襲撃
私たちの街は、特に名称は決まっていない。貧困街の住人からはブルジョワジーの街と呼ばれている。的確すぎて、なんの面白みもない。
そんな街に私たちの事務所は存在する。ジードの事務所もそうだ。しかし、私たちの事務所は、治安の面も考慮し、比較的中心部よりにあるのに対し、ジードは街の片隅、ストリート・ストリートに事務所を持っていた。
「あの調書によると、相当儲けているはずだぜ。貴族たちに混じって、中心部に住めるぐらいには。妙な奴だよ。俺だったら、これだけの寿命を使って、中心部にでっかい家をつくって、漫画家をやとって俺が主人公の物語を描いてもらう。で残りの寿命を使いながら、それを読んで余生をすごすのさ」
ユウトが片手にもった書類をリズミカルに叩きながら、野望を語った。
私はエアカーを運転しながら、ユウトに適当に相槌をうつ。
「コミックか。私はあまり読まないね」
「じゃあ、お前は何をして、精神的飢餓を防いでいるんだよ? ラーメンか?」
「あれは気まぐれだ、普段は気にもとめない」
「じゃあ、なんだ」
「小説、クラシック、あとはタバコだ」
「まるでオヤジだな、ジャック」
「お前もいい年だろう」
適当に話ながら、エアカーを飛ばしていると、ストリート・ストリートが見えてくる。ストリートの手前、ちょうど境目のギリギリに、ジードの事務所が建っていた。
「よし、じゃあエアカーを止めたら、所定した場所で監視。いいな?」
「あ、ちょっとまってくれ。監視する前に、ちょいと買い物がある」
「買い物?」
何を買うのだと聞くと、ユウトはにやりと笑った。
「日本では、張り込みや、監視をする時には、必ずアンパンと牛乳を食べるんだ」
「そんなことに何の意味がある?」
「監視が必ずうまくいくらしい。これは迷信なんかじゃねえぜ。精神的飢餓を食べることによって満たしつつ、粒餡パワーと乳製品の力で、精神力をアップするんだ」
私はため息をついた。
「わかったよ、じゃあその、アンパン?を買ってきたら、所定の位置につけ。早く買ってこい」
ユウトは子供のように目を輝かせて、エアカーを飛び出していった。
私は待っている間、我慢しきれず、とうとう本日二本目のタバコに火をつけた。
*
境目は、私たちの街とは違い、全体的に。どこかくすんだ印象を感じられた。貧困外や、ストリート・ストリートほどではないにしても、その一歩手前。崖から落ちる寸前といったところか。希望と絶望が混ぜ合わさった、なんとも言えない空気だ。
気づくとタバコの半分以上を吸っていた。すぐに消そうとするが、思い直す。どうせだから、すべて吸ってしまおう。明日はタバコなしだな、そう心の中でつぶやいた。
本日二本目のタバコを存分に味わいながら、エアカーの外に目をやると、嫌な光景が目に入った。
男性が複数で女を囲んでいた。このあたりは治安が悪いとはいえ、曲がりなりにもここはブルジョワジーの街だ。警察がくると、ジードの監視がやりにくくなる。
しばらく様子をみていると、男たちは少女をエアカーに連れ込もうしている。私はエアカーのダミーサイレンのタイマーをセットし、タバコの火を消して、エアカーから出た。
男たちが囲んでいたのはまだ少女だった。赤いパーカーから金髪を覗かせ、頬に星型のクレジットパネル、青い瞳をじっと男の一人に向けている。革のブーツを履き、ホットパンツから出した太ももは男を挑発していた。こんな場所でこんな格好をしている少女も自業自得だな、と思う。
「あぁ、君たち、何をしているのかな」
私の牽制に一斉に一同がこちらを向く。少女の方を見る。その顔に恐怖の色はなく、何の感情も浮かんではいなかった。
男たちは、私が近づくと、威嚇するようにこちらを睨んできた。
「失せろ、ころすぞ」
顎にクレジットパネルをつけた、ニット帽の男が私にむかってつばを吐きすて、脅す。おそらくこいつがこの連中の頭だろう。
「誘拐は重罪だぞ。罰金として、寿命七十年分を支払うか、禁固百年だ」
私のその言葉に、取り巻きの一人がナイフを振りかざし、襲いかかる。それを避け、相手がよろめいた瞬間、ナイフを奪い、そのまま地面に叩きつける。
「武装もしているとはね。無期懲役だろう」
男たちが色めきたつ。何人かが逆上して、私に襲いかかろうとするのと、サイレンがなるのは同時だった。
「サツだ」
男たちは硬直し、全員が指示を仰ぐようにニット帽の男を見る。ニット帽は舌打ちをし、「撤収だ」と怒鳴り、逃げた。
ダミーサイレンがうまくいったようだな。
以前、貧困街に訪れたとき、エアカーに取り付けた機能。国家権力のサイレンを違法に取り付けた。その時の仕事で必要だったのだが、また使うことになるとは。
さきほどセットしたダミーのサイレンを使った作戦がうまくいってほっとする。
私は男たちがいなくなるのを見届けると、少女に手を貸そうと振り向く。
しかし、赤いパーカーの少女はいなくなっていた。
*
「さっきサイレンの音がしなかったか? 何かあったのかな?」
アンパンを食べながら連絡しているのだろう。通信機から咀嚼音が聞こえる。
「さあな」
説明が面倒なので、適当にごまかす。ユウトも深くは追求してこなかった。それよりも、アンパンを食べることに忙しいらしい。
「いやぁ、一度、食べて見たかったんだよね、こういうシチュエーションで」
ずごごっ、と牛乳を飲む音が聞こえる。声色も満足そうだ。彼の精神的飢餓は十二分に満たされたことであろう。
「警備員は二名。うち一人はお昼寝。もう一人は新聞を読んでる。やる気ないねぇ」
呆れたように言うユウト。
ジードの事務所前に建つ、ボロアパートの一室。そこからユウトは監視していた。
私はエアカーに待機し、追跡の必要が迫った時に備えていた。
「ん? ジャック、妙なガキが事務所に入っていくぞ」
「ガキ?」
「赤いパーカーの女の子だ。ガキのくせに、いい太ももしてら」
先ほど、男達に囲まれていた少女だろうか。ジードとなにか関係がある?
私は思考する。が、情報が圧倒的に足りない。
「おおぉ!? なんだアイツ!?」
「どうした」
私は事務所前が確認できない場所に待機しているため、何が起こっているか把握できない。
ユウトが素っ頓狂な声を上げる。信じられん、と通信機から小さく聞こえた。
*
ジードの事務所前には二人の警備員が暇を持て余していた。ザックとフレッド。
曲がりなりにも、ココは富裕層の街。何かが起るわけがない。
そうタカをくくっていたので、ザックはうとうと船を漕ぎ、フレッドは新聞を読んでいた。
「おい、ザック」
「ん? なんだ?」
眠そうに答えるザック。フレッドは新聞から顔を上げずに言う。
「さっき、警察のサイレンがならなかったか?」
「あぁ? なったっけ?」
「鳴っていたような気がするんだが」
「そりゃ、多分気のせいだよ。ここは、境目とはいえ、ブルジョワジーの街だぜ」
「それもそうだな」
フレッドは新聞を読むことに集中した。
――殺人事件三件。目撃者は赤い服をきた女性を見たと証言しており――
どうやら富裕層の方で起こった事件らしい、どうりでニュースになるはずだ、物騒なことだ、とフレッドは思った。
新聞に集中していたからか、フレッドは少女が隣を横切ろうとしたのをかろうじて、気づいた。ザック至っては何も反応しない。完全に寝てしまったのだろうか。
「ちょっと、お嬢ちゃん」
あわてて新聞をホオリだし、少女の手を掴み、止める。赤いパーカーに太ももが根元から丸出しのホットパンツ。なかなかパンクな格好の女の子だ、とフレッドは思った。
「離して」
少女はぴしゃりといった。
「そうはいかない。ここは君みたいな女の子が入れるところじゃないよ」
少女の目が、フレッドの目を捉える。青い瞳が、じっとフレッドを見つめる。
「痛いわ、離して」
懇願するような声。フレッドは思わず、少女を掴む手を緩めた。それが間違いだった。
フレッドは視界が二つに分かれるのを感じた。。
*
「おいおい、あのガキ、大剣で警備員を真っ二つにしたぞ!」
「何?」
襲撃者。少女、イレギュラー。ジードに恨みをもつ者か? 頭に様々な可能性を浮かべる。
ユウトの驚愕した声が通信機から漏れる。
「寝ていた方の警備員は、もう死んでる。レーザー銃か? サイレンサーでも付けてたのか。まったく気づかなかった。ガキが事務所に入ったぞ。どうする?」
「狙いがジードだとすれば、殺されるかもしれん。奴に死んでもらっては困る」
「金の出処がわからなくなって、所長にどやされるな」
「ユウト、監視場所から撤収、少女を止める。三十秒後、事務所前」
「了解」
ユウトとの通信が切れる。
エアカーから飛び出て、事務所前に向かう。
まったく、面倒なことになってきた。
まだ続きます。拙い文章ですが、よろしくお願いします。