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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第2章 亡霊
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2-4.始点

 オークのドアを開けると、緑の庭越しに黄金の麦畑。


 アルバート・テイラーは自慢の別荘、正面玄関にリムジンを出迎えた。この日何人目になるか、フロート・カーを降りた客は軍服に痩身を包んだ男。見事な顎髭に白い物を交えたその容貌は、ホストとして待望していたものだった。


「ようこそ、ハーヴィック中将」


「お招きを頂いて光栄だ、ミスタ・テイラー――元大尉と言った方がいいかな?」

 キリル・“フォックス”・ハーヴィック連邦陸軍中将は、差し出されたテイラーの手を取った。

「また豪勢な眺めだな。税金がさぞ大変だろう?」


 玄関の正面には金色の波。背後には、邸宅を挟んで下り斜面と、その向こうに豊かな河。


「こちらこそ“ヘレネ”の英雄をお迎えできて光栄ですよ」

 テイラーは満面の笑みを見せた。

「この世で個人が持ちうるものでは、最上級の景観です。将軍のお目にかけられるなら多少の維持費は惜しみませんよ」


「よく言う、」

 中将は苦笑を隠さない。

「それはレディにとっておく科白だろう――いや、それで口説いたのか?」


「いえ、」

 テイラーは玄関へ中将を導きながら、

「さすがは“フォックス”の地獄耳。ですがその件はまだご内密に」


「いいとも、こちらも冷やかしに来たのではないからな」


 そこでテイラーの骨振動スピーカに連絡が入った。


『――失礼、またお客様です』

「後で話せるかね?」

「結構です。まずはお楽しみください」


 ◇


「失礼します」


 社交辞令と追従の洪水に嫌気がさして来たころ、ハーヴィック中将の前に迎えのガードマンが現れた。“フェニクス・アヴィエーション”の社長に断りを告げると、導きに任せて地下、テイラーの私室へ赴く。

 途中の廊下を飾る壷、絵、像――装飾過剰のきらいに内心で眉をひそめつつ、中将は高さの過ぎるドアをくぐった。


「改めまして、ようこそ中将閣下」

 酒のコレクションを背負ったカウンタ越し、振り向いたテイラーは、フルーツ・ジュースのグラスを掲げてみせた。

「ようやく解放されましたよ」


 上着を脱いだテイラーには、贅肉の影が見て取れる。なるほど神経も鈍ったか――と肚の中でだけ呟いて、


「まったく歳をとったものだ」

 中将は苦笑まじりに肩をすくめた。

「ああいう席でこれほど疲れるとはな。いや助かった、これで大事な土産を無事に渡せる」


「恐縮です――何かお飲みに?」

「グレープフルーツ・ジュースを頼む」


 芝居気たっぷりの笑みをたたえて、テイラーが一礼。それを横目に、ハーヴィック中将は懐に手を入れた。ガードマンの緊張を背後に感じながら、ゆっくりと“土産”を取り出す――データ・クリスタルが、その手の中で澄んだ光沢を放っていた。


「気に入ってくれると嬉しいが」

「失礼」


 テイラーは、ミール・メーカからのグラスと引き換えに、クリスタルを受け取った。


「貴重な情報だ――解るな?」


 片眉を跳ね上げて、テイラーは意図を汲みとった。ガードマンに目配せひとつ、退室を促すと、懐の携帯端末、接続した読み取り機のスロットにクリスタルを挿し込む。モニタ代わりのサングラスをかけて、彼は端末のボタンに指をかけた。その様を見やりながら、ハーヴィック中将はソファに背を預ける。

 クリスタルの中身が、網膜に映った――瞬間、テイラーの顔から表情が消える。


 アルバート・テイラー本人の名が標題に据わっていた。


 続いて連邦監査局の名と、局長のサイン。携帯端末のボタンを押して、テイラーはページを繰った。

 序文には、テイラー自身にかけられた容疑が並んでいる。次のページには、闇流通業者と握手を交わす彼の映像。

 震える手で、テイラーはページを繰った――次のページ、その次、さらに次――。


「……何の、冗談ですかな?」


「冗談に見えるかね?」

 グラスを傾けていたハーヴィック中将は、意外げな顔を作ってみせた。

「だとしたら残念だ。買いかぶっていたかな」


「監査局には、」

 感情を肚の奥底に押し込んで、テイラーはサングラスを外す。

「友人がいましてね。幕僚本部にも」


「友人か、大事にせねばならんな」

 中将のその言に、動じた気配はまるでない。


「こういう悪戯の嫌いな人物ですよ」

「――死刑台まで付き合ってくれる友ならなおさらだ。君はそういう友に恵まれたかね?」


 獲物を見据える獣さながら、中将の双眸が凄味を帯びた。


「死刑台?」

 テイラーは鼻先に笑いを引っかけて、

「この程度でずいぶんと大げさな……」


「この私が、手の内を最初から晒すと思うかね?」

 ことさらゆっくりと、中将は脚を組んでみせる。

「いいだろう、ミスタ・リンチの話でもすれば納得するかな? それともマクベイン中将の件がいいかね?」


 ともに、“友人”の名だった――前者は監査局、後者は陸軍幕僚本部の。虚勢もここまで、テイラーのポーカ・フェイスにひびが入る。


「……なら、ストレートに脅迫されてはいかがです?」


「なにか勘違いしとるようだが」

 グラスを干した中将は、わざとらしく眉を開いてみせた。

「私は土産を渡しただけだ。感じ入った君が相談に乗ってくれるというなら、こちらとしても願ったりというものだがね」


「相談、ですか」


 せめてもの抵抗とばかり、鼻をひとつ鳴らしてテイラーは背後の棚に向き直る。中からスコッチを掴み出し、新たなグラスを満たすと、それを一息に飲み干した。


「結構、」

 さらに酒を注ぎながら、

「伺いましょうか」


「なに、難しい仕事ではないさ」

 中将はグラスを置いた。

「今回の“テセウス”行き、ついでに調達を頼みたいものがある」


 ◇◇◇


「な、仕事はすぐ片付くから……」

「暇じゃないの! ――待って、乗せて!」


 ロンドン、電子新聞社“コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト”本社ビル。マリィ・ホワイトは玄関をくぐるなり、連れてきたコーウェンに手を振った。トランクを曳いてエレヴェータ・ホール、閉じかけたドアに危うく割り込む。


「アンナ、早く!」


 振り向いた先、アンナ・ローランドは旅の荷物に息を弾ませながら、それでも数歩の遅れでついて来た。


「お待たせ……ちょっと見ない間に気短かになったんじゃない?」

「そんなことないわよ」

「じゃ……いえ、後でね」


 周囲の視線にアンナは口をつぐんだ。しばし沈黙、階を重ねるたびに客を減らしたエレヴェータが、5階でもまたドアを開く。抜けて廊下、わずかに離れた社会部へ2人は足を向けた。


「あのメッセージ、本物だと思う?」

「ええ」


 マリィの返事には、歩調ともども迷いがない。


「……ちょっと落ち着いて考えてみない?」

「落ち着いてるわよ――デスク!」


 社会部のドアを開けるなり、マリィは声を張り上げた。ひと仕事終えた部屋の中、帰り支度の同僚に混じってデスクことホランドの顔が覗く。


「なんだホワイトか、ローランドも――どうした?」


 言う間に歩み寄り、マリィはホランドへ顔を寄せた。


「お話があります」


 疑問符を眉の端に乗せて、ホランドはマリィを見返した。続いて問いの視線をアンナへ向ける。アンナはただ肩をすくめた。


「あー、お前は確かに美人だが、浮気は俺の趣味じゃ……」

「そういう話じゃありません!」

「違うのか。まあせっかくの休暇だ、わざわざ……」


「その休暇ですけど」

 マリィは単刀直入に、

「この際まとめていただきます」


 ホランドは再びアンナへ眼を向けた。

「どういうことだ?」


 アンナはまた肩をすくめた。今度は口許に苦笑めいた影がある。


「……話を聞こう」


 ホランドは渋い溜め息ひとつ、デスク室のドアへ親指を向けた。


 ◇


「――“テセウス”へ行くだ?」

 ホランドは思わず声を上げていた。

「正気かホワイト?」


「冗談に聞こえます?」


 マリィの目許に険が乗る。ホランドは慌てて両の手をかざした。


「ああ、まあそうとんがるな。とにかく落ち着いて話してみろ、何があった?」

「生きてたんです、彼が!」


 途端、ホランドが眉をひそめた。


「彼……ってお前、あの“男”か?」


「他に誰がいるっていうんです!」

 身を乗り出してマリィがまくし立てる。

「何かに巻き込まれてるようでした。助けないと!」


「だから落ち着けと言っとるだろうが。泣いとっちゃ通る話も通らんぞ」


「泣くって何を……」

 言ってから気付く――頬を伝う、熱い感触。

「あ……」


「ローランド、」

 友人の肩に手を添えたアンナへ、ホランドは頷いてみせた。

「コーヒーでも飲ませて落ち着かせてやれ。それから、お前の口から事情を聞かせろ――多分、その方が話は早い」


 ◇


 アンナのくれたマグ・カップのジャスミン・ティと睨み合うことしばし、ドアの音にマリィは顔を上げた。デスク室から、アンナが手招きしている。カップを干して、マリィは腰を上げた。


「で、」

 ホランドは顎を掻きながら、

「どうするつもりだ?」


「もちろん……」

「言っとくが、“テセウス”へ行って、その後だ。――続けてくれ」


「探します」

 赤くなった眼を上司に据えて、

「あとはそれから考えます」


 ホランドは長い溜め息をついた。


「何日かかると思ってる?」

「10日か20日か……何なら休職手続きでも何でもやるつもりです」


「高G船に乗ったって片道2週間、向こうで2週間、」

 ホランドは机に肘をついて、

「下手したら何ヶ月かかるか判らんぞ。お前干上がってでもやるつもりか?」


「2年前はさんざん後悔しました」

 マリィに即答。

「もうあんなのはご免です」


「ったく、どうしてこうおめでたく出来てやがんだか……」

 反論も待たず、ホランドは内線の受話器を取っていた。

「ホランドだ。“テセウス”宛の“飛脚ネタ”があったな? ――こっちで人間を出す、朝までにデータ回してくれ」


 マリィの顔に光が差した。

「それじゃ……」


「連絡員てことにしてやるから“テセウス”へ飛べ。それからローランド、お前はお目付役だ。ちゃんとこいつの首根っこ押さえとけよ」

「あ……ありがとうございます!」


「ったく、」

 アンナと抱き合わんばかりのマリィを見やりながら、ホランドは呟いた。

「帰って来たらこき使ってやるからな、覚悟しとけ」


 ◇◇◇


「あンの野郎、覚悟しとけよ」

 “ハミルトン・シティ”は北東部、バー“不夜城”のカウンタで、ロジャー・エドワーズが左手首のポラリス・スカイ・マスタに眼を落とした――その針が刻んで2時ちょうど。

「タダじゃ済まさねェからな」


 ジャックが現れる時は刻限をまず外したことがない。早過ぎも遅過ぎもしないその習慣には普段から律儀を通り越して機械じみたうそ寒さを覚えないではなかったが、今この事実が意味するのは――すっぽかされた、その一語。

 手元のグラスをやっつけ気味に傾ける。


「エミリィのヤツにでも訊いてやるか」


〈やめといたら?〉

 聴覚に“ネイ”の無情な予測。

〈握られる弱みが増えるだけよ〉


〈……お前ね、〉

 腰を折られたロジャーが唇を曲げた。

〈いちいち先回りするんじゃねェの〉


〈あら、ホントのことでしょ〉

 “ネイ”の声がすまして応じる。


〈何もあいつの口から訊くこたァねェっての〉

 ロジャーが口の端を舌で湿した。

〈あいつのアクセス先を探るまでだ〉


〈どうやって?〉

 “ネイ”の声に怪訝の色。


〈決まってるだろ、“ウィル”とお前の親に訊くまでよ〉

 ロジャーがカウンタの向こう、長身のバーテンダへ手招きをくれる。

「――ヘイ、ジョゼフ!」


「お呼びで?」

 バーテンダ――ジョゼフは隙一つ覗わせずにロジャーの前へやってきた。


 ロジャーが指で招いてジョゼフの耳、囁き声で告げて一言。

「“トリプルA”に取り次いでくれ。エミリィのヤツがヤバいってな」






著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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