■第14話 それくらいの情熱
今夜の月あかりは、いつものそれよりやさしくふたりに注いでいた。
マドカは相変わらず口が悪く乱暴な言葉を使い、対照的にリョウは珍しく
ケラケラとよく笑った。
穏やかな夜の風が、ふたりの少し緩んだ頬をなでてゆく。
『てゆーかさ・・・
あたし、アンタのことナンにも知らないじゃん・・・
・・・結局、アンタ何年よ??』
今更ながら互いの名前しか知らなかったことに気付く。
それに呆れた風に、欄干に背中をもたれて少し俯くと指先で照れ臭そうに
前髪を引っ張った。
マドカの笑った目元は、やはりいつもよりシンプルで幼い。
『僕は、1年です。 ・・・ワタセさんは?』
高校何年生か自分も言ってはいなかったけれど、マドカのそれも知らなかった
事にリョウも内心驚いていた。
改めてみると、年上か下かなどマドカとの間には然程意味のある事のようには
感じなかった。
『あたし、2年。 つか、はじめてアンタからキャッチボールしたじゃん!
いつもはブツ切りなのに。
ソレよ、ソレ~! ちゃんと質問してきたじゃ~ん!』
『そーゆーの面倒くさいんで、イイですから。』 マドカの若干うざったらしい
言葉に何食わぬ顔をして語尾をかぶせる勢いでピシャリと制すリョウ。
『なにがだ、せっかくヒトが褒めてやったっつーのに・・・
つか、1年か・・・ ウチの弟と一緒じゃんか。』
『弟さんがいるんですか。』 ガサツな言動と男子と話すことに慣れている
感じになんとなくヤンチャな男兄弟がいそうに思える。
『うん、一人ね。』
そう呟いて『アンタ、一人っ子でしょ?』 ニヒヒとほくそ笑む。
ジロリと一瞬睨んで目線をはずしたリョウ。 ビンゴだったようだ。
そういう言い方をされるのが一人っ子にとっては一番嫌だというのに。
マドカは欄干に片肘をつき背を丸めると、ちょっと思い出し笑いするように
続けた。
『もう、しょーもないバカでさぁー・・・ ウチの弟。』
『あー・・・ 姉弟そろって、ですか。 それは・・・。』
本当に残念そうに、気の毒そうに深く相槌を打つリョウ。
嫌味のつもりではなく、心からのお悔やみだったのだが。
『どーゆー意味だ! バカ。
つか、弟の ”バカ ”は、お勉強デキル・デキナイのとは違うんだよ。』
『ん?』 小首を傾げるリョウ。
勉強出来・不出来以外にも、この世の中にはまだバカが存在するのか。
『好きな人とおんなじ高校行きたいーっつって、
それまで全っ然、勉強なんかしなかったくせにさー
突っ然、狂ったように猛スパートかけまくって・・・
今、ちゃーんと北高行ってっからね~
・・・まぁ、アンタんトコの高校には敵わないけど。』
どこか嬉しそうに話すマドカ。
当時の、勉強机に向かう弟の必死な背中を思い出し、やはりクククと笑いが
堪えられなくなった。
『へぇ・・・ で・・・?』
『でも付き合ってないよ、別に。』 肩をすくめて可笑しそうに笑う。
『スーパー片想い 絶賛継続中~ぅ』
『へぇ。』 この分野はあまり、もとい、完全不得意なリョウ。
口数がぐんと減る。
そういう動機で勉強をはじめる人間もいるという事に純粋に驚いていた。
『まぁ、それくらいのジョーネツ?とかも、必要なんだろうねぇ~』
『ワタセさんは・・・ なんかあるんですか?』
まさか情熱の矛先が自分に向くなんて思っていなかったマドカ。
急に言いよどむ。
そしてどこか不機嫌そうに息巻いた。
『・・・これから見付けんだよ!バーカ・・・
慌てんなっ、人生はスーパーロンゲストなんだっつーの!』




