■第2話 微動だにしない背中
マドカは週に4日、バイトのシフトが入っていた。
なんなら週6ぐらいで入れてもいいくらいなのだが、ムダに変な方向に気を
まわす店長に”高校生は学業を! ”とかなんとか、バイト時間外に延々
うざったく説かれた。
そんな学業を優先しなきゃいけない様な高校に進学していたら、
こんなトコでなんかバイトしてませんけど?と目を眇め顎を上げて
言い返したいのをグッと喉元で堪え飲み込んだ。
赤色チェックのミニプリーツスカートに、だらしなく大きめに開けたヨレヨレの
白色シャツブラウスの襟元には少し曲がった紺色チェックネクタイ。
その上にベージュの大き目Vベストを羽織るその姿は、県内ワーストワンの
お馬鹿女子高だと一目で気付かれてしまう。
おまけにそのワーストワンのイメージを助長しそうな、バッチリ存在感の
つけまつ毛に自然光の下でも発色するベージュカラーに染めた髪の毛は
緩くポニーテールにしている。
”勉強だけが全てじゃない! ”というセルフスローガンの元、じゃあ他に
何があるのかと訊かれたら絶句。
何も答えられないまま、マドカは高校2年の春を迎えていた。
夜10時。 今夜もバイトを終え、歩道橋の階段を気怠そうに上がる。
ダークブラウンのローファーの、少しすり減ってきた踵を更に擦るようにして。
ここの車道に横断歩道があったらどんなに楽だろうと、毎日毎日思っていた。
この無駄な階段の上り下りが、不毛に思えてならなかった。
横断歩道を渡る場合より、きっと、1.5倍か2倍くらいは長い距離を
歩かされるはずだ。
算数は一番苦手だから、実のところ、どの位の差があるかの算出方法は
分からなかったのだけれど。
階段を上りきった辺りで、また歩道橋の端っこで背中を丸めるあの学生服が
目に入った。
(あ・・・ 昨日もいた、ガリ勉じゃん・・・。)
今夜も、弱々しい月の明かりに不自由そうに参考書を見眇めている。
(なんなの・・・? まじ、バッカじゃないの・・・?)
わざわざ不便な状況に身を置いているその姿にイライラして仕方がないマドカ。
新手の勉強法か何かなのか。
試験前日に試験範囲全て完全網羅できるとかなら実践しようか。
わざと嫌がらせのようにガツンガツンと強めの足音を鳴り響かせて、
その背中の横を通った。
そして、通り過ぎたあたりでチラっとまた振り返る。
しかし、参考書に目を落とすその横顔は、今夜もそれに対し1ミクロンも
微動だにしなかった。
瞬きすらせずに、じっと参考書を睨んでいる。
あまりの無反応さに、マドカは一瞬背筋に冷たいものが走った。
(ぇ・・・ アレって、あたしだけ、が。
・・・・見えてる、系・・・ とかじゃ、ない・・・よね・・・?)
歩道橋にしっとり落ちる月あかりにぼんやり照らされたその薄い背中に、
思わず身震いする。
霊感とかそうゆう系は無かったはず。
親のソレ系体験談なんかも聞いた覚えはない。
そんな家系ではないはずなのだ。
途端に怖くなってしまって、マドカはダッシュで階段を駆け下りた。
今振り返って、歩道橋には誰も居なかったらどうしよう。
透き通ってでもいたらと、それを確かめる事も出来ず、肺が爆発しそうなほど
必死に駆けて家へ帰った。
歩道橋の欄干に肘をついて寄り掛かるその背中が、騒がしい足音に迷惑そうに
ほんの少しだけ目線を向けていたのを、マドカは知る由もなかった。