■第15話 凛としたキレイな
その夜、いつもの時間より少し遅れてリョウの耳に聴こえたその足音は
ふたり分のそれだった。
不思議に思いマドカがやって来る方向に目を向けると、見慣れた気怠い制服姿の
隣にもうひとり女子が立ち、薄暗がりの中ふたり並んでこちらに向かって来る。
『うっす。』 そう言って軽く手を上げたマドカに、
『どうも。』 リョウが小さく返した。
マドカの隣りに立つ彼女に目を向け、小さくペコリ。及び腰に会釈して
慌てて目を逸らしたリョウ。
すると、
『前にさー・・・ 話したことあったじゃん?
今度連れて来るっつった、友達・・・ サツキ。
で。コッチが、リョウ。』
『ぁ、はじめましてー。 キタハラ サツキです。』
そう名乗った彼女は、以前マドカから ”勉強が出来て、しっかりしてて、美人 ”
と言われ勝手に抱いていたイメージとは違った。
リョウはなんとなく、生真面目でカタブツな感じの女子を想像していた。
何故そんなタイプがマドカと仲良くなるのか、訝しげに首を傾げていたのだ。
しかし、今、目の前にいるその人はゆったりしたトップスに緩いデニムを
ロールアップしてローカットスニーカーを履いている。
大き目なトートバッグの持ち手を片肩にかけ、その持ち手にはしっとり長い
黒髪が垂れている。
一番驚いたのは、そのやわらかさを醸し出す雰囲気からは想像出来ない程の
凛とした目を見張るほどのキレイな顔立ちだった。
(スカート姿のほうが似合いそうなのに・・・。)
まるで見とれるように凝視し、慌ててリョウは参考書に目を戻した。
なんだか、変な気分だった。
すると、
『ほら、あたしが言った通り ”ビジン ”でビビったろ~?』
マドカがまるで自分の事のように誇らしげに胸を張って笑う。
やはりこの彼女の話をする時だけやわらかい表情をする。
するとサツキはすぐさまマドカの腕を軽く押しやり、照れくさそうに続けた。
『ちょっと!マドカー・・・
・・・そんな ”ビジン ”なんて・・・
・・・ホントの事いわないでよー!!』
大袈裟に身振り手振りをつけて可愛くポーズをとると、その端正な顔立ちからは
考えられないほど豪快に大口を開けてゲラゲラ笑う。
マドカも一緒に笑っていた。
『ほんと、相変わらずバッカで~!』
『マドカのがバカでしょーが!』
ふたり、愉しそうに笑っているのをリョウは呆気にとられて見ていた。
暫しその早い展開に呆然と立ち尽くし、つられてクスリと笑いだした。
キレイな顔立ちをしているのに全くそれを鼻にかける感じもなく、
サツキはとても親しみやすい。
勉強が出来てしっかりしていて、公立では一番難関の北高に入学して
クラス委員長までやっているという。
マドカがサツキの事をあれ程までに自慢げに言う理由が分かる気がした。
散々つられ笑いをして、ふと、リョウは自分がきちんと自己紹介をしていない
事に気付いた。
サツキはフルネームを言ってくれたのだから、自分もそうしないといけないと
マドカから習ったというのに。
マドカが最初に『リョウ』と下の名前だけでなくて、どうせならフルネームで
紹介してくれれば良かったのにと思いながら、この今更のタイミングでの
自己紹介は可笑しくないかしなくてもいいか、でもやはりした方がいいか
内心オロオロと二の足を踏んでいた。
すると、『ねぇねぇ、苗字も教えてよ~。』 サツキが笑って言う。
『ぁ、すみません・・・ アイバです。アイバ リョウ・・・です。』
その声は自分が思うよりだいぶ小声で発せられた。
よく分からないけれど、少し緊張していたのかもしれない。
しかし、そんな些細なことなど気にもせずサツキは続ける。
『すっごいねぇー・・・ リョウ君のそれって、あそこの制服でしょ?
勉強がんばったんだね~! 受験のとき、一日何時間勉強したの~?』
『ぁ、いや別に・・・
受験のときは、ん~・・・ 寝る時間以外は勉強してた・・・かも。』
そのふたりのいつまで経っても終わらない ”勉強ネタ ”に居場所を失った
かのようなマドカ。
つまらなそうに口を尖らし、無理やり話に割って入った。
子供のようにサツキの視線を自分に向けようと必死なマドカに、
そんな一面を見たのははじめてでリョウは驚いていた。
そして、それを嬉しそうに茶化すサツキも、また・・・
リョウはサツキの愉しそうに笑う顔を、ぼんやり見ていた。
なんだか、変な気分だった。
なんだか、心臓がいつもより早く打っている気がした。




