工房と親方
2015/01/06 改行を本編に近い形に修正。字下げ、句読点の位置を修正。
ラウンジっぽい所を出て、砂時計の前に行く。
あいかわらずデカい。
初めて見た時はかなり驚いたものだ。
聞いたところ六時間計らしく、高さも一メートル近くはあるだろう。
この世界では時間を計る道具が砂時計しかないようで、今が何時であるといったことが一切わからない。
この宿でも日の出と共に砂時計の砂を落とし始め、二時間立ったら朝食、砂が全部落ちたら昼食といった形になっている。
この世界の一日は地球と同じ二十四時間だ。どこかの誰かが砂時計で計ったらしく広く知られている。ちなみに一秒の長さは、魔法を連発で使用する際、次の魔法が使用できるまでの間から定義しているらしい。
特に魔法使用不可時間に呼称はないらしいが、リキャストタイムやディレイといった所だろうか。そのリキャストタイムはどんなに修行をしても縮まらず、魔法を使用するものにとっては一律で同じらしい。それもあって一秒の尺度として採用されたのだろう。
魔法か。
俺にも本当に使えるのだろうか。
ケレーレンは以前、俺にも魔法が使えると言っていた。教えてあげるともいっていたが、なんだかんだ先延ばしにされてしまっている。いつ教えてくれるのだろうか。使えるものなら使ってみたい。食事の時にでも聞いてみようか。
散歩に行くと言ったが、目的が無い訳では無い。
宿の外。村のはずれにある工房に向かう。前回村に来たときに依頼した物の作成状況を確かめるためだ。
静かだ。前に来たときは金属を叩く音や、親方の怒鳴り声が遠くまで聞こえていたんだが。もしかしたら今日は休みなのかもしれない。
「こんちわー、おやっさんいる~?」
工房の入口を覗き声を掛ける。
「おう、いるぞー」
声と共におやっさんこと、この工房の持ち主である親方が出てきた。
親方は身長が百九十はあろう大きさで筋骨隆々のいかにも職人といった風貌をしている。歳は四十六らしい。顔は怖く、言葉も荒っぽいが気さくでいい人だ。
「リョーダじゃねえか、いつ村にきたんだ?」
「ついさっき、到着した所ですよ。もしかして今日休みでした?」
「いや、もうすぐ日が沈むからな。さっき店じまいしたとこだ」
どうやら閉店後に来てしまったようだ。
「あー、それなら出直してまた明日にしますよ」
「かまわねえよ、火は落としたから炉を使う作業はできねえがよ。どうせこないだ依頼したやつ取りに来ただけだろ」
「そうです、もうできました?」
「おう、難しかったがいいもんが出来たぜ、こっちだ」
親方の後について工房の奥に入る。親方がデカすぎて前が見えない。
中に入って気が付いたが、工房は先ほどまで作業をしていたとは思えないほど綺麗に片づけられている。
「工房はもっときたないイメージありましたけど、ちゃんと綺麗にしてるんですね」
親方のデカい背中に話しかける。
「ははは、いってくれるじゃねえか」
親方が振り返らずに応える。
「いやいや、関心してるんですよ」
「ほんとか、どうせこんな厳ついおっさんは、掃除もしないと思ってたんだろーが」
「ははは、ばれました?」
「ばればれにきまってんだろ、まあちゃんと掃除や片づけをしとかないといい仕事ができないからな」
こういっちゃ悪いが、見た目からはこまめに掃除する所が想像できない。ただとても好感が持てる考え方だ。
厄介になっているケレーレンの家にも工房があるが、俺もケレーレンもある程度散らかってきたら一気に掃除や片づけをする性格なので結構汚い。今なんてゴミ屋敷の一歩手前だ。
「ほら、これだ」
親方が指さす机の上に、依頼した通りのものが置いてあった。一つ一つ、手に取り出来を確認する。
「おお、すごい。想像以上ですよ、ありがとうございます」
簡単な図と言葉で説明しただけだが、ここまでイメージ通りのものが出来るとは思ってみなかった。
作成を依頼したものはミル、尾錠止め、いわゆるピンバックルが二つ、それに黄銅のブレスレットだ。
特にブレスレットに使った黄銅はうまく作れるとは思っていなかった。生成方法は知っていた。だがあくまで知識でしかなく実際に作ったことはない。近いもので、経験があるとするとメッキ加工の実験くらいか。ただ今回は合金の作成なので、比較にならないほど難しいだろう。
「おお、それだよそれ、なかなかうまくいかなくてな。素材として預かってた銀色のやつがなくなりそうだったぜ」
銀色のやつとは亜鉛だ。たまたま手に入ったので生成方法と共に渡していた。親方は閃亜鉛鉱こそ知っていたが、亜鉛の製錬方法は知らなかった。
「にしても、それなんなんだ。銅が金になっちまったぞ、魔法でもそんなの聞いたことねえぞ。錬金術ってやつか」
「これは黄銅っていう合金です。ここでも鋼は作ってますよね。それと同じで金属を混ぜ合わせた結果です」
炉を指でさし答える。
この工房で鋼も作っているはずなので、イメージはわきやすいだろう。
「そうなのか。よくそんなもの知ってたな、自分で見つけたのか?」
「なんかひらめいたんですよ」
見栄を張って先人の知恵を自分の手柄にしてしまった。それにしても適当な答えだと我ながら思う。
「うーむ、すごい発明だとおもうぞ」
褒められるのはうれしいが、自分で考えたのではないので複雑な気分だ。何か落ち着かないのでブレスレットを手に取り、まじまじ見る振りをする。
「とはいえ、素材がなかなか手にはいりませんからね」
「そうなのか、あの銀のやつまだあるなら欲しいんだがな」
「すみません、あれしかないんですよ」
閃亜鉛鉱を見つけたのは偶然だった。もしかしたら鉱脈が近くにあるのかもしれないと探したがまだ見つかってはいない。見つけた閃亜鉛鉱はそこそこ量があったのだが、製錬に失敗してほとんどダメにしてしまった。
親方に亜鉛作りから頼めばもっと結果はよかっただろう。ただ今はまだ亜鉛の作成方法は秘密にしておきたかった。
「残念だな、まあまた見つけたら持ってきてくれよ」
「ええ、その時は他にも作りたいものがあるので、すぐ持ってきます」
親方が「おう、よろしくな」と俺の背中を叩いた。かなり痛い。
痛がっているのを気にせず親方は話を続けている。
「ちなみに、その腕輪はどうすんだ、エルフのお嬢ちゃんにでもプレゼントするのか」
ケレーレンのが親方より年上なんだがな、と思いつつ。そうだと頷く。
「おう、そうだろうと思って。ほら裏みてみろ」
ブレスレットの裏側には文字が彫ってあるようだ。だが読めない。
親方を見るとやけに、にやにやしている。
「これ、なんて書いてあるんです」
「なに? お前文字が読めねえのか」
「もちろん!」
「自信たっぷりにいうことでもねえだろ」
親方は呆れている。何をもって文字が読めそうだと思っていたのだろうか。
確かに俺の周りの人たちは皆文字が読める。だが全体でみると文字が読めない人の方もまだ多い。
「うーむ、まあ渡せばわかるんじゃねえか。悪い事は書いてねえよ」
結局何が書かれているかは教えてもらえなかった。ケレーレンに渡すものじゃなかったらどうするつもりだったのだろうか。
代金として銀板一枚を支払い、親方に挨拶をして工房を出る。そろそろ暗くなりそうだ。
銀板一枚か。
料金は実費込み。持ち込んだ亜鉛以外は工房で用意したはずだが、かなり安いのではないかと思う。
親方がいい経験させてもらったからサービスしとくぜ、と言っていたがサービスのしすぎじゃないだろうか。
今後もここは贔屓にしていこう。そう思いながら宿に向かった。




