■最終話 今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。
数年後。
とある木造の古い小学校。
廊下の少し軋んだ床板は年季が入ってはいるけれど、きちんと磨き上げられた
それにゴム底の靴裏が小気味よくきゅっと鳴る。
あれほど廊下は走らないよう言っているというのに、子供たちは教師の目を
盗んでは元気に駆けまわる。
教師の姿をそのキラキラした目に捉えた瞬間、慌てて走ってなどいないフリを
するがそんなの容易にバレてしまっているのに、必死に素知らぬ顔をするのが
可笑しくて堪らない。
新米教師のアイバ リョウは、学級日誌を小脇にかかえて午後の日差しが
降り注ぐ廊下をゆっくり歩いていた。
廊下の壁には図工の時間に描いたカラフルな運動会の絵や、書道の時間に書いた
”友だち ”という元気な書が所狭しと貼られている。
相変わらず背が高く痩せていて銀縁メガネをかけるリョウは、それを嬉しそうに
横目に進む。
まだまだ新米だが、ゆっくり丁寧で授業が分かりやすいと子供たちからも人気が
あった。
ふと廊下の先、校長室の前あたりに白衣を着たふたりの姿を捉えた。
ベテラン管理栄養士である学校栄養職員の年配女性とふたり、
並んでこちらへ向かって来る。
段々と近付く、その距離。
靴底が床板に擦れる音が複数重なり合って響く。
遠く体育館からドッチボールをしているのかボールの跳ねる音もそれに混じる。
ふと白衣の胸ポケットにファーバーカステルのシャープペンを差しているのが
目に入った。
段々と、段々と、ふたりの距離が近付く。
そして、すれ違いざま。
リョウがぽつり呟いた。
『セイフの数って分かりますか・・・?』
すると、その新米栄養士が目を細め、眩しく微笑んで振り返り言った。
『・・・与党とかの?』
肩をすくめて笑い合うふたり。
『数学教えましょうか?』
『なら代わりに、人の気持ちってやつを教えてやるよ!』
日差しが入り込む古びた廊下の木枠の窓から、職員専用の駐輪場が見える。
屋根がかかったそこには、年季の入った自転車に紛れ一台の真新しい自転車が
駐車されている。
”アイバ ”と生真面目に名前が書かれたその自転車。
三日月のキーホルダーがやさしく揺れていた。
~ 今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。~
【おわり】




