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■第32話 レジ横のカウンターで



 

 

 

自動ドアが開き来客合図のチャイムが店内に響き渡り、レジに立つマドカが

目を向けるとそこにはリョウがどこか身の置き所が無さそうに立っていた。

 

 

 

 『どうしたのっ??』

 

 

 

コンビニに来た客に ”どうしたの ”も無いが、はじめてやって来たその姿に

マドカはすっかり驚き、そしてちょっと嬉しそうに口許を緩めた。

 

 

 

 『今日・・・ なんか、花火大会みたいで・・・


  ・・・あの歩道橋から、花火が見えるらしくて・・・。』

 

 

 

モゴモゴと口ごもりしかめっ面をするリョウはどこか拗ねた子供みたいだった。

 

 

『あぁ・・・ で、逃げて来たんだ?』 マドカはレジカウンターから身を

乗り出すようにして、ニヤリと悪戯にリョウを覗き込む。

 

 

 

夜8時。 コンビニ店内に客の姿は然程多くはないが、かと言って暇という

訳でもなかった。

リョウがキョロキョロと物珍しそうに店内を眺めている。

 

 

 

 『はじめて来たね。』

 

 

 

マドカは柔和な表情を向け微笑んだ。


出会って最初の頃に ”今度おいでよ ”と誘っていたけれど一度も来てくれた

ことなど無かったのだ。

 

 

『・・・ぁ、はい・・・。』 リョウは、一瞬考えてからそれに頷いた。


本当は以前一度自動ドア前までやって来て、入ることが出来ずに引き返した

のだがそれはマドカには気付かれていないようだった。


ただレジを挟み立ち尽くしているふたりの間に、なんとなく居心地が悪い沈黙が

流れ手持無沙汰にリョウが言う。

 

 

 

 『やっぱり・・・ なんか買ったほうがいいですよね・・・?』

 

 

 

すると、マドカが可笑しそうにケラケラ笑った。

リョウのコンビニ慣れしていないぎこちない感じが、なんとも滑稽に思える。

 

 

 

 『時間つぶしとか、立ち読みだけに来る人だって多いよ。


  ほら、立ち読みでもしてくれば・・・?』

 

 

 

マドカが顎で指したガラス面に設置された雑誌コーナーにチラリ目を遣って、

『はぁ・・・。』 リョウからあからさまに気乗りしない返事が返って来た。

 

 

『アンタが読みたい本なんか無いか。』 マドカがクスリ。笑った。


漫画も週刊誌も読まないリョウの好奇心を満たしてくれるような物はそこには

無かった。

 

 

 

リョウと話している間も客の精算をしたり弁当を温めたりマドカは忙しそうだ。


邪魔になっているかもしれないとリョウは申し訳なさそうに、

手が空くタイミングを少し離れた場所から見計らいマドカへ呟く。

 

 

 

 『今日は、やっぱりもう諦めて帰ります・・・。』

 

 

 

すると、『えっ?!』 マドカが慌てて声を上げた。


せっかく来てくれて嬉しくて仕方ないのに、もう帰ってしまうなんてあまりに

寂しすぎる。

そんな本音は決してリョウに言えはしないけれど、なんとか引き留めようと

必死なマドカ。

 

 

 

 『あ! あのさ・・・


  アンタ、コーヒー飲める? ・・・コーヒー1杯だけ買いなよ!


  そしたらそこのカウンターでいくらでも座ってていいからさ・・・


  そこで座って勉強すりゃーいーじゃん!!』

 

 

 

マドカはセルフ式ドリップコーヒーのカップをリョウに突き出した。


リョウが教わったカウンターに目を遣る。

固定された丸イスがあり今現在利用者はいず、なによりレジのすぐ横にあって

自然に視野にはバイト店員が映るその位置。

 

 

 

 『ワタセさんの割りには良い案ですね。』

 

 

 『割りに、は、ヨケーだ! バカ。』

 

 

 

100円硬貨を向かい合ってレジに立つマドカに差し出すと、『まいどあり。』

と明るくニヤリ頬を緩めた。 

それにつられてリョウも少しだけ頬が緩んでいた。

 

 

レジ横のカウンターに備え付けられたイスに座り、リョウがホットコーヒーを

飲みながら参考書に目を落としている。


最近のコンビニに設置されているセルフ式ドリップコーヒーなどリョウが

知っているはずもなく、真剣にマシンの説明書きを読み込む姿が可笑しくて

マドカは敢えて手を出さずリョウの様子を盗み見していた。 

無事にコーヒーが抽出され始めると子供のように一瞬嬉しそうな顔をしたのを、

陰に隠れてクククと笑うバイト店員。


コーヒーには何も入れないようだ。 

ブラックで飲むリョウがらしいと言えばらしい。

すっと通った鼻筋、カップの飲み口に付けた薄い唇、痩せた喉仏。

レジに立つマドカから、リョウの右横顔が見える。


それが嬉しくて自然にそちらばかり見入ってしまう。

 

 

しかし、レジに立つ店員がニヤニヤ余所見ばかりしているのは流石にマズい。


なんとかそれを隠そうと口をぎゅっとつぐんで咳払いをしてみるが、

どうしても目線がカウンターへ向かってしまい、また慌てて仕事に集中する。

この繰り返しを延々していた。

 

 

リョウも真剣に参考書を眇めているように見せかけて、右耳はマドカに向けて

のみ集中していた。


マドカが客と短い遣り取りをしている。

不愛想に『あっためますかー?』 と一言呟く。

おつりを渡す。 『ありがとーございましたー。』 と棒読みで返す。


それはマドカの気怠い時に発する声色で。 

リョウと話すときは1オクターブくらい高い感じがするのは気のせいではない

はずだと、少しニヤけてしまいそうになる。

 

 

 

 

  (ダメだ・・・


   全然、勉強にならない・・・。)

 

 

 

 

リョウも照れくさそうに俯いて手の甲で口許を隠し、嬉しさに緩みまくるそれを

マドカからは死角になる角度に身を傾け、気付かれないよう必死だった。

 

 

 

 

 『ねぇ・・・ 雨の日も出来んじゃない? ここなら。』

 

 

客が途切れたタイミングで、やっと話し掛けられるとばかりマドカが

カウンターのリョウを覗き込んで言った。

少し乾いた唇を、ポケットに常に入れてあるリップクリームを左右に塗って

ぽってりしたそれを更に艶々にしながら。


しかし言ってしまってその瞬間、途端に不安になる。

 

 

 

 

  (そこまでして、ココに来ようとは思わないか・・・。)

 

 

 

すると、

 

 

 

 『そうですね・・・ そうします!』

 

 

 

リョウが照れたように慌てて目を逸らすと、うんうんと嬉しそうに頷いた。

マドカの唇を見ていたらなんだかジリジリと耳が熱くなって慌てて視野から

はずした。


その笑顔を見ていたら、マドカの胸は愛おしさが込み上げ歯がゆく震える。

 

 

 

 

  (そんな風に笑うな、バカ・・・。)

 

 

 

 

リョウも横目でチラリとマドカを盗み見ていた。


たまに常連客っぽい人に話し掛けられて、笑顔を見せているマドカが気に

なって仕方なかった。

 

 

 

 

  (なんか、ヤだな・・・ 


   そんな風に誰かに笑うのなんか、見たくない・・・。)

 

 

 

 

互い、一緒にいられる事に喜びを抑えられずにいながらも、

内心モヤモヤしたものを秘め合っていることに気付けずにいた。

 

 

 


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