■第27話 学園祭4
『あれ~? リョウ君・・・ 今日は随分カッコイイじゃ~ん!』
その声に顔を上げると、そこにはサツキがいた。
凛としたキレイな顔でやわらかく微笑み、その細く白い手を左右に振っている。
そしてそのサツキの隣には、いつかのマドカのバイト先で親しげに話していた
長身の色黒が。
(ストーカー・・・?!
って言うか、なんでサツキさんと・・・??)
声を失い目を白黒させるリョウに、マドカが顎で指して言った。
『これ、ダイゴ。 ウチの弟。』
『弟っ?!』
リョウの喉から今まで発したこともないような素っ頓狂な声色が出た。
(コンビニで見たのは、ただの弟さんだったのか・・・。)
驚き目を見開いてなんだかホッとした途端に笑いが込み上げ止まらないリョウ。
散々ネガティブに考えあぐね、あんなに落ち込んだというのに。
ひとりでなんだか可笑しそうにクスクス笑っている。
『なに? どした??』 マドカが不思議そうに小首を傾げる。
首を横に振り、しかしまだ笑いは止まらず暫くリョウは肩を震わせ続けていた。
マドカは、ふとサツキとダイゴに目を遣る。
(ぁ・・・
サツキと一緒にいるのがウチの弟でホッとしたって事か・・・。)
マドカがきゅっと口をつぐみ、物哀しげに目を伏せた。
ついさっきまでリョウのひんやりした手首を掴んでいた自分の手を、
ぼんやり見つめ無意識のうちに小さな溜息がこぼれた。
それからは、4人で学園祭を見てまわった。
うるさいほど賑やかでゴテゴテと装飾された校舎の廊下を、
なんだか微妙なその4人が進む。
マドカは不機嫌そうに顔を伏せて先頭を歩き、サツキとリョウはふたり並んで
にこやかに実にご機嫌だった。
最後尾のダイゴは、参加すると知らされていなかったリョウがどこか気に入ら
ない面持ちで後方から鋭い目線を向ける。
騒々しい廊下を進んでいると、途中、マドカのクラスメイトなのか数人の女子
から声が掛かる。
マドカのギャル姿なんか霞むくらいの、更に上をいくその風貌の女子たち。
『マードカーーー! 焼きそば買ってけーーー!!』
『買わねーよ!
あたし、別んトコで焼きそば屋やってるっつの!』
そんなガサツな遣り取りをリョウはどこか嬉しそうに眺めていた。
マドカが女友達と愉しそうにしているのは、とても微笑ましい。
女子ならなんの問題もないのだ、女子なら。 女子ならば・・・
すると、
『あ、マドカ。 カレシとお化け屋敷入ってかなーい?』
そう声を掛けてきたお化け屋敷の受付当番に4人一斉に目を向けた。
その入口には ”男女ペアでの入館 ”とド派手な注意書きがある。
ふと、マドカが、リョウとサツキに目を遣った。
リョウが、小さくマドカを盗み見る。
ダイゴが、サツキの隣に立つリョウを睨む。
サツキは『お化け屋敷大好きっ! 入りたい入りたい!!』呑気に目を輝かす。
『き、姉弟で、っての可笑しいじゃん。 ・・・いくらなんでも。
俺・・・ マドカと入んのなんか、ゼッタイやだからなっ!!』
すかさずダイゴが口火を切った。
普通に考えても、いい歳した姉弟が仲良くお化け屋敷というのは首を傾げる。
マドカが瞬時に俯き、心の中で小さくガッツポーズする。 口許が少し緩んだ。
『じゃぁ、決まりだね!』
サツキはそう言うと、隣に立つリョウの腕をマドカの方へぐっと押し遣った。
すかさずダイゴがサツキの隣に涼しい顔をして移動する。
『んじゃ・・・ 先、行くわ。 俺ら。』
嬉しさに緩みまくりそうになる頬を必死に堪えるダイゴがサツキにチラっと
目を遣って合図すると、ふたりはおどろおどろしいお化け屋敷の入口に
吸い込まれていった。
そのふたりの背中を見送ると、マドカはそっとリョウを盗み見た。
マドカのその目はどこか自信なさげで弱々しい。
相変わらずの、感情が読み取れないリョウの横顔。
(サツキとじゃなくてガッカリしてんだろな・・・。)
その時、リョウは飄々となにも考えていないフリを必死にしていた。
(やった! やったー!! ワタセさんと一緒だ・・・。)
先に入ったふたりに少し遅れて、マドカとリョウも中に進んだ。
真っ暗な闇の奥から、甲高い悲鳴が聴こえてくる。
たまに野太い男声の絶叫も。
その悲鳴が聴こえるだけでそこに足を踏み入れた他者の恐怖を充分に助長する。
マドカは思わぬペア分けに舞い上がり、すっかりお化け屋敷系が大の苦手だと
いうのを忘れていた。
リョウに続いて暗闇に身を置いて、やっとそれに気付き途端に慌てる。
『あ、ちょ! あたしさ、あんまこうゆーの・・・。』
マドカが必死に目の前のリョウの背中に話し掛けるも、響き渡る悲鳴や効果音の
せいでその声はリョウの耳には届かない。
『ねぇ、ちょっ・・・。』 リョウの白色ボタンダウンシャツの背中を拳で
コツンと叩いたその時、漆黒の闇の中で振り返るような気配がした。
すると、マドカの拳が、ひんやり冷たい痩せた手にそっと掴まれた。
驚いてビクっと跳ねた瞬間、それはマドカの手の平に滑り込みやさしく
つながれる。
そして、マドカに聴こえるようにリョウが耳元に近付いて笑って言った。
『ワタセさん、こうゆうの苦手でしょ?
・・・最初、僕を幽霊だと思って怯えてましたよね・・・。』
高鳴る鼓動と赤くなってゆく頬、そして微かに震え汗ばんでゆく手の平を
隠そうと精一杯の平静を装い合っていることを、マドカもリョウも互い
気付く余裕など全く無かった。




