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■第41話 その穏やかすぎる声色


 

 

数日後、再びリョウは月の下の歩道橋に佇んでいた。

 

 

 

寝られなくなる程にマドカのことを考えていた。


あんな風にマドカを泣かせてしまった。

自分がきちんと気持ちを伝え切れていないだけだったのに、まるで気付かない

マドカが悪いような言い方までして。

最低で最悪で身勝手な自分というものを、嫌というほど痛感していた。

 

 

相変わらず弱々しい月あかりの下マドカを待つもやはりマドカはやって来ない。


ちゃんとバイトには出ているのか気になって、こっそり見に行くとガラス越しに

あのバサバサと仰々しいつけまつ毛のバイトが、レジを打っていた。

 

 

身を隠し、思わずそれをじっと見つめていた。


心なしか少し痩せた気がしないでもない。

ちゃんと食べてちゃんと寝られているのか心配になる。

 

 

 

そんなガラス越しに見つめる夜を幾度となく繰り返し、ある夜、勇気を出して

リョウは自動ドアをくぐり抜けレジの前に立った。

 

 

 

 『ホットコーヒーのラージをひとつお願いします。』

 

 

 

まっすぐマドカを見つめると、その顔は驚いたように目を見開き、次第に浮かぶ

涙を必死に堪えるように俯いて、さくらんぼのような唇を噛み締めた。


そしてリョウから代金を受け取ると、か細い声で『まいどあり。』 と呟いた。

 

 

マドカのバイトが終わるまで、ただカウンターに座って待っていたリョウ。

参考書は持って来ていなかった。

マドカと話をするためだけにやって来ていたのだった。


10時になり、マドカが着替えて出て来た。

どこか緊張の面持ちで、バツが悪そうに弱々しく目線をはずす

そのつけまつ毛の横顔。

 

 

 

 『ちょっと話があるので・・・


  ・・・歩道橋、行きませんか・・・?』

 

 

 

リョウの言葉に、コクリ。黙ってマドカはひとつ頷いた。

 

 

 

ふたりで歩く、久しぶりの薄暗い歩道橋までのその道。


心許ない街灯の灯りと夜風にそよぐクスノキの葉音。 

靴底に乾いたアスファルトの硬い感触。

この道を何度一緒に歩いて帰ったろう。

まるで遠い昔のことのように感じた。

 

 

歩道橋の階段を上がりいつもの場所に着くと、マドカはカバンから

ピーナッツチョコを取り出しリョウへとその掴んだ手を差し出した。


『食べたかったんです、ずっと・・。』 リョウが小さく笑う。


マドカも歩道橋には行けないくせに、チョコだけはいつもカバンに入れていた。

リョウにチョコを渡せたことに嬉しそうに俯き、マドカは何も言わずに

野菜ジュースのストローをさして口に咥える。

 

 

 

 『どうしてここに来ないんですか・・・?』

 

 

 

リョウが静かに話し始める。 

その声は穏やかで、責めている感じは微塵もない。


欄干に手をついてまっすぐ、車道の青信号を見つめたまま。

マドカの耳には聴きたくて聴きたくて堪らなかった、その低い声。

 

 

『・・・待ってたの?』 マドカが不安気な声色で訊き返す。 

リョウの顔を見たくて仕方がなかったくせに、見られず俯いたまま。

 

 

 

 『そりゃ待ちますよ・・・


  待つに決まってるじゃないですか・・・。』

 

 

 

『なんで、よ・・・。』 涙声になってしまって、途中で言葉に詰まるマドカ。

咥えていたストローをその口からはずし、欄干に突っ伏すように背を丸める。

 

 

するとかぶりを振って呆れたように笑ったリョウ。

静かにひとつ溜息を落とした。

 

 

 

 『僕は、チョコレートはほんとはそんなに好きじゃない。


  でも・・・ ワタセさんがくれたからコレは好きになりました・・・

 

 

  女子高の学園祭なんか死んでも行きたくないけど、


  ワタセさんが誘ってくれたから行ったんです・・・

 

 

  ワタセさんが褒めてくれたから、もう一度きちんと高校に通って


  先のことちゃんと考え直そうって思えたんです・・・。』

 

 

 

マドカがそっと目を上げ、じっとリョウを見つめる。

 

 

 

 『ワタセさん・・・


  僕はワタセさんの傍にいて、なにか役に立ってましたか・・・?


  僕は、たくさんしてもらったけど・・・


  僕はなにか出来てましたか・・・?』

 

 

 『なに・・・ 急に・・・。』

 

 

 

マドカが怪訝な顔を向ける。


なんだかリョウのその穏やかすぎる声色が怖い。 

過去形のそれが何故か恐ろしく感じる。

嫌な予感がして、この話を続けたくないと直感が知らせる。

 

 

 

 『僕は・・・ 帰り道に送る以外に、必要ですか・・・?』

 

 

 

マドカは、なんだかうまく言葉に表せない胸騒ぎに、小さく首を横に振って

この話を続けたくないというアピールをする。

 

 

 

 

  (なに・・・


   なんか、ヤだ・・・ なんなの・・・?)

 

 

 

すると、小さくひとつ息をつくとリョウが静かに言った。

 

 

 

 『僕・・・ 引っ越すことになりました。

 

 

  頭から煙が出るくらい考えました・・・ 


  ・・・それで、自分でちゃんと決めました。

 

 

  もう、ワタセさんを送って帰ることが出来なくなります・・・。』

 

 

 

声を失い呆然と立ち尽くすマドカ。

なにかの間違い、聞き違いであってくれと頭の中で何度も何度も繰り返す。

 

 

しかし聞き間違いではないと悟った瞬間、涙腺は壊れてしまったかのように

涙が溢れ流れる。 

その場にしゃがみ込み両手で顔を覆って、泣きじゃくるマドカ。


必死に堪えても切ない泣き声が指の隙間から伝い漏れ、震える肩が哀しげで。

 

 

 

リョウが涙で潤んだ目を細めてやさしく笑った。

 

 

 

 『ワタセさん・・・


  最後に、僕とデートしてくれませんか・・・?』

   

 

 


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