出発前夜
「装備ですが、このまま部屋に持って行きますか?それとも明日の朝、出発するときにケレーレンさんの装備と一緒に受け取りますか?」
コリンが言うには、店側で明日の朝まで預かってくれるようだ。さてどうしようか。
「盾と武器だけ部屋に持っていくわ。それ以外はケレーレンと同じで」
盾はちょっといじりたいので部屋に持っていくことにし、棒は特になにもしないが、預けるほどでもないので手元に持っておくことにした。
「わかりました。そのほかをお預かりします」
持っていた盾と棒を床に置き、防具をはずしていく。
「じっとしてて」
脱げずにじたばたしている俺を見かねて、ケレーレンが手伝ってくれた。
「着るのもそうだけど、脱ぐのも大変だな。これは」
「慣れてくれば、簡単になりますよ」
そりゃそうだろうが、その慣れるまでが大変そうだ。
「はい、これで最後」
「ありがとう」
ケレーレンから装備を受け取り、カウンターの上に置く。
「じゃあこれ頼むわ」
カウンターの上に置いた装備を指さして、コリンに預かってもらうようにお願いする。
「はい。宿の方に運んでおきます」
「よろしく。あとこっちの会計もお願い」
「じゃあ、戻ろ」
「ああ、ごめん。ちょっとコリンに用事があって。先に戻ってる?」
「ううん。待ってる」
「悪いね。すぐ終わらせるから」
「用事ってなんでしょうか」
不思議そうな顔をしているコリンに二枚の紙を差し出す。
一枚にはミルの設計図が書かれており、もう一枚は組み立て方が書かれている。どちらも俺が書いたものだ。
「こちらは設計図ですか?こっちは……何でしょうか」
わからなくて当然か。片方が設計図だと分かっただけ、たいしたものだ。
コリンに二枚の紙を説明する。
設計図については、工房の親方にこの紙を渡せば同じものを作ってくれる事を伝える。
組立図は図解になっている。ただ、説明箇所が日本語で書かれているので言葉で説明していく。
この紙があれば問題なく組み立てられるはずだが、王都から戻ってきたら一度実物で説明しておいたほうがいいだろう。
「ありがとうございます。これなら大丈夫そうです。何かわからない事が出てきたらまた教えてください」
「ああ、遠慮なく声かけてくれ」
コリンと握手をかわし、店を後にした。
部屋に戻る途中で、細かいものを買うのを忘れていたことを思い出し、大急ぎで店に戻る。
ケレーレンは飽きれたような顔をしていたが、付いてきてくれた。
幸いコリンがまだ店に居たので、欲しいものを購入し、部屋に戻った。
買ってきたものを机に並べていく。
もう眠くなってきたが、今日中に盾とバックパックの改良を済ませておきたい。
まずは盾だ。買ってきた盾に布を取り付けて背負えるようにする。
さすがに左手で持ちっぱなしというのはごめんだ。
これは簡単。盾を持つところに布を通して結ぶだけだ。
本当ならリベットと革を使ってちゃんとした物を作りたいが、この時間に金属を叩くような工作をするのはさすがに大迷惑だろう。ちなみにリベットは工房で捨てるはずの金属片を貰ったものだ。
「ねえ、なにしてるの?」
ケレーレンが、椅子に座っている俺の肩越しに顔をだして尋ねてきた。
左を見るとケレーレンの横顔が。見慣れているとはいえ、さすがにこれだけ近いと年甲斐もなくドキっとしてしまう。サラサラで美しい銀色の髪が、俺の肩と顔を撫でている。
「あ、ああ。盾を持ちやすくするように改造をね」
ふーんといって、ケレーレンはベッドに戻って行く。興味なさそうだな。
「そういえば、王都まではどれくらいかかるんだ?」
「うーん。ふもとの街まで一日、そこから馬車で四日ってところかしら」
馬車か。俺は車酔いしやすいんだが、馬車はどうなのだろうか。
「案外遠いんだな。馬車に乗っている間はずっと野営で王都まで?」
「ううん。途中に街が二つあるから、そこに泊まっていくと思う。ただ、最低一回は野営することになるかも」
「なるほどね。ちなみに馬車って結構揺れる?」
「道次第だから、なんともいえないけど」
そりゃそうだ。ただ、道が舗装されているとは思えないから覚悟しておかないといけないかもしれない。
「ちなみに車輪は何でできてるの?」
「え?気にしたことなかったけど。多分鉄だと思う」
ああ、これはすごい揺れそうだ。ゴムタイヤとは空気入りタイヤとは無いよな。サスペンションもなさそうだし。
「揺れたらなにかまずい?」
「いや、あんまり揺れると酔っちゃうから」
「お酒飲んで乗るつもりなの?」
ん。乗り物酔いって無いのか。それとも馬車は酔わないのか?
「そういう事じゃなくて。揺れると気持ちが悪くなるってない?」
「私はないけど……そういえば昔馬車に乗ったときに、ヘレンがそんな事を言ってた様な」
ケレーレンは酔わないのか。羨ましい。そしてヘレンは俺と同じく乗り物酔いするのか。明日の朝、会う機会があれば聞いてみよう。
「馬車に乗ったことないの?」
「ないよ」
馬車なんて乗る機会は無かったな。乗りたいと思ったこともなかった。
「じゃあなんで、揺れると気持ち悪くなるってわかるの?」
「ああ、昔船に乗った時に……ね」
さすがに自動車と言ってもわからないだろうし、船も嘘じゃない。
船、あれは悪魔の乗り物だ。
「船は乗ったことない。見た事はあるけど」
まあ山の中に住んでりゃそうだろうな。
「今度一緒に……」
「ん。なんか言った?」
「ううん。なんでもない」
最後まで言えばいいのに。ただ、ケレーレンには悪いが俺は船には乗らないぞ。船はやばい。酔うとかそういうことを超越してやばい。胃の中も魂も空になる。
ここを結んで。よし!盾はこれで完了。
次はバックパックだ。これには背負った時の負担を和らげる為に、ウエストベルトを付ける。工房で作ってもらったバックルの出番がやっときた。
これは革や布に穴を開けたり、縫い付けたりしなければいけないので、結構大変だ。
バックルは二つあるので、ケレーレンのバックパックも借りて作業を進める。
「ねえ。リョーダ。王都についたら何かしたいことある?」
「ん、ああ。役割だっけ。それかな」
「じゃあ、神殿ね。他には?」
「色々と王都を見て回りたいかな。あとは買い物かな」
「まだ何か買うの?」
なにか含むことのある言い方だな。倹約家のケレーレンにとって俺の浪費癖は目に余るものがあるのだろうか。欲しいものが目の前にあって、買うお金もあれば買っちゃうのは仕方がないだろう。
「ああ、本をね」
「本は高いよ。でも何に使うの?」
「文字を勉強しようと思ってね。言葉と同じ様に教えてくれる?」
「いいよ」
「ありがとう。よろしくな」
ケレーレンは本当に根気よく、そしてやさしく教えてくれる。
何もわからなかった俺を、ここまでにしてくれたことには本当に感謝しており頭が上がらない。
本当は、何か恩返しをしたいと思ってはいるが、何をすれば喜んでくれるのだろうか。
「うん。じゃあ、一緒に回ろ」
「ああ。楽しみだな。そういえば王都ってどんな街なの?」
「え、十年前のことしかしらないから」
「それでもいいよ」
十年程度じゃ、たいして変わらないだろう。聞いておいて損はないはずだ。
これは。ぐっ。革に穴が開かない。
「ね。リョーダ。聞いてる?」
む。穴あけに集中してて聞いてなかった。
「聞いてるよ」
「でね。そのときヘレンが王都にある――」
「――で、ファビオが慌てちゃって――」
うお。あぶね。手に針が刺さるところだった。
「聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる」
本当は全然聞いてない。なにか言っているのはわかるが、内容は右から左に抜けている。聞くつもりはあるのだが、頭に入ってこない。
「――の料理を――で、――思う?」
「聞いてる、聞いてる」
バックルが真っ直ぐ付かない。布にかみ合わせようとするとずれてしまう。
「ミ――ちゃんってかわい――ね」
「ん。聞いてる、聞いてる」
よし、あとは長さを調節するだけだ。
「ねぇ。リョーダ。私あなたのことが――」
「ああ、聞いてるよ」
よし、出来た。我ながら良い出来だ。
「かなり良い出来に仕上がったぞ」
ケレーレンに完成品を見せるため、ベッドの方に振り返り、バックパックを前に突き出す。
ん?あれ?なんかケレーレンがめっちゃ俺の事を睨んでいる。怒ってる?なんで?
「聞いてなかったでしょ」
「いや、聞いてた……よ?」
ああ。聞いてなかった。怒っている理由はこれか。
「じゃあ、さっき答えは?」
答え?なにか聞かれてたのか?クイズか?
正解は越後製菓!では無い事は確かだろう。
さてどうしよう。
素直に聞いてなかったことを白状すべきか。
それとも返事を先送りして、うやむやにしてしまうか。
「ごめん。聞いてなかった」
ケレーレンが立ち上がり、俺が先ほど買った金属棒を手に取る。
え、あれ。ケレーレンさん。もしかしてそれで折檻でしょうか。そんなので殴られたら死んでしまいます。
ああ、あれか、死なない程度に殴って、回復してまた殴ると。
ケレーレンが金属棒を俺の右肩に押し当てる。とてもいい笑顔だ。何が起こるのだろうか。
覚悟を決めて、じっとケレーレンを見つめる。悲しみと憐みの色が見える。そんな気がするだけだけど。
バチッと何かが弾ける音と共に、呼吸ができなくなり全身が硬直する。
まるで全身に稲妻が走ったような痛みを感じ、意識が遠のいていった。




