■第29話 壊れたテレビのように
学園祭の帰り道。
夕焼けがしっとりと空を染め上げ、垂れ込める雲は橙色と黄金色と静かに
迫りくる濃い夜の色に変わりゆく。
マドカとダイゴは自宅へ向けてなにもしゃべらずに歩いている。
リョウとサツキは方向が別のため、早々とふたりとは別れていた。
姉弟そろって不機嫌そうに眉をしかめ、まるで一人で歩いているかのように
相手のことなど全く気に掛けてなどいない。
ダイゴは不機嫌そうにポケットに手を突っ込み、踵を擦って耳障りな音を
立てながら歩く。
『・・・うるっさい。』 更にイライラを助長するようなその音に、
マドカが目線だけ向けて軽く睨んだ。
すると、
『お前の知合い・・・
サツキのこと狙ってんのかよっ?!
近寄らせんなよ! つか、そんなの連れてくんなよっ!!』
ダイゴがカリカリと抑えきれない怒りをあらわにする。
マドカが悪い訳ではないのは分かっているけれど、あの耳打ちして微笑み合う
ふたりを思い出して八つ当たりせずにはいられなかった。
すると、そのダイゴの言葉に触発されて、マドカもイライラが爆発した。
『知らないよっ! もう、勝手にやってよね・・・
あたしにイチイチそんな事ゆーなよ!! バカっっ!!!』
すごい剣幕で怒鳴り返されて、ダイゴがひるんだ。
マドカの機嫌が悪い理由もいまだ分からないまま、更に地雷を踏んで
しまったようで。
『・・・どうした? お前のほうがイカってんじゃん・・・。』
マドカはジロリと睨んで不機嫌そうに舌打ちを打つと、
『うっせー。』と低く唸った。
耳打ちのシーンがグルグル頭を巡る。
忘れたいのにもう考えたくないのに、壊れたテレビのようにそれは
繰り返し繰り返し再生される。
リョウの耳にサツキの唇が触れてしまいそうなほどの、ふたりの距離。
照れくさそうに顔を綻ばせペコリと会釈した横顔。
ほんのり頬を染めて、やわらかい表情で、心から嬉しそうに。
(なんで・・・
なんで、あたしじゃないのよ・・・
あたしが先じゃん。
あたしが・・・ ここまで距離縮めたんじゃん・・・
サツキを・・・ 紹介なんてするんじゃなかった・・・。)
大切な親友にすら嫌悪感を抱きかねない今の自分が、ほとほと嫌になる。
別に、誰も悪くはない。
悪くなどない。
リョウが誰を好きになろうが自由だし、サツキが誰かに好かれるのも当然だし、
自分の気持ちが相手に届く届かないは自分自身の問題であって、誰かを責める
べきものではない。
分かっている。
分かってはいるけれど、手を握られて飛び上がりそうなくらい喜んだと思ったら
すぐさま耳打ちを目の当たりにして地の底まで叩き付けられる。
心臓がもたなかった。
ドキドキと、ハラハラと、イライラが目まぐるしくて心臓は壊れそうだった。
自宅に戻る。
大きな足音を立てまっすぐ階段を駆け上がり、乱暴に自室のドアを開けると
そのままベッドに突っ伏して、マドカはなんとか頭から嫌な映像を追い出そう
と躍起になった。
しかし、一旦焼き付いてしまったそれは
簡単にはマドカから離れてはくれなかった。
リョウの耳にサツキの唇が触れてしまいそうなほどの、ふたりの距離。
枕に顔を深く深くうずめ、マドカは思うままに叫んだ。
『あああああああああああああああああああああああ!!!』




