初心者の采配
凄まじい砂塵、凄まじい地響き。
その発生源である魔物の群れが、俺達の居る橋を目掛けて殺到してくる。
「ケレーレン!カミロ!」
俺の呼び声に合わせ、二人が魔法を使い始める。
「数はどの程度だ!?」
地響きで聞き取りづらいが、これはバジリオの声か。
数。さっぱりわからん。
わかるのは凄い数だということだけだ。さて、どう答えたら伝わるだろう。
「視界に入る地面を十とすると、四が魔物だ!」
「わかった!」
今のでわかったのか?本当か?わかってくれたなら何も言わないが。
ん?なんだ?
砂塵の切れ目から、緑色の化け物が見えた。
距離が離れているので正確なことはわからないが、かなり大きかった。少なくとも双頭狼の三倍はあったはずだ。
「緑のデカいのがいるぞ!」
「リョーダ!そいつ、武器は持ってるか!?」
バジリオの声。地響きに負けないためか、声量が先程より大きい。
武器か。持っているようには見えなかったが。
「持ってないよ!」
さすがケレーレン。しっかり見ていたようだ。
「武器は持ってない!」
ケレーレンの声量ではバジリオまで届いているとは思えないので、繰り返して伝える。
「皆!双頭狼と緑巨人だ!数は多いが、油断さえしなければ勝てる!」
本当なのか、バジリオよ。数がわかってないんじゃないのか?多いにも程があるぞ。
地響きが大きくなるにつれ、おびただしい数の双頭狼が砂塵から姿を現す。
姿をはっきりと確認できるのは双頭狼だけだ。緑巨人は足が遅いのかもしれない。
連携する頭がないのか、その気が無いのかはわからないが、別々に襲ってくるのは好都合だ。
ほとんど聞き取れないが、ケレーレンが延々と何か呟いている。
魔法の詠唱でもしているのだろうか。そんなものあるのか?
っと、そんなことは終わってから考えればいいことか。
石らしき物体が、まるで太陽の周りを回る惑星のようにケレーレンを芯にして高速で旋回しつつ、その数を増やしていく。
大きさは手で握り隠せる程度だろうか。そこまで大きいものでは無い。
そろそろ敵がケレーレンの射程に入る距離だ。
この間の魔法に比べ射程が短いのは、出現させた石の数の差だろうか。
指輪に魔力を込め、向かってくる双頭狼を標的として認識すると、赤いターゲットマークが二つ首の狼に次々と表示されていく。
見える範囲は全て網羅できただろうか。
うっぷ。まずい……目眩がしてきた。吐き気もする。
あまり長くは持ちそうにない。早めに数を減らさなくては。
全部で六百七十二匹か。多すぎだろ。
あれ?何で数が?
ケレーレンが双頭狼の群れに向け、手を真っ直ぐ伸ばす。それに合わせ、高速で旋回している無数の石が、遠心力に従い前方に飛び出していく。
凄まじい光景だ。ケレーレンの元から飛び出した石が、双頭狼に近づくにつれ、縦横無尽に動きながら目標に向かっていく。
一つ、また一つと石が双頭狼に命中し、その度に破裂音が辺りに響く。
凄すぎる。石が当たって出る音ではない。一体どれだけの威力なのだろうか。
ターゲットした数がどんどん減っていくのを感じる。具体的な数までわかる。
死ぬと勝手に外れるのか?いや、空間にも表示は出来るからな。どういうことだろうか。
残り、百八十三匹。
おかしい。双頭狼の死体が一つもない。
いくら当たった個所が消し飛んでいるとはいえ、全てが消滅したわけではないだろう。
全然当たらなかったのか?いや、双頭狼の数は感じている通りかなり減っている。
わからないことは置いておくしかないか。倒しているのは間違いないはずだ。
視認出来なかった第二陣も見えてきた。第一陣の生き残りを合わせると、総数三百十九。
ケレーレンが再度、詠唱を始めている。
先程と同数の石を出す時間はないだろう。ある程度のところで撃ってもらわなくては。そろそろ、次の段階に入る。
「ケレーレン!」
合図と共に、ケレーレンが石を飛ばし、荷台近くまで後退する。
石は次々とターゲットマークに吸い込まれ、双頭狼を消し飛ばしている。地面までえぐりとっているのは、距離が近くなった分、威力も増しているからだろうか。
もうすぐ一つめの罠、地雷が発動する。
威力と効果を見定めてから、みんなと合流だ。
赤と黒の爆炎。腹の芯に響く爆発音、間を置いてやってくる熱風。
双頭狼の悲鳴とおぼしき音も聞こえるが定かではない。
予想外の威力だ。爆煙が凄すぎて何も見えない。
これは俺の知っている地雷ではない。どうみても爆弾だ。
魔物は全て吹き飛ん。まずい!
油断した。煙の中から双頭狼が一匹飛び出してきた。
ケレーレンへの後退の合図が間に合わない。
ただ見ているだけだ。頭も体も満足に働いてくれない。
ケレーレンによる双頭狼への一撃。
降り下ろされた斧が、双頭狼を真っ二つにし、橋に突き刺さる。
その斧の柄を踏み台にして、ケレーレンが飛び上がり、荷台の上に居る俺を抱えて後退する。
抱えられながら見えるのは、続々と荷台の陰から飛び出してくる双頭狼。そろそろか。
「カミロ!ファイヤー!」
ケレーレンにだき抱えられたまま、カミロに合図を出す。
ファイヤーは起爆の合図だ。この合図で起爆と防御を行う手はずになっている。
ケレーレンが着地と同時に、氷の壁を出現させる。
くそっ!まずい!
ケレーレンの急停止に対応できず、着地に失敗して氷壁の守備範囲から出てしまった。
凄まじい爆音と共に、荷台が吹き飛ぶ。
ぐっ!
針で刺すような鋭い痛みが頭に走る。破片でも当たったか?
とはいえ、怪我を確認する暇など無い。
白い衝撃波がこちらに向かってくる。超高温の水蒸気だろう。
俺に残った手段はウェットスーツだけ。
両腕で頭を覆いつつ、後ろ向きになり、体を屈める。
熱い風が頭と手足を襲うが、耐えられない程ではない。
想定より、熱も衝撃も弱い気がするのは距離のせいだろうか。威力が低かったとは思いたくない。
バジリオ達が前進していくのが視える。俺とは違い、防御に問題はなかったようだ。
立ち上がって振り返ると、目の前に大きな壁ができていた。
いや、違う。
壁だと思っていたのは、俺を庇ってくれたポイだ。
橋に面している部分が酷い火傷になっている。
「すまん」
座りこんでいるポイの頭を撫でる。
馬の表情はわからないが、喜んでいるように感じる。俺のせいで怪我をしたというのに。
「ケレーレン!ポイの治療を!」
俺が叫ぶとケレーレンが直ぐに来てくれた。これで安心だ。
まさか回復魔法が馬に効かないということは無いだろう。
俺の指揮はここまでだ。やるべきことはやった。
「バジリオ!あとは任せる!」
バジリオは剣を振り上げ、俺の声に応えてくれる。
指揮が終わったとはいえ、お役御免になった訳では無い。俺も戦線に復帰しなくては。
出来ることは少ないかもしれないが、注意を引くことくらいはできるはずだ。
くそ!妙にフラフラするのは衝撃のせいか?
敵は残り二十三匹。その内、緑色の巨人が五体。あれが緑巨人ということか。
緑巨人か。双頭狼もそうだが、そのまんまだ。わかり易くはあるが。
俺には、ハル……いや、トロルの方がしっくりくる。
バジリオ達が双頭狼を一匹ずつ着実に処理していく。見ている限り心配は不要そうだ。
ベアトリスが、双頭狼の左頭から繰り出される咬みつきを捌き、右側の頭にアッパーを見舞う。その後、回転しながら空中を舞う双頭狼に、剣を使った横なぎの一撃。
ベアトリスと戦っていた最後の双頭狼が消滅した。
砕け散ったように見えたのはなんだったのだろう。
残っているのは遅れて到着したトロル。
デカイ。王女より頭二つ分はデカイぞ。数こそ少ないが強敵そうだ。
ベアトリスとマヌエルで一匹。
カミロとファビオで一匹。
バジリオと王女は単独でトロルを一匹づつ相手にしている。
おいおい。ここまで来て王女に何かあったら洒落にならん。
とはいえ、誰も王女の援護には行けそうにない。
今、自由に動けるのは俺だけ。
その俺にも残りの一体が近づいてくる。ニタニタした顔がとても恐ろしい。
まるで「あそびましょ」と言わんばかりのリズミカルで軽快な動きが、怖さを倍増させている。
目の前まで接近されてしまった。頭は働くのに、足がすくんで動けない。
トロルが腕を大きく振りかぶる。
ああ、これはパンチだ。右の打ち下ろし。こんなの受け切れるのだろうか。




