■第1話 月あかり照らす歩道橋
ヒョロヒョロに細長いその学生服の肢体は、弱々しい月あかりが心許ない
歩道橋の端っこで肘をついて寄り掛かると、銀縁メガネのブリッジを中指で
少し上げ月の明かりに翳して見づらそうに参考書を見眇めていた。
夜10時。
バイト帰りのワタセ マドカは、その背中を横目に歩道橋を進んだ。
ゴールデンウィーク明け、まだまだ肌寒い春夜の風が吹きすさぶこの街に
またしても気怠い日常が飽き飽きするほどに繰り返されていた。
朝になると嫌々ベッドから起き上がり、学校に行って渋々授業を受け、
放課後になると自宅程近くのバイト先のコンビニへ向かい
ダラダラとレジに立つ。
そしてバイトが終わる夜10時。 この歩道橋を渡って自宅に帰るのだ。
そんなマドカの ”日常 ”に、突然アポなしで割り込んできた
その珍妙な痩せた背中。
(こんなトコで、お勉強・・・? 家でやれよ・・・。)
背中を向けるその学生服は、県内トップクラスの有名進学校で、
マドカが例え3回輪廻転生を繰り返したとしても願書すら出せないような、
超ド級のお勉強が出来る高校だった。
(あったまイーのは、ヤッパ、考えっことがチガイますねぇ~・・・。)
心の中で散々嫌味を吐いたのは、今夜のコンビニバイトでムカつくオヤジに
説教染みたことをグチグチネチネチ言われた八つ当たりとも言えなくないのは
どうにも否めない。
その背中の横を通り過ぎた瞬間、無意識のうちに馬鹿にするように
鼻で嗤ったマドカ。
そんなつもりは無かったはず、なのに・・・
自分の耳に聴こえた、そのドス黒い嫌な息遣いに自分で自分にゾッとする。
今のはいくらなんでも感じ悪かったかもと、慌ててほんの少し振り返った。
しかし、参考書に目を落とすその横顔は、それに対してなにも感じて
いなかったのか、はたまた最初からそんな嘲笑は聴こえていなかったのか、
1ミリも微動だにしなかった。
まるでハナからギャルのお前なんか眼中にないとでも
逆に嘲笑われたような・・・
マドカはすぐ前に向き直り、歩道橋の階段を駆け下りた。
その靴音は、硬く、甲高く、どこか不機嫌そうに春の夜の空に鳴り響いた。