■第49話 最後の歩道橋3
リョウがカバンから参考書を数冊取り出した。
『あの、コレ・・・
受験の全教科の参考書・・・
僕がざっと目を通してイイ参考書選びました。
要点まとめたり、マーカーも引いてあるんで、
そこを重点的に勉強するのと・・・
あとは・・・ 暗記モノはがんばって暗記しかないです・・・。』
マドカの受験のことも決して忘れてなどいなかったリョウ。
勉強を教えると言ったのに、途中で離脱しなければならない事を申し訳なく思い
懸命に対策を考えていたのだ。
マドカがそれをペラペラとめくって見ると、書き込みやマーカーがびっしり
あった。
『ありがと・・・。』 一気に涙が込み上げる。
鼻の奥がツンと突き上げるように痛い。
自分の勉強だってあるのに、一生懸命に参考書を選んでまとめてくれたリョウの
気持ちが嬉しくて嬉しくて、一瞬でも気を抜いたら号泣してしまいそうだ。
でも泣かないで見送ると決めていたマドカ。 せわしなく瞬きをして堪える。
何度も深呼吸を繰り返し、胸にこみ上げる熱いものを鎮めようとしていた。
すると、リョウが更に手を差し出した。
『あと・・・ コレ。
僕の使い古しですけど・・・
僕にとっては受験に強い、縁起がいいシャープなんで・・・
絶対、栄養士になれるように・・・ ワタセさんに。』
それは、ファーバーカステルというドイツのブランドのシャープペンだった。
高級そうなそれにマドカは一瞬貰っていいものか躊躇ったが、リョウが頑なに
渡そうとするのでその好意に甘えることにした。
『じゃぁ・・・ あたしも、なんか・・・ あ!』
マドカが身の回りやカバンの中をあさり、リョウに渡せるものがないか探す。
そして、それを指先を掴んでリョウの目の前に翳した。
それは、三日月の形のキーホルダー。
ふたりで海に行った時に乗ったマドカの自転車の鍵に付けているものだった。
こんなものしか無い事を申し訳なさそうに眉をしかめるも、ふと夜空を見上げ
『ちょうど、今夜も三日月だ・・・。』
鍵だけはずすと、マドカはリョウの手の平にそれをそっと渡した。
そして、
『・・・じゃぁね・・・。』
マドカが満面の笑みで明るく言う。
子供のように赤い頬、さくらんぼみたいな唇、もう気怠さがないその佇まい。
『はい。』 リョウも笑って返す。
メガネの奥の目はあたたかく微笑んで、マドカをまっすぐ見つめている。
『元気でね。』 マドカは小さく手をあげて、俯くとリョウに背を向けた。
『マドカさんも・・・ 元気で!!』
その華奢な背中に呼び掛けるリョウ。
互いに涙は見せないと決めていた。
泣かない。
泣かない。
笑って別れなきゃ。
マドカの背中が歩道橋の階段に消えてゆく。
あと数段で、もう背中すら見えなくなる。
マドカのローファーの駆け下りる足音がカツンカツンと歩道橋に響き、
そして、止まった。
一瞬の静寂。
すると、大きな音を立てて再び階段を駆け上がってくる足音。
マドカが振り返り全力で走って戻って来た。
その顔はぐしゃぐしゃに泣き、口をぎゅっとつぐんで。
そして、そのままなだれ込むようにリョウに抱き付いた。
リョウの背中に手をまわし、きつく抱き付いて声を上げて泣いている。
それはまるで子供のように。
泣き声を少しも我慢せず、泣きじゃくっている。
リョウもマドカを強く抱きしめ返した。
息が出来ないくらい強く強く抱きしめ合う。
そして、ふたりで幼い子供のように泣いた。
互いの温度や匂いや声、全てを刻み付けるかのように
抱きしめ合い声をあげ泣きじゃくった。
深い藍色の夜空にくっきりと映える三日月が、やさしくふたりを照らし
まるで微笑んでいる様だった。
さようなら、僕の初恋・・・




