-化野 潮-
潮はいつも決まって同じ夢を見た。何の意味があるのか、どういうことなのかはわからない。ただそれをシュミレーションできるほどに潮はその夢を頻繁に見ていた。潮には経験したこともないはずのことなのに、いつも眠りにつくと大体その夢しか見なかった。
───潮はコンクリートの部屋に青い髪の青年と一緒にいる。青年と潮はある男を何故だか殺そうとしているのだった。少し年老いたその男をなんとしても殺さなければいけないのだった。その男は青年と潮が前まで来ても穏やかに不気味に笑うのだった。しかしいつもこのタイミングであの娘が出てくるのだ。
「お父上様……?」
その声が聞こえて声が振り返ると、目線の先には赤い髪に青紫の瞳をした少女が立ちすくんでいた。男も青い髪の青年も潮も固まる。それは全員が予測していないことだとわかっていた。すると次の瞬間、男の投げた大きな鎌が青年の胸に深く突き刺さり、その体を貫いた。
「エレンッ!!」
潮がそう青年に向かって叫んだ。青年は苦しそうに顔を歪めながらその場に崩れ落ちた。しかし青年を心配するのも束の間、男が潮の前に手を出す。するとその手から赤い煙がもやもやと漂ってくる。そして気が遠のいていく───。
そうして自分が死んでしまうような夢をよく見た。
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潮はふと目を覚ました。うたた寝をしてしまったようだ。
「潮兄ちゃん、起きた?」
潮の膝に寄りかかるように座った子どもがひょこりの潮の顔を覗いた。その表情は潮を心配してくれているようだった。
「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
潮が子どもにそう返すと、子どもは嬉しそうに笑った。それから潮のそばを離れ、近くの子どもの輪に混じって遊びだした。
ここは孤児院。通称フェイと呼ばれる場所だ。戦争で親を亡くした子どもや捨て子、親が面倒を見きれなくなってここに預けたりする。この部屋では約15人程度の子どもたちが遊んでいた。
「ほれ、子どもたち。もう遅いから寝てきなさい」
椅子に座っていた院長が子どもたちへそう声をかけた。
「はぁ〜い」
と声を揃えて返事をする子どもたち。遊んだものを片付けて、潮と院長におやすみなさいを言うと、子どもたちは部屋を出て行った。最後の子どもが部屋の扉を閉めると一瞬でがらんとする部屋。
潮は院長の隣の椅子に座った。
「お疲れ様。いつも面倒見てくれてありがとうね」と院長が申し訳なさそうに笑った。
「いや、いいんですよ。こんなことしかできないですし」
潮が笑うと、院長も笑った。
潮はフェイに居住していて、同時にフェイで働いている。院長のお手伝いをしているのだ。
院長の本名は石動 淡海。40歳くらいで、紫色の髪と碧い目が特徴の優しい女性だ。
「それにしても、潮くんもおっきくなったわねぇ〜」
淡海がストーブの上に置かれていたやかんの湯をコップに注ぎながら言う。
「そうですか?」
潮は首を傾げる。なにせ自分の事なのだ。いまいちわからない。淡海は楽しそうに笑う。
「そうよ。おっきくなったおっきくなった」
すると、今度は少し鋭い目で潮を見た。
「ところで、能力の方はどうなの?」
そこで潮は少し黙る。それからストーブに目をやった。清家は全神経をストーブに集中させた。頭の中で、ストーブの火が消えることを想像する。それからじっとストーブを見た。すると。
プスプス…
ストーブの火は消えた。それからまたストーブに集中し火がつくことを想像する。すると今度はストーブに火がついた。
「相変わらず、ちゃんと使えます」
潮がそうニコッと笑って淡海を見ると、淡海はストーブを見ながら小さくため息をついた。
今のは潮が知らぬ間に使えるようになっていた力、いわば超能力だ。頭の中で想像したことを本当に目の前で起こすことができる。
「レプストピアではないのよねぇ…」
淡海が頬杖をつく。
レプストピア───それは人間を超越した人間。医学の発展から生まれた新しい細胞のことをそう呼ぶらしい。その細胞を胎内に持っている人は凄いらしい。異常なまでに優れた身体能力や、五感の発達、再生力の向上を兼ね備えた超人類。淡海もそのレプストピアだという。
「調べてみましょうよ。ボクもレプストピアかもしれないじゃないですか!」
「それはないわ」
淡海が即答で否定した。可能性が低いのは潮もわかっていたが、あまりにも即答だったので少し落ち込んでしまう。淡海は少し身を乗り出して、小声で話し出した。
「レプストピアっていうのはね、変異種っていうウィルスに手を加えてできた新しい細胞なの。そしてそのレプストピアをつくるのは人の体の中。人体実験を請けないといけないのよ。それにもし受けたとしても成功するとは限らないしねぇ」
「なんでですか?」
「成功確立は0.2%と言われているの」
潮は目を丸くする。
「ということは、淡海さんはその0.2%の確立で成功した人なんですか!?」
「そうなの。凄いでしょう?」
にこにこ笑う淡海。
その0.2%の確立の人間には一体他になんの利点があるのだろうか。普通の人と何が違うのだろうか、という疑問が湧いた。
「その人体実験って、どこで受けられるんですか?」
潮の質問に、淡海は少し表情を曇らせた。それから淡海は白湯を少し口に含んでから返す。
「基本的に各国の軍事機関でなら受けられるわ」
淡海は窓の外を遠い目で見つめ、続けた。
「けれど、そうねぇ…。戦いに身を投じても、その時は楽しかったとして、でも後は辛かったりするものよ」
淡海の言葉が部屋にこだました。とても切なそうな目でそういう淡海。潮はしばらくしてから恐る恐る聞いてみる。
「…何があったんですか?」
淡海が目を伏せて息を吐く。それからまた口を開いた。
「私は隣の国、アガルタの軍事機関コロニーの軍人でね。その1軍に属していたの。メンバーは9人。でも皆が戦場に出なくなった頃、皆結婚したりして子どもが生まれたりしていた丁度その頃に、ほとんど殺されたわ」
「……」
「今は私ともう1人と、もしかしたらあと1人生き残ってるかもしれないわね」
淡々と語る淡海に、潮は疑問を口にした。
「淡海さんは、ご結婚なさってたんですか?」
「ええ」
と、突然嬉しそうに笑う淡海。
「かっこいい人だったわ。子どもも1人授かってね。強くて、優しい人だった。医者をしていたの。ただ、死ぬとわかっていて私たちを守るために戦いに行ってくれた」
「子どもが、いるんですか?」
「いるわよ」と淡海が言った。
しかし、潮は今まで見たことがなかった。親元を離れていたとしても、こうまで淡海の元を訪れないのは変だ。それに写真のような物もないし、子どもの存在を今まで淡海が感じさせたことはなかった。すると淡海は少し悲しげに微笑んだ。
「でも、そうねぇ…。14年くらい前に、攫われちゃったの。私の夫を殺した人たちに。生きているのか死んでいるのかもわからないわ。ただ、どんな形であれ、生きていてほしいわね」
潮は俯いた。初めて聞いたことだが、聞いてしまってはいけないことだったと思った。聞いてから後悔した。
そんな潮の様子に気がついた淡海は声を出して笑いだした。それに潮は思わず飛び上がってしまった。
「大丈夫よ〜。もう何人もの人に話してきたし、それに清家くんになら言っても良かったしね」
それから2人で窓の外を見つめた。窓の外は真っ暗。外灯さえ見えない。ふと、淡海が口を開く。
「潮くんも、もう寝なさい。明日も子どもの面倒みるの、手伝ってもらわないといけないからね」
潮は淡海がいつもとは少し違う表情をしているのがわかった。いつもなら、まだ大丈夫ですと言うところだが、今日のところはお言葉に甘えようと思った。
「はい、わかりました。お疲れ様です」
「は〜い、おやすみね」
「おやすみなさい」
そうして潮は部屋を出て、自室へ向かった。2階へ上がり、自室へ入る。ランプはつけないままベッドへ横になった。窓の外は相変わらず真っ暗。それを見ながら、ぼうっと考えた。
潮のいるこの世界は常に真っ暗だった。時間はあるし、1日もある。1年だってしっかりある。だが、ある本で書かれていた「朝は明るく、夜になると暗くなる」というように、朝と夜で空の明るさが変わることはない。何故そのような表現をしたのか。疑問に思った潮は淡海に聞いたことがある。
「私たちは宇宙という存在の中に在る、地球という星に住んでいるの」
「ちきゅう…ですか」
「ええ、そうよ」と淡海は続けた。
「その地球の中心には、地球にとっての心臓のような役割を持つ【ユグドラシル】っていう名前の樹があるの。その樹は、どこから見ても樹の形を保っていて、どっちが上か下かわからないと言われていて、『神の樹』なんて呼ばれたりもしてる。そして地球はその【ユグドラシル】を守るように、二層の壁に覆われているの」
「ということは、僕たちはその壁の表面に住んでるってことですか?」
ええ、正解よ。と淡海が少し驚いたように微笑んだ。それから意地悪く笑った。
「では、ここで問題です。潮くん!私たちはその二層のうち、どちらの層の表面に住んでいるでしょうか?」
「内側か、外側かってことですか?」と潮が聞くと、淡海は頷いた。
「う〜ん……、どっちなんだろ…。外側?」
「ブッブーーーッ!」淡海が手で大きく罰をしるした。思わず吹き出してしまいそうになるのを堪える。
「正解は内側よ」
「なんでですか?」潮は即座に質問した。
淡海は落ち着いた様子で答えた。
「地球にとっての心臓は【ユグドラシル】だけど、その【ユグドラシル】にとっての生きる源というのは太陽と呼ばれる別の星なの」
「そ、そんな星があるんですか?面倒くさいですね…」潮が苦笑いを浮かべると、淡海は勢いよく人差し指を立てた。
「何言ってるの!太陽がなかったら私たち死んじゃうんだから!大事なのよ、覚えてね」
嫌ですと言いたいところだったが、黙って話を聞いた。
「地球の外側の層には、その太陽の光が常に当たってるらしいの。そこらへんは行ったことがないから知らないけど、まあ大雑把に言えば、世界中が明るいってことなのよ」
とは言われたが全く想像できなかった。しかし、常に暗闇のこの世界とは真逆だということは理解できた。
「でも私たちの世界にそんなことはないわ。それはその外側の層に阻まれて、太陽の光が差さないから。だから私たちが住んでいるのが内側の層だとわかったの」
「へぇ。羨ましいですね、それ。常に明るい世界に居られるなんて!気分まで明るくなりそうじゃないですか」
「そうね、羨ましいわねぇ」
「ちなみにその外側の層にも人は住んでるんですか?」と潮が疑問を口にすると、淡海は頷き、続けた。
「勿論住んでるわ。私たちと同じように二本足で立って歩いて言葉を話して生活している、まさに人類。同種よ」
へぇ、凄い!と言おうとしたが、淡海が先に口を開き、遮られてしまった。
「ただね、徹底的な違いがあって、その表面に住んでいる人たちは、みんな真っ黒な髪をしているの。ましてや肌まで黒い人間もいるわ」
そう言われて、少しギョッとする。潮たちの世界には、赤や青などの鮮やかな髪色の人間はいても、黒髪は産まれない。肌も白い人間しかいない。そんな姿の人間を想像して少し気分が悪くなった。
「けれど、外側の人たちにも金髪や茶髪、赤髪の人間がいたり、同時に私たちの世界にも黒髪の人がいたりするのよ。稀だけどね」
「え?なんでなんですか?」と潮があからさまに不快そうな表情で聞き返すと、淡海は困ったように笑った。
「私たちも外側の世界に行けないわけじゃないわ。それに外側の人たちもこっちの世界へ来れないわけでもないの。そうして人と人とが巡り合って、交わり合ったのよ。その結果で、それぞれの特徴を持つ人たちがいるわ」
と教えてくれたのだった。
潮はふと目を閉じた。そして再び繰り返される夢の中へと落ちていった。
【ユグドラシル】
・地球の核にあたる部分にある巨木。
・重力の根源。
・ユグドラシルが壊れれば地球は滅亡する。
・二つの層に守られている。
・唯一地底世界と繋がる穴があるとの噂はあるが、場所は未だ発見されていない。