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■第33話 暗い帰り道のふたり



 

 

 

バイトが終わる10時になり、マドカがカウンターのリョウに目を向ける。

美しい姿勢で腰掛け、真剣に参考書に目を落としているその横顔。

 

 

 

 『あたし・・・ 終わったけど・・・


  ・・・アンタ、まだやってく・・・?』

 

 

 

いつもは11時くらいまで歩道橋で勉強をしているリョウ。


まだ1時間はある。

出来れば一緒に帰りたいけれど、リョウの勉強の邪魔をする訳にはいかない。

 

 

すると、『だってワタセさん終わったんですよね? なら、僕も帰りますよ。』 

そんなの言わずもがなとばかりの顔を向け、リョウは即座に参考書をカバンに

しまい帰り支度を始める。


マドカがいないのにここにいたって意味がない。

最初からマドカのバイト時間内だけと決めて来ていた。

 

 

 

 『じゃ、着替えてくるから待ってて!!』

 

 

 

パッと明るい表情を向け、慌ててバックヤードに駆け込むポニーテールの背中を

リョウは目を細めて見送った。

駆けるリズムに跳ねるように揺れるその明るいベージュカラーの髪束。


『別にそんな慌てなくても・・・。』 クスリ。笑って、ひとりごちた。

 

 

 

自動ドアを抜け、マドカとふたり歩道橋へ向かってすっかり暗い道を歩く。


花火大会はとっくに終わって、道の脇に心無く捨てられたゴミだけが

その名残を残す。

街灯は一応あるけれど弱々しいそれに歩道は結構な暗さで、遠くの赤信号だけ

やたら煌々と滲んで光っている。


この時間帯の女の子の一人歩きはさぞかし危険なのではないかと、急に心配に

なったリョウ。

 

 

 

 『あ、あの・・・ 送ります、家の近くまででも・・・


  もし・・・ 嫌じゃなければ、の話ですけど・・・。』

 

 

 

突然不安そうな顔を向けるリョウに、マドカは驚きまじまじと見つめた。


『ぇ・・・ でも、いいの?』 どこか自信なさげな小さな呟き。

マドカの家まで送るとなるとリョウは結構な遠回りになってしまうはずなのに。

 

 

 

 『だって、暗いじゃないですか・・・ 


  こんなに暗かったって気付かなかったです。


  僕に合わせて歩道橋にいたら、いつもはもっと遅い時間でしたよね・・・


  ほんと ・・・気が付かなくて、すみません・・・。』

 

 

 

リョウは先日サツキから言われた事を思い出していた。


どんな些細な事だって、伝えようとしなければ伝わらない。

例え小さな事だとしても、言葉にして口に出さなければ伝わらないのだ。

今夜コンビニに来たのだって、ほんの小さくたって1歩進もうと思った

所以だった。

 

 

マドカがあからさまに嬉しそうな表情を向けた。


そしていつものチョコを手の平に乗せて、当たり前のように『ん。』

と差し出す。

リョウがひと粒口に含むと、マドカも透明の包装をはずしてひと粒ポンと

口に放った。

 

 

『あれ? いつもの野菜ジュースは?』 今夜は珍しくストローを咥えない

ことに首を傾げる。


すると、『焦って着替えたら買うの忘れた。』 

ぼそっと呟いたそのさくらんぼみたいなぽってり厚い唇。

 

 

 

 『慌てるからですよー なに焦ってたんですかー・・・。』

 

 

 

リョウが可笑しそうにケラケラと隣で笑っている。


笑われて途端に恥ずかしくなってしまい、マドカは不機嫌そうに眉をしかめた。

そして、『・・・いや、別に。』 

モゴモゴとさくらんぼ口をぷっくり尖らした。

 

 

『それ僕の口癖じゃないですかー。』 尚も愉しそうに笑い続けるリョウ。

 

 

マドカは『うっせ!』と拳でリョウの薄い腹をめがけ弱くパンチを繰り出す。


かすかに触れるか触れないかくらいの、そもそも当てる気のないそのパンチ。

思わぬ攻撃に、リョウは笑いが止まらなくなり体を屈めて更に笑い続ける。

『おりゃおりゃおりゃー!』 マドカもつられて笑いながら、リョウへ拳を

突き出した。

 

 

散々笑ったリョウが、『降参です・・・。』と笑って赤い頬を緩め、

マドカの華奢な拳をそっとその痩せて筋張った手で制する。


もうパンチが繰り出せないように、大きな手の平でやさしく包んだ。

 

 

 

 

 

  その瞬間、目と目が合った。


  目を細め笑い合っていたふたりが、真顔になって見つめ合う。

 

 

 

 

何度目かの、その、手の平の温度。

 

 

 

 

   (ここで、慌てて離しちゃダメなんだ・・・。)

 

 

 

 

リョウは緊張する指先に少しだけ力を込めて、マドカの拳を更に包んだ。


まるでその手の平のぬくもりに気持ちを乗せ、伝えようとするかのように。

 

 

手の平から伝い胸にじんわりこみ上げるやさしい温度に、マドカが慌てて足元に

目を落とす。 

俯くとポニーテールに結わえたうなじと耳が真っ赤になっているのが際立った。

 

 

 

 

  どきん どきん どきん どきん ・・・


  ドキン ドキン ドキン ドキン ・・・

 

 

 

 

互い、心臓が喉元にまで移動したのかと思うほど、すぐ耳の近くに鼓動が

聴こえる。

相手にも聴こえてしまうのではないかと心配になるほど、それは熱く高鳴る。

 

 

すると、マドカの学校指定サブバッグがその掴む他方の手からストンと落ちた。


握られた拳にばかり意識が集中して、もう片手は力を失うようにその持ち手を

離してしまった。

 

 

 

慌ててしゃがんで拾うと、チャックが開いたままのバッグからパンフレットが

覗いていた。

それは地元の女子大に関するものだった。

 

 

 


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