■第39話 意味不明な言動の理由
立ち止まったリョウの手を、ゆっくり名残惜しそうにマドカは離した。
絡まった最後の人差し指が離れた瞬間、寂しそうにそっと目を伏せる。
『ほんとに、ほんとに、ありがとう・・・
気を付けて帰ってね・・・ じゃあ、また明日ね・・・。』
なにも言えずに手を離してしまったリョウ。
手を振って小さくなってゆくマドカの濡れた背中を、じっと見つめていた。
立ち止まってほしい。
振り返ってほしい。
喉元まで出ているのに、もうひとつ勇気が出せない臆病すぎる自分に
ほとほと嫌気が差す。
(これじゃ歩道橋で嫌がらせされてた僕と一緒じゃないか・・・。)
『あ、あの!!!』 リョウがマドカの背中に呼び掛けた。 うわずるその声。
自宅玄関ドアの取っ手に手を掛けたオレンジ色の傘がゆっくり振り返り、
肩に傘の柄を置くマドカが『ん?』 と小首を傾げじっと見つめる。
その間も、リョウとマドカの間に静かに雨は降り注ぐ。
それは薄いレースのカーテンのように、やわらかく、しっとりと揺れるように。
リョウがマドカをまっすぐ見つめ、何か言いたそうに唇を動かす。
しかし伝えたい想いは、意気地のない弱々しい喉の奥から中々紡ぎ出せず
言いよどむ。
『どうしたの?』 マドカがリョウの方へ小走りで戻って来た。
リョウを覗き込むようにその顔をじっと見つめる。
『あの・・・。』
全身が心臓になったかと思うほど、頭の先から足の先まで全部で
ドキドキ打ち付ける。
首を絞められているかのように息苦しい。
普通にする呼吸の仕方が思い出せない。
『あの・・・
あの、僕・・・
僕、サツキさんと話すときは少し緊張するんです・・・
やっぱりビジンだから・・・ キレイで緊張するんです・・・。』
マドカが何も言わずリョウを睨むように見ている。
『でも、ワタセさんとは気楽に話せるんです・・・
ワタセさんとなら、自然体で話せ・・・』
『悪かったね、キレイじゃなくて。』
マドカから低くて冷たい声色が返って来た。
『あ、えーぇと。 違うんです・・・
そうゆう事を言いたいんじゃなくて・・・。』
先に結論から言えば良かったのに、話の組み立て方を誤ってしまった。
伝える言葉はシンプルで良いとサツキから言われていたというのに、
思い切りどぎまぎしおかしな言い方をしてしまった。
リョウはすぐに軌道修正しようとするが、マドカは目を眇めあきらかに
顔色を変え怒っているのが見てとれる。
すると、
『サツキとの仲を取り持ってほしいって事・・・?』
慌てて首を横に振るリョウ。
傘の柄を握る手を離し、両手も振って完全否定をしている。
『違うんです! そうゆう事じゃなくて・・・。』
『悪いけどダイゴもサツキのこと好きなのに、
それはちょっと厳しいかな・・・
・・・分かるでしょ、それくらい・・・。』
伝わらない想いに思わず泣きそうになりながら、尚もリョウが首を振って
否定する。
『違います! そうじゃないです・・・。』
どうしたら気持ちを伝えられるのか分からなくなってしまったリョウ。
『違うんです。』 と小さく繰り返し途方に暮れ首が持ち上がらないくらい
うな垂れるとマドカはそんなリョウに吐き捨てるように怒鳴った。
『サツキに告白するのはアンタの勝手だよ・・・
好きにしたらいい。
でも、あたしを巻き込まないで。 迷惑だから・・・。』
オレンジ色の傘から覗くマドカの顎には、滴り落ちる涙が伝っていた。
眉根をひそめ本気で怒っているのがその声色で分かる。
否。 怒っているのではなくて、哀しみに打ちのめされていたのだった。
そのマドカの泣き顔を目の当たりにして、リョウは気が付いた。
今までのマドカの意味不明な言動の理由が、やっと。
(僕はサツキさんのことが好きだと思われてるんだ・・・。)




