■第40話 矢継ぎ早な言葉
『サツキ、サツキって
なんでサツキさんが出てくるんですかっ!!』
事の真相に気付いたリョウが、大きな声を上げてマドカに言い返した。
その顔は手放してしまった傘に雨粒で頬も顎も濡れて、マドカを眇めるリョウの
その目から伝う涙をいとも簡単に隠してしまう。
リョウにはじめてそんな口調で怒鳴られ、マドカは一瞬身が竦みどこか顔色を
伺うようにか細い声で呟いた。
『だって・・・
・・・サツキのことが好きなんでしょ・・・?』
リョウが深く溜息を落としてかぶりを振った。
大きく大きく首を横に振る。 握り締めた拳は、怒りを堪えられないように
自分の太ももを叩きつけている。
『・・・そう見えるんですか?
僕は、サツキさんといる時が一番自然体に見えますか?
人嫌いの僕が、肩の力抜いて笑ってるように見えますか?』
矢継ぎ早なリョウの言葉は止まらない。
『もし、ほんとうにそう見えてるんだとしたら
ワタセさん、今すぐ視力検査いったほうがいいです。』
マドカが不安そうに再び泣きそうな顔を向ける。
『・・・なによ・・・
・・・なんでそんなに怒ってんのよ・・・。』
そう呟くと、瞳にギリギリとどまっていた涙が次々こぼれ落ちた。
『ワタセさんの方が、
数学なんかより、人の気持ちを勉強したほうがいい。』
『なんなのよ・・・。』 マドカが両手で顔を覆って泣きはじめた。
『馬鹿すぎて話にならない!
ワタセさんは、馬鹿だ! 大馬鹿だっ!!』
するとマドカは泣きじゃくったまま踵を返し、自宅に向けて駆けて行って
しまった。
冷静なはずのリョウが感情にまかせ言い放ってしまって、そんなどうしようも
ない自分に辟易し力無くその場にうずくまる。
『ちがうよ・・・ そうじゃなくて・・・
ちゃんと・・・
・・・最後まで話・・・ 聞いてくれよ・・・。』
涙で詰まるひとり言が、雨がアスファルトを打ち付ける音にかき消され
溶けて流れた。
その後は暫くリョウは歩道橋には行かなかった。
正直なところ、もうどうしたらいいのか分からないというのが本音だった。
マドカもまた、バイトには出ていたけれどそれが終わるとわざわざ遠回りを
して別ルートで帰宅していた。
連絡先を知らないふたりは、文字で謝ることすら出来なかった。
とある夜のこと。
リョウの部屋のドアがノックされ、母親に呼ばれてリビングへ行くと
ソファーには父親が座っていた。
単身赴任中の父親が今日一旦戻るという話を、そう言えば母親が今朝言って
いた気がする。
すると、父親と母親が並んで座り、リョウに真剣な眼差しを向け話し出した。
それは時間にすると5分くらいの話だったのだと思う。
しかし、リョウにとっては数時間ものように感じていた。
小さく口を開いたリョウ。
『少しだけでいいから、考えさせて・・・。』
自室に戻ったリョウが、倒れ込むようにベッドに突っ伏した。
まるで泣いているみたいに、その痩せた体は小さく震えていた。




