■第25話 学園祭2
リョウは左手首の腕時計に目を落とし、マドカのバイトが終わる頃になると
歩道橋から少し離れたコンビニの辺りを見澄ました。
マドカもまた、バイトが終わるとあの気怠さはどこに行ったのか、
ポニーテールの髪の毛を元気に揺らして慌てて駆けてやって来る。
歩道橋近くになるとそっと見上げてリョウの姿を確認し、
にこやかに手を振るマドカ。
リョウは可笑しそうにその姿に向けて、ペコリと小さく会釈した。
あれ以来、マドカからしつこいくらいに学園祭での変装について打合せ
させられていた。
なにがスイッチだったのか分からないが、マドカの気合は相当なものだった。
『分かってると思うけど、いつもの制服で来るんじゃないよ!
なんか、こう・・・ シンプルなやつ。
チノパンとシャツとかそんなんで全然いいから!
あと、髪型も・・・ もっと無造作な感じのがいーかも・・・。』
”無造作 ”な髪型がどうゆうものなのかが、まず分からないリョウ。
『ムースとかワックスとかでさー。』 マドカは自分の頭に手を遣り、
指先でワシャワシャと掴むようなジェスチャーをした。
『・・・髪につけるヤツとか持ってないです。』
リョウが不満気に口を尖らせる。
髪の毛になにか付けるのはあまり好きではないのだが、きっと言ったところで
今の興奮気味なマドカには耳に入らないだろう。
『ん~・・・ ああ、オッケーオッケー!
ウチの弟のパクって持ってくから、それは現地でどうにかしよう!』
改めて、リョウの足取りは激しく重い。
足首に重りのついた足枷を填られて、腰にはロープで繋がれたタイヤでも
曳かされているような気分だった。 鋼鉄製の手錠も、然り。
人嫌いで避けるように歩道橋にひとり佇んでいた自分が、なにをどう血迷ったら
世界で一番苦手なギャルだらけの女子高の学園祭に行くことになってしまうのか。 全く以って意味が分からなかった。
しかし本当に断ろうと思えば断れるし、ドタキャンだって簡単に出来るはず
なのになんだかやたらとマドカが愉しそうに話すもんだから、リョウの頑なな
気持ちも少しだけ緩んでいた。
マドカの焼きそばを焼く姿も、見たくないと言えば嘘になる。
重い気持ちとほんの少しの嬉しい気持ちで、リョウの胸中はチグハグだった。
そんな自分自身に、困り果て照れくさそうに頬を緩めた。
学園祭、当日。 約束の午後1時。
マドカの高校近くの駅前広場で、リョウはソワソワと落ち着きなく
その姿を待った。
これから学園祭に向かうのか、高校生カップルの姿がやたらと多い。
少し俯いて顔を隠し、知合いに会わないことだけを祈っていた。
すると、バタバタと落ち着きなく向こうから駆けて来る姿が見えた。
思わず、ぷっと笑ってしまう。
それは、いつもの気怠い制服スカートの中に学校ジャージを履き、
ソースらしきシミがついた派手なエプロンをしているマドカ。
リョウに笑われて少し照れくさそうになんだか不貞腐れたように口許を緩める。
初めて見る、リョウの私服姿。
散々口うるさく言っておいた通り、チノパンとシンプルなボタンダウンの
白色シャツをきちんと一番上のボタンまで留めているのが、リョウらしくて
ちょっとにやける。
背が高くて痩せているから、見栄えは決して悪くはない。
なにより、メガネをはずした時のあの破壊力たるや・・・
(あの裸眼は反則だわ・・・。)
『ちょ。』
マドカは手を伸ばして、リョウの首元の一番上のボタンをはずした。
マドカの指先が、痩せて青白い喉にかすかに触れる。
リョウがそっと目を落とすと、頭ひとつ背が低いマドカの今日もバサバサの
つけまつ毛が瞬きに合わせて上下していた。
その距離に、甘くてやわらかいマドカの香りが鼻をくすぐる。
どきん・・・
大きく心臓が跳ねた。
『こっち!こっち!』
マドカに促されて駅の多目的トイレの個室に引っ張られる。
『えええええ?!』
ふたりで個室に入るのかと、目を白黒させ戸惑い慌てまくるリョウ。
『女子も、男子も、ふたりじゃ入れないっしょ!』
マドカはリョウの腕を無理やり引くと、『はい、ちょっと屈んで!』
エプロンのポケットに手を突っ込み、ワックスを取り出した。
指先でそれをひと掬いすると手の平に薄く伸ばして、少しだけ背を屈めた
リョウの短く黒い髪の毛をガシガシと揉むように掴む。
たまに軽く引っ張ったり、ねじってみたり。
するとあっという間にナチュラルな無造作ヘアが出来上がった。
マドカが少し体を離しリョウを眺める。
『うん! イイじゃん・・・。』 満足そうにニヤっと笑ったマドカに、
リョウは鏡に映る自分がまるで自分ではないみたいで、照れくさそうに
困った顔で笑った。




