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0-1.狩人:(C)Copyright 2016 中村尚裕 All Rghts Reserved.

『こんばんは、“コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト”です。星系“カイロス”、この時間のメイン・コンテンツはこちらの通り。

 まず、連邦資源省から資源備蓄指標が発表されました。各方面の反応をチャプタ1でお送りします。

 次に、宇宙港“ハミルトン”で摘発された麻薬ヒュドラ密輸事件。続報はチャプタ2で。

 続いて、M&Aのニュース……』


 ◇◇◇


 空の蒼が深みを増していく――。

 その遥か高みに向かって、イルミネーションが帯を成して立ち上がる。文字通り星空へ届く塔――軌道エレヴェータのライト・アップ・デモンストレーション。


 雑踏の中からそれに一瞥をくれて、男は高速言語の囁きを発した。常人には雑音にも紛れる呟きに過ぎないが、催眠訓練を受けた相手の聴覚においては言語として再構成される。


〈“キャス”、目標は?〉


 やや細めの顔立ちと焦茶色の眼に鋭さをたたえた、焦茶色の髪の男。その声を喉元の骨振動マイクに拾わせて、彼は返事を待つ。


〈まだ……いえ、いま現れたわ。“ローズ”の地下側入り口、バカみたいに堂々と〉


 擬似人格ナヴィゲータ“キャス”がフライト・ジャケットの懐、携帯端末から骨振動スピーカを通じて応じた。


〈OK、予定通りだ〉


 せわしげな女をかわして、彼はストリートの雑踏を外れた。夕闇に染まりゆく街の中、裏通りへと足を向ける。


 ◇


 彼はバー“ローズ”の裏口で足を止めた。ここ“ハミルトン・シティ”の北側では賑やかな一帯だが、裏通りともなれば人影はないに等しい。酔い潰れた初老の男がいびきを上げている、その光景に眼をつむれば。


〈“キャス”、ポリスに通報を〉

〈通報済み。あと5分てとこね〉

〈じゃ、店に報せてやれ。あそこの酔っぱらいは大丈夫か?〉

〈匿名でタレ込んだわ。酔っぱらいの方は問題なし。妙な物は持ってない、けど〉

「予定外のヤツがいるな」


 気配を察すると、小さく声に出して振り向く。


 悠然と歩いてくる、金髪の優男が眼に入った。「ロジャー、お前か」


「ご挨拶だなァ、ジャック」言葉を聞いた優男――ロジャー・エドワーズが親しげに片手を上げた。「予定外なのはお互い様。おかげで賞金は山分け、大損もいいとこだ。しっかし容赦なしだな」


「何がだ?」ジャックと呼ばれた彼は肩越しに片眉を躍らせた。


「なにも獲物いぶり出すのに、ガサ入れなんざ演出しなくたっていいだろうに」

「ならなんでここに来た? 人のことが言えたクチか」

「俺ならもうちょいソフトに行くがね。せいぜい狂言で止めとくとか」

「爆弾テロのか? それで本物仕掛けてりゃ同じだろうが」


 余裕たっぷりに煙草を取り出しかけたロジャーが、灰色の眼を剥いた。


「……なんで判った?」

「そら見ろ、図星だ」

「あ、ひでェなァそれ……」


 文句を紡ぎかけたロジャーの口が止まった。ジャックも“キャス”からの報告に耳を傾ける。


「……お早いご到着で」

「ああ、早かったな。“キャス”、奴らの動きは?」

〈泡食ってるわ。まあ、居座る度胸はないでしょうね〉


 警察のサイレンが、遠く聞こえ始めている。二人は壁に張り付いた。懐から拳銃――ジャックは火薬式自動拳銃ブルズアイMP680ケルベロス、ロジャーは同じくシュレイダーP200セイバー。

 それぞれ構えて、飛び出してくるはずの獲物に備える。


「奴さん、逃げ遅れたりしなきゃいいがな」


 舌なめずり一つ、ロジャーが呟く。それに応じるかのように、裏口の手動ドアが音もなく開いた。

 小太りの中年男が首を出す。その襟首を掴んで引きずり出し、ドアを蹴り開ける。


「おら動くな!」

 ロジャーが銃口をドア向こうに突っ込んだ。そのレーザ・サイトが、獲物を探して素早く巡る。

「麻薬ブローカのハーヴェイ、手前を逮捕する! 他のヤツにゃ用はねェ、逃がしてやるからおとなしくしてな!」


 動いたのは一人だけ。当のハーヴェイが、側にいた男装の女を盾に取る。


「銃を……!」


 脅迫が成立する前にロジャーが撃った。人質の肩越しに覗いた拳銃が弾け飛ぶ。

 二の句を継がせずジャックが突入、獲物の眉間に左の貫手。よろめいたところへさらに銃把で殴り倒して片をつける。


「よォし一丁あがり!」


 ジャックがハーヴェイを後ろ手に拘束したところで、ロジャーが勝利宣言。


「今夜は派手に……」


 言葉通りに派手な爆音。腹の底に響く重低音が床を震わせる。


「ロジャー?」

「俺じゃない! こいつァ……」


『“ジュリエット1”より緊急!』

 傍受していた警察用回線から、悲鳴に似た声が上がった。

『グレネーダだ! 店の前のトラックから撃ってくる!』


 二人は顔を見合わせた。ロジャーが貪欲な笑みを片頬に乗せる。


「今日はツイてる」

「嬉しそうだな」

「そりゃもう。これで無駄足にならなくて済むってもんだ」

「騒ぎが好きならそう言え」

「いいじゃないの、奥ゆかしくてさ」


 得物をホルスタへ収めつつロジャーが地を蹴った。そのまま2、3歩、付いて来ないジャックを振り返る。


「マーカは付いてるぜ。ポリスはこっちにも呼んだ。――行かないのか?」

『こちら“ジュリエット1”! やられた、“チャーリィ3”が吹っ飛んだ! 応援を――SWATを!』

「無駄足はご免だ。ポリスがヤツを譲ると思うか?」


 興の乗らない体で吐いたジャックの眉が踊る。そこへ“キャス”が高速言語で告げた。


〈例の“グレネーダ”、たった今リストに挙がったわ。捕獲要請レヴェルC、氏名とプロフィールは照会中〉

「そらな」


 言って、ジャックは肩をすくめた。捕獲要請レヴェルがCということは、現行犯逮捕でなければ金にならない。警察側がゴネればタダ働きと言うこともある。


「なに、こういうヤツは自分から首を絞めるもんよ」


 気楽にロジャーが言った端から情報が入る。


〈人質がいるわ。女が一人、トラックの助手席〉


「……ほら、奴さんレヴェルAに昇格だ。死体にしちまっていいってこたァ、こりゃ人質だけじゃねェ、よっぽどヤバい物持ってやがるな」

 わざとらしい間を置いて、

「レヴェルAだぜ?」


 レヴェルAの捕獲要請を蹴ったなどと判れば、賞金稼ぎとしての登録を抹消されることもある。舌打ち一つ、ジャックはロジャーに問いを投げた。


「例の爆弾、どこに仕掛けた?」

「駐車スペースの端っこ。いやァ、こうなると判ってりゃあねェ」

「畜生め!」


 動かないハーヴェイを担ぎ上げてジャックが現場へ歩き出す。再度の轟音に地が震えた。


『こちら“ジュリエット1”、突破された! 犯人は人質を乗せて“シェトワ・ストリート”を北進中!』

〈“キャス”、“ヒューイ”を回せ。店の正面で合流する〉


 ロジャーも懐の相棒に指示を飛ばし始めた。二人は店を横切り、正面のドアをくぐってポリスの眼前へ顔を出す。


「おい! そこの……」


 見咎めた警官の前へハーヴェイを放り出す。


「賞金首のハーヴェイだ。手続きを」


 それだけ告げて相手の言葉を封じると、あとは見向きもせずに車道へと足を運ぶ。


 そこへフロート・バイクが滑り込んだ。


 空力優先の自走モードにボディを折り畳んだツカガワ製FSX989、パーソナル・ネーム“ヒューイ”。減速しつつエンジン・ユニットやサスペンションを展開したフロート・バイクが停止するのを待たず、ジャックはシートに飛び乗った。ラゲッジ・ボックスから軍用の、酸素マスクまで内蔵した軽装甲ヘルメットを引っ張り出しつつアクセルを開ける。イオン推進エンジンが軽い唸りを上げて、“ヒューイ”は再び速度を上げた。


 ハイウェイ・パトロールの婦警を口説きにかかるロジャーを尻目に、ジャックは先を行く犯人とポリスを追い上げにかかった。


『目標が交差点“D-9”を折れた。“トムスン・ストリート”を西進中――奴の頭を押さえてくれ、“C-3”で仕掛けるぞ!』

〈登録ナンバPRB765210……目標捕捉。いつやる?〉

〈まず回り込む。ポリスが仕掛ける前に、ヤツの前方に着ける〉


 コンタクト・レンズ型の網膜投影装置を通して、“キャス”から回答。脳内に再構成された最速ルートの視覚情報には、“どうせコントロールは譲る気ないんでしょ?”のメッセージ。答えるように、バスを追い越したジャックは最初の角を折れた。


『よおし、奴さんうまいこと……うわッ!』


 警察用回線に悲鳴が乗った。耳にも爆音と怒号がかすかに届く。


〈やりやがったか!〉


〈“クレイジィ・イヴァン”だったわ〉

 ポリス用クラスAAネット・クラッシャの名を、“キャス”が挙げた。

〈あいつポリスね。何の工夫も細工もなし。自分の身分くらい隠す気ないのかしら〉


 悪態をついてジャックはフロート・バイクの進路を変えた。再び角を折れて“トムスン・ストリート”に併走する。隊列を乱して停まったパトカーの群れが眼に入った。うち何台かは僚車に突っ込み、さらに何台かは沿道のブティックやジュエリィ・ショップを潰して果てていた。


『この腐れ外道が!』

 それでも生き残っていたパトカーが、間を取りつつ追跡を続けていた。

『“ジュリエット1”より本部、“シヴィリアン”の使用許可を!』


〈ポリスの前へ出るぞ〉

 ジャックが告げる。

〈ヤツが“要求”を出すと面倒だ〉


〈ネットの方は大丈夫。“シヴィリアン”なんて虎の子、そう簡単に出てきやしないからポリスのちょっかいも当分なしね。でも弾丸に当ったりしないでよ〉

〈ヤツに言え〉


 スロットルを開けて“トムスン・ストリート”、荷台のドアを開け放ったトラックに斜め後ろから張り付く。そのまま前進、助手席の人質を確認しかけて――、


 眼前を弾丸がかすめて過ぎた。




著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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[一言] スピード感が半端ないです。 目の前で映画を見ているような感覚になり、やっぱり臨場感は凄いなと… 死ぬか生き残るかの最前線に居ながら、台詞回しがカッコいいので、そこも見応えがあるのですが、だ…
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