■第11話 クラスメイトの姿
その夜、いつもの様に歩道橋の階段を上がるマドカの耳に、リョウがいつも佇む
辺りから数人の話し声が聴こえていた。
階段を上りきり目を遣ると月あかりに照らされたリョウと同じ学生服姿が3人。
リョウを取り囲むようにしている。
(あれ。 ちゃんと、友達いんじゃん・・・。)
どこかほんの少し安心して微笑み、邪魔をしては悪いかと今夜はリョウに
話し掛けるのはやめようとしたところへ何か嫌な声色が聴こえた気がして、
マドカはそっと遠く見つめた。
『学校も来ないくせに、制服着てこんなトコで何やってんの~?』
『月の明かりで世界史かよ! やっぱ格好イイね~!』
『伝統あるウチの新入生代表が不登校なんて、評判下げないでくんない~?』
その同じ学生服の面々は、あきらかにリョウを馬鹿にして悪意あふれる言葉で
攻撃している。
厭らしくギラつくその目の色だけが、暗がりにやたらと際立って薄気味悪い
ほどで。
思わず階段の手摺りに隠れて、息を殺しこっそり様子を覗いたマドカ。
いつもマドカと散々言い合いをしているのだから、またあの飄々とした
嫌味たっぷりな感じで相手を言い負かすに決まっている。
どこかワクワクしながら、どんな辛辣な皮肉が飛び出すか聞き耳を澄ます。
しかし、リョウは俯いて目を逸らし、彼らに言われるがままの真っ赤に
染まってゆく耳がぼんやりと月あかりに浮かび出されているだけで。
(・・・っに、やってんだよ! いつもみたいに言い返せよっ!!)
マドカはイライラしていた。
小さく舌打ちを打ちながら、フツフツと込み上がる不快感に無意識のうちに
片足はせわしなく貧乏揺すりをはじめる。
(あんな、クっソもやし共・・・ 一撃で蹴散らせよ!!)
一瞬、バトル参戦とばかりその中に突進しようとしかけて、マドカは踏み出し
かけた足を止めた。
マドカが・・・ 超有名おバカ高の気怠い制服をまとったマドカが、
あいつらの前に出て応戦した所でリョウが小馬鹿にされる事に拍車をかける
だけかもしれない。 迷惑なだけかも・・・
かと言って、このまま黙って見過ごすなんていきり立った気が治まらなかった。
するとマドカは階段の手摺りの影で、ゴソゴソとなにやら蠢き出した。
ウエストの部分で数回折り込んだスカートを本来の状態に戻す。
すると超ミニ丈のチェックプリーツスカートが、膝上10センチの大人しい
それに早変わりした。
おバカ高だと丸分かりのベージュ色Vベストを素早く脱いで、白色シャツ
ブラウスのボタンをキチンと第2まで閉めると、ネクタイもはずす。
緩く結ぶポニーテールをほどいて手ぐしでならし、ウェーブを復活させると
ふんわりと胸元に垂らした。
そして最終ミッション。
『痛ってぇ・・・。』 バサバサのつけまつ毛を慎重に引っ張って剥がすと
薄暗がりでなら ”フツウの可愛い女子高生 ”に見えなくもない。
『・・・っしゃ!!』 拳を握りひとつ息をついて、マドカがカツンカツンと
足音を立て小走りで駆け出した。
その音にリョウが苦虫を噛み潰したような顔をして咄嗟に俯いた。
(見られたくない・・・。)
なんとか ”その ”空気を読んで、知らないフリして今夜は通り過ぎて
くれないかとぎゅっと目をつぶってリョウは祈った。
(頼む・・・ 頼むから、今夜は・・・。)
すると、
『あれ~・・・ ねぇ。リョウ、・・・お友達~ぃ?』
いつものそれより2オクターブくらい高い可愛らしい声色。
耳が痛くなるような汚い言葉も一切聞こえない。
リョウが薄目を開け恐る恐る顔を上げると、そこにはマドカの声色によく似た
別人が立っていた。
ほんの少し小首を傾げ愛らしい雰囲気をまとい、やわらかく微笑んでいる。
ぽかんと口を開き何も言えずにいるリョウへ、そのマドカに似た女子は
パタパタと駆け寄りクソもやし共の間を割って入って、触れ慣れている感じに
リョウの腕を細い指先でそっと掴んだ。
『遅くなってごめんねぇ。』 そう言って、ニコリと頬を緩める。
そのマドカの姿を見たクラスメイトは、目を見張って鳩が豆鉄砲を食った
ような顔を向けた。
目の前に突き付けられた ”リア充 ”に、自分達からダダ漏れする非モテ・オーラ
を恥じるかの如く気まずそうに『じゃぁな。』 と呟き、足をもつれさせながら
歩道橋の階段を慌てて駆け下りて行った。
その姿が完全に見えなくなった頃、リョウはマドカになんて悪罵で汚く罵られる
かと身構えた。
それになんて言い訳しようか、脳内フル回転で必死に考える。
しかし、リョウの腕を掴んでいた手を力無くそっと離すと、マドカはきまり
悪そうにぽつり謝った。
『・・・ごめん。』
リョウにはその ”ごめん ”の意味が分からなくて、マドカのどこか哀しそうな
その顔を薄暗がりの中ただぼんやりと見ていた。




