取り立て屋
「おやっさん、ラーメン一杯、いくらだい?」
「九時間だよ」
中国風の格好をした店主に、クレジットカードをわたす。店主は顔をしかめた。
「うちはカードを扱ってないんだよ」
そう言われて、渋々、スーツを脱ぎ、シャツのボタンを外し、胸をはだけさせる。胸の中央部には、銀色に輝く、円形のパネルがあった。
店主はパネルに手を置くと、緑の文字が浮かび上がる。
――支払い。合計寿命、九時間。(税込)
「領収書はいるかい?」
店主の言葉に首を横に振った。店主は、はいよ、と答えた後、鮮やかな手並みで作業をすると、あっという間にラーメンを差し出した。恐らく三分もかかっていまい。
「へい、お待ち」
店主が差し出したラーメンは、熱々と湯気が立っており、短時間で作られたにもかかわらず、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。腹など減るはずがないのに、無性にラーメンを食いたくなった。
「いただきます」
日本では必ず食事の前にはこういうんだぜ、と言っていた相棒のことを思う。彼の地では、神が八百万とおり、米粒一粒にも神が宿っているという。そうしたものに感謝するのだ、と偉そうに話していた。
ラーメンをすする。醤油の味がした。
食事は実に二年ぶりだった。相棒を待つ間、ふと、このラーメン屋が目に入った。今時一つの嗜好品をメインにおいた店は珍しかった。赤い暖簾を見ていると、なぜだか、唐突に食べたくなった。自分に食欲など、残っていたのか、と少し驚いた。
スープまで飲み干したところで、肩に手を置かれる。手の甲には、銀色のパネル。
振り向くと、全身黒いスーツで、黒髪の東洋人の男が、まるで珍獣を見るような目で私を見ていた。相棒のカタナシ・ユウトだ。
「おいおい、ジャック。お前が、飯を食ってるだと?」
ユウトは私がこんな風に食事をとるのが余程変に見えたのか、私の全身を、まるで本物か確かめるようにジロジロと見た。
「たまにはな」
丼を置き、懐から、半分になったタバコを取り出す。一本あたり、一時間半もする、貴重な嗜好品。こうして一日一本だけ、ちまちまと吸っては火を消し、大事に味わっている。
そんな私を見て、ユウトは西洋人のように肩をすくめた。
「そっちのほうがあんたらしいぜ。食事なんて。しかもラーメンかよ。これインスタントだぜ?」
タバコをフィルターギリギリまで吸い終わると、私は席をたち、店をでる。その後ろをユウトがついてくる。
私は店にかかっている、赤い暖簾を指差して言った。
「これは魔法の布だな。見ると、ないはずの食欲が湧いてくるきがする」
ユウトは何度が瞬きした後、喉から笑い声を漏らした。
「魔法の布、ね。確かに。あんたを客寄せしたんだから。そうかもな」
そんなユウトの様子に、私は馬鹿にされているような気がした。少しむっとして、エアカーのロックを解除すると、荒々しく扉を開けた。
「なんだよ、怒ったのか」
「私は普段、お前のファンタジーの話に付き合ってやっているのに、私がすると、笑うのか」
「俺の話はファンタジーじゃなくて、神話。日本の神道っていう宗教のお話さ。魔法や妖精とはまったく違うね」
へらへら笑うユウト。私は無言でアクセルを踏んだ。ユウトは衝撃で舌を噛みそうになる。「おい」そう言って顔をしかめる相棒を見て、少しすっとした。
「次は?」
空中高速道路に上がったところで、ユウトに尋ねる。ユウトはリストをパラパラめくり、次の破産者の住所を読み上げる。私は、了解、と一言、告げた。雨が降ってきた。目的地に向かうまで、二人共無言だった。
ストリート・ストリート。貧困街と私たちの街とのちょうど境目にある町。貧困街の住民で、ましな生活をしている奴らはここで、寝泊まりし、私たちの街で落ちぶれた人も、ここに住む。私たちが今から訪問する人間も、元は私たち側だった。
あばら家のドアを優しくノックする。間違って強くしたら壊れてしまいそう、それほどに、ボロい。
「ミスター・ハワード?」
返事がない。木製のドアは沈黙を保ったままだ。
「ハワード・コミネッティ。いるのはわかっている。居留守を決めこんでると、レーザー銃でドアをぶっとばすぞ」
となりの相棒が物騒なことを言う。彼は、仕事のことだけ、かなり短気になる。
「ミスター、いませんか?」
返事はない。しょうがないので、裏から回ろうと相棒に提案しようとすると、ユウトはドアを蹴り破った。
「おい」
一応、咎める、特に文句は言わない。この方が早い。それは私も十分にわかってはいる。が、あまりスマートではない。
「コミネッティ! このフランスかぶれ! 出てこないと、レーザーをケツにブチ込むぞ!」
あばら家の内部は外装とちがって、小奇麗だった。赤い絨毯が引かれ、白い壁は汚れ一つない。そこらじゅうに美術品が置いてあり、私でもしっているような絵画や彫刻が、山ほどあった。
部屋の奥に進もうとすると、彫刻のバリケードがあった。これでは前に進めない。
「この彫刻邪魔だな」
ユウトは懐からレーザー銃を取り出し、構える。私は顔をしかめるが、静止はしない。
「待った! 待ってくれ! 撃たないでくれ!」
慌てたように、小男が、彫刻を乗り越えて現れた。禿げ上がった頭に脂汗を浮かべ、額のクレジットパネルが銀色に光った。小男は怯えるように私たちを見ていた。
「ハワード・コミネッティだな?」
私は尋ねる。小男はガクガクと頭を縦に振った。
「返済のめどはついたか?」
そう聞くと、手をもみ、媚びるような笑いを浮かべた。
「オッケー。もう喋らなくていいぜ。ここで、残りの寿命を全部頂いちまうから」
レーザー銃をつきつけるユウト。青ざめるコミネッティ。私はため息をつきながら、相棒を静止する。
「あぁ、ミスター。私としては平和的にことを終えたくてですね。あなたが借金したクレジット、寿命百二十年分。きっちりと払っていただければ、すぐにでもこの場所からいなくなります」
「しかし、そんなに払えない。払ったら、私は死んでしまう」
「そうか、じゃあ死ね」
再びレーザーをつきつけ、コミネッティの額を掴むユウト。クレジットパネルから、無理やり寿命を吸い出そうとしている。緑の文字が浮かび上がる。
――寿命経過年数 百六十五年 七ヶ月 三日 一時間 四分 十一秒
――残高 十年 二ヶ月 七日 三時間 二分 四十九秒
どうやら、クレジットが足りないのは本当のことらしい。ユウトに頭を持ち上げられて、ぶらぶらとおもちゃのようにぶら下がったコミネッティは、すがるように私の方をみた。
「助けてくれ」
「おい、やめろ」
やりすぎだ。そう、目で訴える。あまり度が過ぎると、銀行屋がやってくる。それを十二分に自覚しているユウトは、コミネッティを床におろした。
「お願いだ。殺さないでくれ。頼む。なんでもする。」
小男はがたがたと震える。私はその様子をみて、本題を切り出す。
「ええ、もちろん。殺しましませんよ。仮に、あなたの残り寿命をすべて回収しても、借金額の半分もいかないでしょう。そこでですね、あなたの美術品をすべて、ゆずっていただきたいのです。そうすれば、借金はチャら。どうです?」
小男は青い顔を黄色くしたり、赤くしたり、目をギョロギョロと動かして、思案していた。この期に及んで、損得勘定か。
「しかしだね、すべてというと、すこし、厳しくはないか? 今の世の中、とりわけ私は美術品がなければ、精神的飢餓を乗り越えられそうもない。なぁ、後生だから」
がちりと音がする。ユウトが安全装置を外した音だ。
「わかった。すまない。調子にのった」
小男は哀れなほど、小さい体をさらに小さくして縮こまった。
「ミスター・ハワード。私たちとて鬼ではありません。美術品のすべてだと確かにおつりがくる」
小男が希望にすがるように私を見る。私は目をそらした。
「そこの彫刻以外すべての美術品を借金と引換に、お預かりします。それでいいですね?」
小男の顔色は真っ白になり、力なく頷いた。
これでようやく、今日の仕事は終わった。
*
「お帰り、ジャック、ユウト」
事務所に戻ると、所長がわざわざ出迎えに出てきた。彼女はブルーのスーツに、長いブロンドの髪。体つきは女性としては理想的な、出るとこは出ていて、余分な出っ張りはない。おまけに超がつく美人だ。性格を除けばな、とユウトは昔そういって、所長に半殺しにされたことがある。
「只今戻りました。所長。ハワードの件、片付きました」
私がそう言うと、体をくねらせて、蛇のように絡みついてきた。大きく開いた胸元には銀色のパネルが艶めかしく光っていた。
「お疲れ様。美術品はあとで業者に回収させるわ。それでね、ジャック。申し訳ないのだけれど、またお願いがあるの」
私は彼女の頭越しに、ユウトを見る。ユウトは口パクで、断れ、と私に伝えた。
「所長、申し訳ないですが、ユウトも私も、連日働き詰めでして」
「そんなことは知っているわ。私はお願いしたいの。わかるでしょ?」
所長の端正な顔が近づく。彼女の目は有無を言わせない力強さを持っていた。私は諦めて頷いた。
「よろしい」
彼女は私を突き飛ばすように離れると、デスクから書類を取り出し、ユウトに押し付ける。
「読んで」
「ちょっとまってくれ、ボス。ジャックの奴が承諾したからといって、俺がやるとは言ってないぜ」
「読め」
「イエスマム」
ユウトはおとなしく従う。以前半殺しにされた恐怖が忘れられないのか、普段からは考えられないほど、おとなしく命令に従った。
「ボス、こりゃ、ジードの会社の調書ですか?」
ユウトが驚いたように言った。
寿命貸し屋、ジード。うちのライバル会社で、黒い噂の絶えない男。
所長は苦虫を噛み潰したような顔をして、ええ、と頷いた。
「ここ最近、あの野郎、羽振りが良くってね。どうも怪しいと思ったら、ビンゴ」
所長がユウトの持っている書類に指を差す。
「あいつ、明らかに貸出過ぎなのよ」
ユウトから書類を受け取る。見ると、確かに、大口の貸出が何件もあった。それらを合計すると異常な数値の寿命を、やつは保有していることになる。
「大企業のグウェン社に、すげえ、こりゃ貴族じゃないか。ウェルバー・ストライプマン」
ユウトは日本語で、マジかよ、(確か驚嘆した時につかう言葉だ)とつぶやきながら、リストを見ていた。
「もうわかっていると思うけど、ジードの野郎の金の出処、つきとめてよね」
所長が肉食獣のような笑みを浮かべる。それ以上は言わなくてもわかるでしょうと、私を一瞥する。出処をつき止めて、すべて奪え。そういうことだ。
ユウトは鼻息荒くして言った。
「ボス。これ、もし突き止めたら、かなりの儲けですよね? ボーナスとかも期待してもいいですよね?」
「ええ、もちろん。その変わり、スマートに仕事をこなして頂戴。ジャックを見習ってね」
私にウィンクする所長。ガッツポーズを取り、やる気に満ち溢れるユウト。
私は無性にタバコを吸いたくなった。
投稿スピードは遅いです。拙い文章ですが、頑張ります。