■第5話 名を名乗れ
翌夜も、夜10時少し過ぎたあたりで例の彼女は歩道橋にやって来た。
そしてリョウから3メートル程離れた欄干に手を置いて立ち、
今夜もまるでなにか探るようにしてリョウの顔をギロギロと観察している。
その顔はまるで、見えづらい新聞文字を必死に読もうとする年寄のようで、
目を細め眉間にシワを寄せ、背中を丸めて首だけ亀のように前に伸ばしている。
(だから・・・ ナンなんだよ・・・。)
リョウは今夜もしれっと涼しい表情を向けてはいたが内心かなり戸惑っていた。
意味不明な謎かけを問い掛け、そして連日、彼女らの使う言葉で言うところの
”ガン見 ”をされる。
戸惑わない訳がなかった。
特に、彼女のような ”人種 ”。 世に言う ”ギャル ”と呼ばれている人種とは
真逆の、相反する決して交わることのない世界に16年間生きてきたのだから。
『・・・だから・・・ ナンですか?』
極力関わりたくはないのだが、無視出来る範疇を超えた彼女の視線に
黙ってはいられない。
すると、
『・・・ちゃんと、生きてる・・・ 人、なんだよね??』
また、例の謎かけだ。
『それは・・・ どうゆう意味で?』 リョウは混乱している様を見透かされぬ
ようまっすぐ前を向き無表情で訊き返すと、彼女は身を乗り出し即座に質問返し
をした。
『え・・・? ”生きてる ”って他にナンか意味あんの・・・?』
その彼女の間の抜けた反応に、リョウは瞬時に悟った。
やはり、彼女の問いには深い意味など何も無いのだと。
リョウが深読みするような哲学的な意味合いなど皆無なのだ。
『僕は幽霊にでも見えてるんですか・・・?』
そう言ったリョウに、彼女はパッと表情を明るくしてはじめて笑った。
『いや・・・ あまりに無反応だし、影も薄いし、
なーんか死んでるみたいだから
実はあたしにしか見えてないんじゃないかって・・・
ちょっと、まじでビビっちゃってさぁ~・・・』
屈託ない笑顔を向ける彼女に一瞬だけ目を向け、一瞥したリョウ。
謎かけの答えが分かった時点で、もう彼女との間の問題は解決していた。
すぐさま参考書に目を戻し、再び自分だけの時間に籠ってゆく姿勢を
最大限アピールする。
伏し目がちに参考書を見眇め、口は堅くつぐみ、その耳は世界中の音を
シャットアウトしているかのように。
しかし、そんな空気を読みもせず、良く言えばにこやかに。
実のところズケズケと彼女はリョウに話し掛ける。
『あたし、すぐ近くのコンビニでバイトしてんの。
家がすぐ近くだから、ここ通っていつも帰るんだよねぇ~・・・』
(へぇ・・・。)
リョウが微動だにせず何も反応を示さずにいると、更に続けた彼女。
『あたし、ワタセ マドカ。』
おおよそ必要とは思えないその自己紹介に、気が進まない様子を隠しもせず
リョウが小さく呟く。
『ぁ、はい・・・。』
すると、瞬時に二の句が飛んで来た。
『 ”あ、はい ”じゃないよ!
フツー、名前名乗られたらジブンも名乗るでしょ!』
『・・・そうなんですか?』
興味なさげにほんの少しの皮肉を含んだそれに、彼女は少し苛立った表情を
向けて言った。
いまだ互い3メートル離れた距離から、右腕をまっすぐ伸ばして人差し指で
顔を差しリョウを咎めるような口調で。
『そーなんデ、ス、ヨ! お勉強だけしててもダメなんだよっ!』
マドカの最後の言葉がなんだか鈍くのしかかり、リョウは珍しくイライラ
していた。