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ウンディーネとお土産

 機嫌の良いウンディーネに、異世界について何か心当たりがないか聞いてみた。


 ウンディーネは、異世界へ移動する能力はあると言った。

 ただ、方法についての記憶は持っていないらしく、他の精霊原種に聞いて欲しいとのことだ。


 どうやら精霊原種は分裂すると記憶自体も半分になり、ウンディーネも昔の事は部分的にしか覚えていなかった。

 ただ記憶というのはある程度まとまった単位で分かれるらしく、一人の精霊原種が異世界へ移動する方法に関する記憶の全てを持っている可能性が高いので、何人もの精霊原種を探す必要はないだろうと言っていた。


 異世界へ移動する能力で日本に帰れる保証は無いし、その能力が俺に使えるかはわからないが、当面の目標が定まった。

 この散策は、主に暇つぶし。それと良いものがあれば採取するつもりで来ただけだったが、予想外のいいお土産が手に入った。


「そういえば、今集めてる樹液って何につかうの?」

 ケレーレンが話題を変えようと、話が途切れた隙を縫って来た。

 表情はいつもと変わりないが、ウンディーネとは対照的に機嫌が悪い様に感じる。

 異世界への帰り方を聞いているからなのか、はたまた俺がウンディーネとばかり話をしているからなのだろうか。


 ウンディーネも次の話題に興味深々の様なので、カエデの樹液からメープルシロップが作れる事、又、そのメープルシロップで何をするかについてを説明した。


 ケレーレンが甘いものを食べる所を見たことは無いし、ウンディーネなんて食事が必要なのかすら怪しいが、どちらも何に使えばおいしいかを熱心に議論している。


 時折、どっちの案が良いと思うか問われるが、正直やめてほしい。

 片方の意見に賛同すると、もう片方の機嫌が悪くなり、どっちでもいい的な返事をすると両方の機嫌が悪くなる。

 正答はこれだと思い、第三案を提示してみたが「そんなこと聞いてない」と一蹴されてしまった。


 ウンディーネも俺と同じで、本当はどっちでも良いと考えている様に思える。

 おおよそ、俺を困らせるべくわざとケレーレンの意見に対案を出しているのだろう。

 その証拠にウンディーネは自分から先に意見を言わない。


 とはいえ、ケレーレンの案を肯定すると、ウンディーネは露骨に嫌な顔をするので本当に始末が悪い。


 結局、双方を平等に肯定することにした。

 もちろんばれない様に交互に、では無く、二人の肯定・否定ポイントがイーブンになるように努めた。

 

 シロップ議論を話半分で聞きつつ、どうやってここから抜け出すかを考えているが、いい案は思いつかない。


 結局思いつく最善案で抜け出した。

 ケレーレンとウンディーネ、双方のポイントが同じになった時点で、樹液の様子を見てくると言う至って平凡な案だ。

 とはいえ、カエデの木はケレーレン達がいる場所のすぐそばにあるので、流れ弾が飛んでくる可能性があるが、これはどうしようも無いだろう。


 容器を見ると、樹液は結構溜まっていた。

 溜めている容器が溢れたら順々に次の容器に零れる様にしておいたが、既に三つ目の容器に半分程溜まっている状態だ。


 樹液はもうこの位でいいだろう。思ったより溜りが早く驚いた。

 

 樹液が溢れている二つの容器から、三つ目の容器に樹液を少し移してから蓋を閉める。

 容器から漏れない事は、水で確認しているので大丈夫だろう。


 樹液を取るのに開けた穴に、カエデの葉っぱを詰めておく。

 正しい行動なのかは不明だが、なにもしないよりはいいのではないかと思った為だ。


 ケレーレンの切った木は、もうどうしようもないので見なかったことにした。


 ケレーレン達から少し離れた所の湖の水で、容器と手を洗う。さすがにベタ付いたままで、バックパックにいれたくは無い。


 二人が、何でそっちで洗うの、という表情で俺を見ている。

 巻き込まれたく無いからだ。ウンディーネはそれくらい察して欲しい。いや察していた。

 その証拠に「私達の話に巻き込まれない様にしているからでしょ」とケレーレンに言っている。やめてくれ。後で何を言われるか。


 ケレーレンがむすっとした表情になった後、ウンディーネの方を向き、また何か話し始めた。


「はぁ」

 思わず溜息が出てしまった。よかった二人には見られていないようだ。


 俺が二人のそばに行くと、ケレーレンがツンとそっぽを向いてしまう。拗ねているようだ。

 ケレーレンに色々話しかけてみるが、取り付く島もない。何でここまで拗ねるのかと思ったが、きっとウンディーネに余計な事を言われたからだろう。


 打開策を探す為に、拗ねたケレーレンと取り繕う俺をニヤニヤ見ているウンディーネに何の話をしていたか聞いてみる。

 どうやら服装の話をしていた様だ。

 服の話とはいかにも女の子らしいと思うが、実際の話の内容としては、鎧の意匠の話だったりするのでどこか違う気がする。

 だが、ちょうどいいのでウンディーネの着ている服について色々聞いてみる。初めて見た時から気になっていたのだ。


 ウンディーネの服の原料は水で出来ているらしく、水魔法で生成したらしい。

 触らせてもらったが、まるで絹の様な肌触りで伸縮性も素晴らしい。


 そしてケレーレンがさらに拗ねてしまった。

 服を触っている時に、ウンディーネが「そんな所触っちゃダメ」とわざとらしく言ったからだ。勘弁してくれ。


 肌触りも素晴らしいが性能も素晴らしかった。

 水魔法無効、火炎軽減、衝撃緩和。さらに体温調整機能と、破れた場合に水を与えることで直るという修復機能もある。

 弱点は、寒いと氷ってしまうことと、雷魔法に弱い位だ。


 水系統ならだれでも作れるのかと聞いてみたが、答えは正解であり、間違いでもあった。

 基本的に水系統が使えれば、誰でも作れる可能性はあるが、作るには相応の魔力が必要らしい。

 魔法の水を飲んで水系統がパワーアップしているケレーレンでも、手袋程度のものすら作れないと言っていた。

 

 正直魔法の水より、こっちの方がよっぽど欲しい。

 ダメ元で聞いてみると、あっさりとOKしてくれた。言ってみるもんだ。


 ウンディーネが、着ているワンピースのスカートの裾を掴む。

 まさか脱ぐんじゃないだろうな、と思っていると、ウンディーネがスカートをたくし上げ始めた。それもわざとらしくゆっくりと。


 ケレーレンが「駄目、見ちゃ駄目」と騒いでいたが、すぐ静かになった。

 ウンディーネが、ワンピースの下にさらにもう一枚同じワンピースを着ていたからだ。

 全く慌てない俺とは対象的な、慌てふためくケレーレンを見てウンディーネは満足そうな表情をしている。


「はい、これ」

 ウンディーネから、脱いだばかりのワンピースを受け取る。

 水で出来ているからなのか、ずっしりと重い。


 これを俺に着ろってことなのか。ワンピースだぞ。おっさんの俺が着たら、それこそ只の変態ではないか。

 いや、もしかしたらウンディーネの振りなのかもしれない。であるならば、ここは敢えて乗るのが正しいだろう。


 今着ている服の上からワンピースを着る。

 なにか二人の視線に冷ややかなものを感じる。


「それは、ケレーレンのよ。なんであなたが着るの?もしかしてそういう趣味?」

 ウンディーネが軽蔑する様な目で俺を見ている。


 失敗した。だったら最初から俺に渡すなよ。


 ワンピースを脱いでケレーレンに渡す。ケレーレンは憐れんでいる様な目で俺を見ていた。


 くそ、やられた。全てウンディーネの思惑通りだったらしい。さっきまで冷ややかな視線をしていたウンディーネがほくそ笑んでいる。

 

「ごめんなさい、面白くって。あなたの分を作りましょうか」

 ウンディーネは、笑いを堪えながらどんな服が良いか聞いてくる。


 気を取り直して、服のデザインをウンディーネに伝える。

 少々悩んだがウェットスーツの様な全身を覆えるものにした。


 ウンディーネが俺の頭に手を乗せ、聞いたことの無い言語でなにやら呪文の様なものを唱える。

 だんだんと、体が何かに包まれていくような感覚と同時に体が重くなる。


「はい、出来たわ」

 いつの間にか全身をウェットスーツが包んでいた。


 少々重いが着心地は抜群だ。それに水で出来ているせいかとても涼しい。

 ケレーレンと共にウンディーネに礼を言う。


「リョーダ、そろそろ戻らないとまずいかも」

 空を見上げてみると、日が傾いてきていた。なんだかんだで戻るのに二時間は掛かるはずだ。日が沈む前に村には帰りたい。


「あら、もう帰っちゃうの」

 さびしそうなウンディーネに、戻らなければならない事を伝える。


 弁当の木箱をバックパックにしまい、忘れ物が無いか確認する。


「二人の子供が出来たら連れて来てね。水の祝福をあげる」

 予定は無いんだがなと思いつつ、否定するのも野暮なので、その時はお願いしますと返事をする。


「え、子供って。そんな、え」

 ケレーレンが予想通りの反応を示しているので無視し、ウンディーネに再度礼を言い帰路に就いた。


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