■第3話 参考書から上げた顔
その夜は、バイト先のコンビニでレジに立っていても、どこかソワソワと
落ち着かなくてお釣りを渡し間違えたり、指定された銘柄のタバコを渡し
間違えたり散々だったマドカ。
(どうしよう・・・ 歩道橋通らないで、別ルートで帰ろうか・・・。)
昨夜の学生服が ”目に見えないアレ系説 ”が頭を離れず、
帰り時間のことばかりが気になっていた。
10時、バイト終了。
怖くて仕方ないはずなのに、足は何故か歩道橋に向いてしまう。
階段を上がり、”あの姿 ”が見える位置まで行ってみてからその先のことを
考えようと思っていた。
もし万が一の事があったら、すぐにでも引き返せばいいのだ。
なんなら車道をダッシュで横切ったっていい。
ゆっくりゆっくり、なるべく足音を立てずに歩道橋の階段を上がる。
ローファーのつま先だけで歩くようにそろりそろりと進む。
運動不足のふくらはぎがもう張りだして痛いような嫌な違和感を生む。
そして、例の ”アレ ”が見える位置まで上りきると、階段の手摺りに隠れ
首を伸ばして覗き見る。
すると、そこにはやはり今夜もあの背中が。
静かに歩みを進める。
そして、”ソレ ”から3メートルくらい離れた位置で止まった。
歩道橋の欄干にそっと手をかけて立ち、恐る恐る ”ソレ ”に目線を向けてみる。
じーーーーっと見てみた。
その、微動だにしない横顔を。
今夜も参考書に目を落とす横顔を。
じーーーーーーーーーーーーーーーーっと。
すると、”ソレ ”が参考書からそっと目を上げ、まっすぐ前を向いた。
鼻筋がスっと通っている。 形のいい薄い唇。 痩せたノドにクッキリと
現れた喉仏がキレイ。
月の光が映りこんだ銀縁メガネに隠れて、その目はよく見えなかった。
しかし、前を向いただけでマドカの方は一切見ようとはしない。
そして、ポツリ小さく言った。
『・・・なんですか?』
(しししししゃべった!!!)
でもしゃべったからといって、それが幽霊系じゃないかなんて分からない。
今夜も姿は見えているけれど声は聴こえたけれど、もしかしたら他の人には
”ソレ ”は見えていないという可能性だって捨てきれないのだ。
『い・・・生きてる・・・の?』
マドカの遠慮がちな切れ切れの言葉に、
『え?』 ”ソレ ”はやっと顔を向けた。
青白い顔とまるで感情がないメガネの奥の目の色に、やはりアチラの世界に
近い人なんじゃないかとマドカは真剣に思った。
『・・・生きてる、人・・・ だよね・・・?』
尚も意味不明なその問いに、”ソレ ”は訝しげに首を傾げ
また参考書に目を戻した。