリプルA”に指を組む気配。『まあ、僕としてはロジャーの出歯亀根性に感謝……』
『ロジャー手前!』皆まで言わせずシンシアが噛み付く。『何しやがった!?』
「悪いが切羽詰まってる」そこへキースが割って入る。「漫才ならよそでやってくれ」
『やあキース』知った風に“トリプルA”。『初めまして。“ハミルトン・シティ”に“クライトン・シティ”、君の武勇伝には……』
「なるほど、」途端、キースの声音が冷えた。「油断できる相手じゃないのは確かだな」
軌道エレヴェータ“クライトン”へ至るまで、本名を晒した記憶はキースにない。
『ご高評どうも』“トリプルA”には動じた風もない。『こちらにも事情というものがあってね』
「そこはこちらも同じだ」キースが声を据える。「訳あって話は短くまとめたい。望みは?」
『待ったキース』割り込んでシンシア。『少なくともオレのケジメが絡んでる。片付けなきゃ“トリプルA”ァ動かねェ』
『早い話がそういうことでね』悪びれた風も見せず“トリプルA”。『エミリィにとって帰る場所というものが何か、僕には知っておく必要があるわけさ』
『だから消したの?』マリィの眉に非難の色。
『決めたのは私ではないよ』大佐の声に苦笑い。『だが消すにしろ手を組むにしろ、あくまで表に出すわけにはいかなかったろうな』
『よく知っているのね』マリィがひそめて両の眉。
『それはそうさ』大佐が肩をそびやかす。『サラディン抹殺の指揮を執ったのは、他ならぬ私だからね』
『何のために?』シンシアが訝しむ。
『なに、こういうことだよ』涼しげな声で“トリプルA”。『君に、帰る場所を提供できればと思ってね』
『……何を知ってる?』シンシアの声に兆して慄然。
『判らないから訊いているのさ』“トリプルA”の声にしかし角はない。『まあ、僕としては君が帰ってきてくれれば言うことはないけどね』
『悪ィがそいつァ……』言いさしてシンシアの声。
『ヒューイと一緒に――』割り込む“トリプルA”。『――と言ったら?』
――間。シンシアが息を呑む。『――どこまで知ってやがる?』
『この際それは置いておこうよ』“トリプルA”の声に笑み。『話が長くなる。ただヒューイが君の居場所になるんじゃないかと、僕は思っただけだよ』
〈キース、〉“キャス”から高速言語。〈お待ちかね。これ見える?〉
〈ああ〉返してキース。その視界、やや遠慮がちにネットワーク図が示して変化。
〈連中、〉“キャス”に苦笑の色。〈なかなかロクでもないこと考えてたみたいね〉
ワイア・フレームで描かれた宇宙港の管制区画、厳重な気密隔壁の内側が強調表示。そこから宇宙空間、錨泊エリアへ伸びる輝線が明滅した。
〈――錨泊中の宇宙船を?〉
〈そ。中継に使って隔壁を迂回しようってって魂胆ね〉鼻歌でも交えんばかりに“キャス”。〈そそのかしたのは――第3艦隊の陸戦隊ってとこかしらね〉
『……そんな……!』マリィの声がかすれる。『……そんな……ことのために……!?』
『狙った連中にしてみれば、』ヘンダーソン大佐が指一本でこめかみをつつく。『さぞ困ったことだろうな――どう扱ったものか』
『まるで見てきたかのようね』マリィの声に震え――怒り。
『どうするつもりだ?』シンシアの声に剥き身の興味。
『医療用ナノ・マシン』見透かしたように“トリプルA”。『こいつを使った手術にかけちゃ、指折りの闇医者を知っててね』
『そんな都合のいい話が?』一転、シンシアの声がはらんで疑い。
『元は特殊部隊員なんだろ?』確認の声を“トリプルA”。『だったら医療用のナノ・マシンが身体に入ってる道理だろうさ。弾除けってのは結構貴重な役回りらしいからね』
『本ッ当に……』呆れ声を呑み下すシンシアに間。『……残ってるとしても2年前の規格だ。使いもんになるのかよ?』
『それを言ったら現生人類は20万年前の規格だからね』“トリプルA”の声に兆して笑み。『ナノ・マシンさえ残っていれば使える手もあるというものさ』
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