■第12話 ごめんの理由
『・・・ごめん。』
マドカはきまり悪そうにそう呟くと、胸元に下ろしたゆるふわ髪を乱暴に
ガシガシ掻き毟りもう一度、消え入りそうなトーンで『ごめん。』 と謝った。
『・・・え?』 尚も意味が分からず、俯くマドカをそっと覗き込んだリョウ。
なにも言わずにじっとマドカの継ぐ二の句を待った。
すると、合わせる顔が無いとばかりに、その場にしゃがみ細い両腕で頭を
抱え込んで弱々しく話し出したマドカ。
『いや・・・ ギリギリまで迷ったんだよ、ほんとはさー・・・
あんなの・・・ 一番あたしに見られたくないだろうからさ、アンタ・・・
だから・・・ 見て見ぬフリ、して・・・ 通り過ぎようかって。
でもさー・・・
むちゃくちゃムカついてしょーがなくてさ。 あんの、クっソもやし共っ!
一人じゃなんにも出来ないくせしやがって・・・
一応、さぁー・・・
ほら、ウチのガッコだってバレないように
したつもり、だったんだけど・・・
でも・・・。』
マドカが申し訳なさそうにうな垂れ、どんどん小さくなるその声は
もうくぐもって聞き取りにくい程。
『でも、やっぱ・・・ ヨケーなお世話だった、かな・・・
ごめん。 ほんと・・・ スマン。 マズったぁー・・・。』
しゃがみ込み俯く顔の前で両手の平を合わせ、謝罪の姿勢をとっている。
何度も何度も『ごめん』 と繰り返すマドカ。
リョウがそんなマドカをじっと見つめた。
自信なさそうに俯くその顔は、いつものつけまつ毛が無いのでスッキリしていて
素朴なやわらかい雰囲気を醸し出し、どこか幼くすら感じる。
制服だってあんな風に敢えて気怠く着崩さずに、今みたいにキチンとしていれば
決して口には出せないけれど・・・すごく、可愛らしく見えるというのに。
『いや・・・ あの・・・ 別に。』 いつもの口癖が出かかって、
リョウが慌てて付け加えた。
『別に・・・ 謝ってもらわなくて、いいです。
ていうか、あの・・・ 助かりました、ほんと・・・ ほんとに。』
その言葉に不安気に目を上げたマドカ。
慌てて剥がしたつけまつ毛のせいでまぶたが痛々しくほんのり赤くなっている。
リョウが思わずぷっと吹き出した。
いまだ情けない顔を向けるマドカが可笑しくて可笑しくて仕方なかった。
『今のワタセさんのコレが、”人の気持ち ”ってヤツですか?』
リョウの事を必死に懸命に慮ってくれた、出来損ないギャルのような顔を
したマドカ。
目を細め、リョウは小さく微笑みかけた。
なんだか、胸にあたたかいものが込み上げた。
すると、マドカは慌てて立ち上がり髪の毛を乱暴に掴んでシュシュで緩く結び
スカート丈を元に戻した。
そして照れくさそうに、スッキリしすぎている目元を隠すように軽く前髪を
引っ張ると
『・・・そーだよ、コレだよ!コレ・・・
ったく・・・ つか、早くあたしにも数学教えなさいよね・・・。』
いつもの汚い言葉に、リョウはクククと笑った。
すっかり耳に慣れたその悪態が、ただの照れ隠しだという事に
やっと気付いた夜だった。




