第6話
「僕って生きている価値なんてないくらい無意味な人間だったんだ……。あー、この世の全知全能の神よ。私が生まれてしまったことをお許し下さい。あと、世界中の女の子に僕のような下等生物がモテたいと思ってしまったことを全身全霊を持ってお詫びいたします」
あー。暖かい……。
窓から差し込む西日が僕の汚らわしい心を浄化していくみたいだ。
「そんなに落ち込まないでくださいよ。うっとおしいですね。それに誰だって自分の好きなものをどこぞの不審者に盗られたら怒ります。今回はいい教訓を得たということにしておきましょう」
さて、僕は誰からそうしろと言われたんだっけな凛よ。なんか前回と同じ気がするぞ。
「でもよかったじゃないですか。あんなにも見つめられて……。ドキドキしましたか!?」
「するか! 見つめられてたんじゃなくて睨まれてたんだよ。恐怖で心拍数が上がってドキドキしたがな!」
「ドキドキ違いってことで良しとしましょう。何事も見方を変えれば結果オーライです!」
「何一つ良いことはなかった気がするがな」
やっぱり僕には無理だったのだろうか。そんな絵空事。やっぱりモテ男と僕は本質的に何かが違うみたいだし。僕みたいな凡人は素直に……。
「というか先輩って……フッ、メンタル弱いんですね」
うっ。鼻で笑われた?
「モテたいなんて偉そうに言っておいて、一度冷たくされただけでいじけちゃうなんてどんなメンタルなんだっての」
ははっ、と僕を横目で蔑みながら笑う凛。
「ほんとそんなもんでモテたいなんて……、滑稽としか言いようがありませんね」
くっ!
反論したいが他の誰でもない僕がその通りだと認めてしまっている……。
だけど……。
「僕はどうすればいいんだ! どうしようもないじゃないか! 僕とモテ男はあまりにも違いすぎる。この世はどうしようもないくらいに確固としたものなんだ!」
「フッ。フフ。ハハッ!」
突然、凛が狂ったように上半身を後ろに反らせながら、腹を抱え、まさに抱腹絶倒といったように、笑い声を高らかに響かせる。
「な、何がおかしい!?」
思わず安っぽい悪者のような反応してしまった。
しかし凛は聞こえていないのかなおも笑い続ける。
「本当にどうしたって言うんだよ?」
「フッ。どうしたの、ねえ」
凛は満足したのか笑うのを止め、僕の正面に屹立する。
凛の鋭い視線が僕を射すくめる。それも実際に目元に刃物を突きつけられたかのような、そんな鋭利さを持った視線で。
「どうかしたのは先輩でしょう。あの頃の先輩はどこに行っちゃたんですか? バカな妄想を恥ずかしげもなく語り、モテるために邁進したあの頃の先輩は!?」
急に青春モードに移行した凛のテンションについていけない。しかし凛の言葉の一つ一つが確かに僕の胸へと強く、そして優しく染み込んでいっているのがわかる。
「またあの頃の先輩へと戻ってください! 一度の失敗で折れないでください。先輩の唯一の売りは不幸をもろともしないその愚鈍なメンタルでしょう!?」
そこはせめて屈強とか言って欲しい……。
だが絶叫にも近い凛の言葉が僕の沈んだ心を引き上げてくれる……。口調は激しいのにそれは暖かく、そして慈愛に満ちていた。
「自分を取り戻してくださいよ先輩!! 私はあの日そんな先輩について行くときめたんですから!!」
ドクっ。
心臓を鈍器で殴られたかのような衝撃が体全体を駆け巡る。
フッ。これでは凛が呆れるのも無理はない。
「はは。ありがとな凛。まさかそんなことまで失念していたとはとんだ失態だな。俺の未来のファンを失望させちまうところだったぜ」
「また先輩の脳内妄想ですか?」
「うるさい! 余計な茶々を入れるな」
「あとちょくちょく『俺』とか『ぜ』を使って無理にカッコつけようとするのやめてください。キャラがぶれますし、正直違和感バリバリで鳥肌ものですから」
「そこまで言うか!? せっかく凛のいい話だと思ったのに励ましたいのか貶したいのかどっちなんだよ!?」
折角もいい話だったのにな。
「まあ、とりあえずもう大丈夫だ凛。おかげで目が覚めたよ」
「もう。いつも遅いんですよ先輩は。私の熱いソウルに打たれましたか?」
「ああ。凛のおかげでまた落ち込みそうだったがな」
ドガッ!
突如、入口の方から狭い物置に広がる振動。積み上げられた椅子は崩れ、窓は細かく震える。
この音はおそらく幾度となく聞いてきた入口のドアの悲鳴だ。
「なんだ!? 新手の殴り込みか!?」
何者かの急襲に僕と凛は瞬時にアイコンタクトを取り、いざという時のために考えておいた臨戦態勢に移行する。配置は僕が入口の前に腰を低く落とし、その後ろに凛が投擲できるようなものを持って構えるという二段構えだ。
「う、う。すみません……。なかなか扉が開かなかったものですから」
ひゅうひゅうと音をたてるドアの隣に立つ一人の少女。中学生だと見間違えるほどの小柄な体躯と小動物を思わせる大きく開かれた双眸と毛先を揃えたショートヘア。
ん? あれどこかで会ったような……。
「「あ」」
重なる僕と少女の声。どうやら間違いないらしい。
「君。あの時ぶつかって来た人だよね」
そう。上崎さんの悲劇(被害にあったのは僕だが)が起きてしまう少し前、僕が部室を出たところすぐの曲がり角でぶつかった一年生だ。
男子高校生の夢を愚弄されたあの出来事は当分忘れることができなさそうだが、今更責めるつもりは毛頭無い。
「そ、その説はどうもすいませんでした。このお詫びはいつの日か必ずさせていただきます」
体を緊張で震わせながらも必死に声を絞り出し、深々と頭を下げる少女。
「こんな人に頭下げなくていいですよ」
「お前が言うな」
いつの間にか緊張を解いていた凛が少女に笑いかける。もう警戒する必要はないようだ。
「私たちに、にゃんの、用事が?」
凛が僕同様に動揺しまくっているのか盛大に噛む。
同様と動揺……。これどうよう? てか。
「珍しいな凛が噛む……」
「先輩……。上手いと思いましたか?」
「なんで分かったんだ!?」
っく。機先を制された。まさか心の中だけで決めた渾身のギャグを見抜かれるとは……。これから噛んだことを辛かってやろうと思ったのに……。
凛は読心術でも会得しているのだろうか。だとしたら役に立つこと請負だ。
「…………」
申し訳なさそうに僕らの様子を伺う少女。ここは無駄話をするよりも話を聞くほうが先だな。
「僕たちに何か御用ですか?」
声をできるだけ落ち着かせ、なるだけ柔和に親しみを込めた口調で尋ねる。
いや待てよ……。
よく考えてみれば、このお詫びとかいって、僕を小動物のような瞳で微笑みながらボコボコにするという可能性も考えられる。
上崎さんから得た教訓その一。相手の素性がわからない時、下手に相手を刺激するのは愚の骨頂。
ここは相手の出方を待つのが正解だろう。
さあ、 どんな手を打ってくる?
「と、突然押しかけてしまい申し訳ありません。おまけに扉まで壊してしまって……」
「大丈夫。その扉先輩のせいで元々ボロボロだったから」
「だからお前が言うな! 凛も散々蹴り飛ばしてきただろうが!」
「…………」
「あ、あー。ごめん続けて」
「失礼なのは重々承知なのですが……。わた、私をこの部活に入れて欲しいんです……」
え?
消え入るように小さい声。だが何を言っているのかいまいち分からない。
だがよかった。本当によかった。あなたを殺しに来ました,
とか言わなくて……。
「部活って、ここに部活なんてないぞ」
「先輩今まで散々部活部活言ってきたじゃないですか」
「ん? そうだったか」
そもそもここは三階の端の端。部活はおろか人の出入りすらほとんどないような場所だ。もしかして何か勘違いをしているのだろうか。
「い、いえ。聞きました確かにここに部活があるって」
「文化系? 運動系?」
「そ、そんなのとは違いまして。な、なんていうか。意味不明な名前の……」
うーん。ますますわからない……。こんなところに有名な部活なんてあるはずもないし、この学校にそんな印象に残るような名前の部活があったとも思えない。
「あ、そうです! 思い出しました。たしか『モテ男=神部』とかいう名前の部活です」
「…………凛。そんあ頭の悪そうな名前の部活あったか?」
名づけ親のネーミングセンスが疑われるところだ。
「聞いたことありますよ。私たちがこの部室を占拠した時、トリップ状態だった先輩が発狂しながら付けた名前がその『モテ男=神部』とかいう品性も知性もセンスも全く感じさせないひどいものでしたね。確か活動内容はモテるためには、をテーマに議論する、でした」
「…………あー。そういえば付けたような気がする。確かにひどいもんだよな」
なんだよ『モテ男=神部』って、全く意味が分からない。もっと頭ひねろよトリップ状態の僕。僕の貧困なネーミングセンスが露呈してしまったじゃないか。
「というか、よくそんなふざけた得体のしれない部設立を容認してくれたな」
「いやいや、もちろん許してくれるわけないじゃないですか。私が部設立願いを生徒会に出しに行ったら、生徒会長が目だけ笑って破ってシュレッダーにポイしました」
うん。そりゃそうか。というか生徒会長怖っ。
ふと、入口のドアに視線を戻すと突然の来客は二人だけで会話を進めていく僕らを居心地が悪そうな顔をしながら眺めていた。
そうだな。そんなことよりも彼女にここに来た経緯を聞かないと。何度も同じ間違いを繰り返すのは失礼極まりない。
「えー。なんで入りたいなんて思ったんだ?」
普通ならこんな怪しい部活に入りたいと思うような酔狂はいない。名前を知っている人もそう多くはないはずだ。いや、おそらく僕と凛ぐらいのものだろう。それを何故目の前の少女は知っているんだ?
「え、それが実は、お、お願いがありまして……」
体を縮こまらせて詰まりながらも必死に言葉を紡いでいく。
そして一人の少女は深く息を吸い、意を決したのか僕たちを真っ直ぐに見つめ叫ぶ。
「私をモテさせてください!」
「…………は?」
彼女の闖入時の緊張とはまた違う空気が、この場を支配する。
いや、突然の告白に驚きはしたが、彼女がモテたいというのがおかしいというわけではない。ただそれをなぜ僕たちに聞くのかが分からない。僕たちはもちろんそんな恋愛相談、なんてできるくらい恋愛を経験したことなんてないし、それができるくらいならモテたいなんて言っていない。
そして彼女の弱気な口調と態度。失礼だがモテたいなんて言うようなキャラにも見えない。どちらかというとクラスでも静かなタイプに属するだろう。
と、そこで目の前の少女は僕たちの不信感を感じ取ったのか、首を左右に勢いよく振ると、深呼吸をする。
「あ、あのすみません言い方が悪かったですね。私はモテたいっていうのはクラスの男の子にモテたいとかそういうのじゃなくて……」
「じゃなくて?」
はっきりとしない少女の態度に耐えかねたのか凛が言葉を重ねる。
彼女はまだ決心がつかない様子だったが、僕たちを一瞥し、顔を紅潮させ両手で隠すように覆うと息を吐くような小さな声で告げる。
「私はあの方からモテたいんです!」
「あの方って?」
「いや、まだ名前とか知らなくて……。相手もきっと私のことなんて覚えてないだろうし」
「なら印象は? どんな人だったの?」
「あ、いつも女の子と話してて、まさにモテてるって感じの人です」
「うん。分かった。要はモテ男に好かれたいってことね。任せて、私たち『モテ男=神』部が総力を上げてあなたをサポートする」
「え……。いいんです、か?」
「もちろん! 精一杯協力させてもらうね」
「はい! ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言って彼女は目頭に涙を浮かべながら破顔し、僕らに何度も頭を下げる。何か今まで溜め込んでいたうやむやをようやく解消できたようなそんな表情。よっぽど嬉しかったのだろうか。
「よし決まりね。あとは……先輩お願いします」
「よし分かった! ……って何いきなり出てきたと思ったら、無責任に引き受けちゃってるんだよ」
凛が入ってきてからトントン拍子で進んでいった会話に完全に置いていかれたと思ったら、即行でクライアントと話をまとめられていた。
だが、そう易易と引き受けていいものではないだろう。
「先輩」
突然凛がちょいちょいと部屋の隅を指差す。
ん?
こっちに来い、ということだろうか。
凛にしては、影でこそこそ話すというのは珍しい。彼女に聞かれたくないような事なんだろうか。
そうして凛は隅へと来た僕の襟元を掴み、少々強引に口元に引き寄せる。
「考えてもみてくださいよ先輩。あなたは今まで失敗ばかり繰り返してきましたよね。何をやっても裏目。あなたは今まで失敗ばかり繰り返してきましたよね」
「二回繰り返すな! そんな失敗ばかりでもないよ。僕の人生順風満帆だ」
「異性に関しては?」
「はい。失敗ばかりでした」
っく! 素直にこう言えてしまう自分が悲しい。
「何故失敗ばかりだったか分かりますか? 先輩のルックスなどの外見は除いて」
「うーん。なんだろうな。――やっぱり押しが弱いからとかか?」
「はあ。だからそんなざまなんですよ」
両手を横に添えて首を振るという大げさなアクションをとる凛。
ん? もしかして僕呆れられてる?
「あなたはいつでも自分本位ですか!? もっと相手の心情も考えてあげてください」
「もしかして相手の心を斟酌出来ていなかったからとかそういうことか?」
「そうですよ。だからあなたは……」
またも呆れたのか先ほどと同じアクションをする。
もしかするとこういうところに気がつけないのが、僕とモテ男の決定的な違いかもしれない。
「だから今回はあの子の手伝いをして、恋する乙女の心情とはどのようなものなのか、を学びましょうということです。先輩ご自慢の愚鈍な感性で」
「最後のいらないだろ! どこまで僕をけなせば気が済むんだ!?」
「真っ直ぐに歩いて行って到達できる地球の果てまで、ですかね」
「無限ループじゃん!」
「まあ、そういうわけでやりましょうよ先輩」
そう言って僕に小さくウインクを決める凛。凛の自身に満ちた眼。どうやら何か考えがあるらしい。
だが、確かに実際の女の子を参考にするというのは、いい案なのかもしれないのだが、いまいちやる気が出ない。
どうしても頭の中で彼女のことが引っかかってしまう。
一人でこの得体のしれない部室に来て、関わったこともないような人たちに自分のデリケートなお願いをする。その緊張やストレスはおそらく並大抵のものじゃないだろう。そんな彼女のお願いを利用するためにおいそれと受けてしまうのは、彼女に対して失礼だ。馬鹿にしている。その上、先ほども言ったが彼女の力に僕たちがなれるとも思えない。なぜなら僕たちは交際以前に告白すらしたこともされたこともないんだから。
「ふふ。そういうところは真面目なんですよね先輩は」
僕の心を忖度したかのように不敵に笑い、表情を一変させ薄く笑う凛。そして一度両眼をを閉じ、僕を鋭利な眼光で射抜いてくる。
この眼をした時の凛は本気だ。間違いない。
「大丈夫ですよ。決しておふざけでやろうというわけではありません。確かに私たちには的確なアドバイスなんてしてあげられないかもしれません。だけど、やっぱり応援してあげたくなるじゃないですか。そう思うのは私だけですかね?」
「…………いや」
いや、違わない。僕もそう思うよ。
曲がり角で運命的にぶつかったとかそういうことは関係なく、ただ応援してあげたい。そう思わせるほど彼女の大きな瞳は真っ直ぐで真剣だ。
「分かった。やるか凛」
「もう心配しすぎなんですよ。言ったじゃないですか私はいざとなったら頼りになる女だって」
ニッ、と気持ちよく笑う凛。
そして話は終わったのか、僕の首根っこをを離して、少女へと振り返る。
「よし! 君名前は?」
「あ……、はい。わたし……」
「わたし?」
尻すぼみに小さくなってく声量。どうしたのだろう? 自分の名を名乗るくらい造作もないはずだ。
「え、えと言わなきゃダメですか?」
自分の体を両腕で抱き、クリクリとした大きな双眸アンド恥じらいを秘めた頬の朱色で僕を上目使いで見つめてくる。
はい! 最強です!!
「なに恍惚とした表情浮かべてるんですか。気持ち悪いですね。――そりゃあ名前がわからないと色々と不便じゃない?」
「そ、そうですね……。えと、私の名前は…………久瑠璃 小魚です……」
「よしわかった。よろしくね。おさなさん」
「は、はい。よろしく……おねがい、します?」
よし。やっとこれで名前で呼べる。
「笑わないんですか?」
「「うん? なんで」」
ハモる凛と僕の声。いきなりなんだ? 笑うも何も面白いこともないのに笑うわけがない。
「だって私の名前変だし……」
「なんで? いいじゃない。くるり おさな。ねえ、先輩」
「おう。小動物みたいだな」
「え。その誉め方はないですよ。師匠。流石です」
「うるさい! 僕が褒め下手道のプロみたいに言うな」
しかしおさなさんの表情は晴れない。何か気になることでもあるのだろうか?
「だって……。わたし小さい頃から名前で馬鹿にされてて……。おさなって漢字で書いたら小魚だから……、クルクル回りながら逃げる小魚みたいだーって……。しかも私こんな暗い性格だから」
「へー。小魚って書くんだ。可愛いじゃない久瑠璃 小魚。うん! ますます気に入った! これからおさなちゃんって呼んでいい!?」
「え……。でもやっぱり変ですよ……」
ズイっと近づいてきた凛から逃げるように顔を背ける。
「気にすることないさ。ちっとも変じゃないし、そもそも興奮状態の凛は一度決めたことはそうそう曲げない。諦めろお、小魚」
「はい……。分かりましたモテ男先輩」
この状態の凛に何を行っても無駄なことは先のやり取りで悟ったのだろう、苦笑いを浮かべながら承諾する。
「あー。また先輩カッコつけましたね。急に女の子を下の名前で呼び捨てなんて。うまく私に便乗しましたね」
「気づかれたか。かなり自然な感じにできたと思ったんだがな」
「バレバレですよ。名前のところで声が震えてましたもん。先輩のヘタレが祟りましたね」
「っく! 次こそはうまくやってやる」
そして狭い部室に響く三人となった新生『モテ男=神部』の笑い声。これから僕たちの伝説が始まる。ところでこの名前名乗るの恥ずかしいな。
…………ん?
「……………………」
「あれ? どうしましたお二人共。そんな怖い顔をこちらに向けて」
「もしかして僕のことモテ男って言った?」
「はい……。言いましたけど。それがどうかしたんですか?」
「はい! 俺の青春来たーーーー!!」
え! え! まさかそういうことなのか!? 巷で噂になっちゃうくらいに僕はモテてたていうことか! 今まで僕はただ気づいていないだけだったのか!?
両腕を天高く振り上げてからのガッツポーズ。勢いで背中から床に倒れてしまい、背骨が軋むような音がしたが気にしない。
だって僕今……幸せだから!
「そんなわけない! 先輩がモテ男なんてありえない! 自然の摂理に反する! この世のすべてを支配する理への冒涜だ!」
幸福の極地へと達した僕の耳に届くどこかのジャーナリストめいた凛の必死の訴え。でも聞こえないよ。
だって僕今……幸せだから!!
「あーー!! 身悶えながら気持ち悪い声あげないでくださいよ先輩! うっとしいですね! ――で、どういうことなのおさなちゃん!? このチキンヘタレ鈍感野郎がモテ男なわけないよね! 私は心が痛いよ。このような間違いが起きてしまうなんて……」
「僕の心もズタズタにされてとても痛いがな!」
気にしないように頑張ってたけどもうダメ、涙出てきた。
「あの、だってこの部室の名前は『モテ男=神部』ですよね。だからこの部活の部長である先輩がモテ男として君臨しているのかと……」
「はあー。なんだそういうことですか。安心しました。世界の理は守られたのです」
と、言って大げさに息を吐く。凛は僕に何か恨みでもあるのだろうか。
「ん? 俯いてどうしたんですか先輩。――って泣いてるじゃないですか! ははー、さては先輩も世の中の間違いが正されたことを喜んでいるんですね。いやーほんとによかったよかった」
僕は本気でそう思っているであろう凛を心から尊敬します。僕もこうなふうになれたら幸せだろうな。
「え? ならこの部活のモテ男って誰なんですか」
閑話休題、というようにほんわりと微笑みながら場を仕切りなおす小魚。
「いないよ。そんな人」
「え?」
「だからいないよ。そんな人」
小魚の可愛い顔が段々と青ざめていくのがわかる。
「え? いないってなら私がここに来た意味はなんなんです、か?」
涙を目頭に溜め込みながら僕に視線で訴えかけてくる。
「いや、それは恋の……相談なんじゃないのか?」
「だからその相談相手のモテ男がここにいないなら、意味ないじゃないですかあ!」
よく要領を得ないがどうやら彼女は僕をモテ男だと勘違いして恋の相談をしに来たらしい。もしかして僕からモテるためのアドバイスを受けるつもりだったのだろうか。
「ぐすん。せっかくモテ男にモテの真髄を聞いて参考にしようと思ったのに……。せっかくここに『モテ男=神部』とかいう部活があるって聞いて視察もしたのに……。そもそもこんな残念な人がモテ男なわけないですよね。私の眼は節穴でした」
おい、可愛い顔して何言ってやがる。小動物のイメージが崩れてきたぞ。
あ、さっきの凛のダメージもあって涙が止まらん。
はは。というか僕、今まで女の子と話したことなんて凛ぐらいしかなかったや。これでモテてるとかアリエナイ。 悲しいくらいにアリエナイ……。
くそ。せっかくカッコよく協力してやるよ、みたいな流れになってたのに……。
思い返せば最初に小魚と出会った時も裏切られたんだよな。
「あー! あの時部室の入口の影に隠れてたのおさなちゃんか」
「え! 気づいてたんですか!?」
何かを思いついたのか突然声を上げ、うんうんと相槌を打つ凛と驚く小魚。
「ん? あの時っていつのことだ?」
「あー。ほらあの時ですよ。先輩が欲望にまみれた妄言を吐きながら部室に来た時です」
…………あの時か。おそらく小魚と僕が曲がり角でぶつかったときのことだ。
なるほどなこれで合点がいった。あの時こんな辺鄙な場所に人がいるのかと思ったがそういうことか。まあ、結果的に偽物を視察していたということになるようだが。
ん? 待てよ。なんで凛が妄言だって知ってる……?
「やっぱ知ってたんじゃないか!」
「いやー。面白かったですよ先輩。慌てふためいて必死に言い訳して。しかもその言い訳が廊下で胸を揉みしだいてましたー、なんて。モテ男に憧れすぎです」
っく! 狡猾な! めっちゃ恥ずかしい! 自分でついた嘘が今になって僕に牙を剥くなんて。
しかしこれで凛エスパー説は完璧に否定されたな。まあ、今となってはどうでもいいことだが。
「ところで巨乳を揉みしだいていた先輩」
「もう勘弁してくれ! どこまで弄りたいんだよ」
「宇宙の果て、までですかね」
「未知数じゃん!」
「まあ、先輩に用はなくておさなちゃん」
「遊びたいだけか!?」
「はい。何ですか?」
「これからどうするの?」
僕を尻目に真面目な話に入ろうとする二人。あれ? 僕の立場は?
「凛さんには申し訳ないのですが、ここにいても仕方がないのでお暇させていただきます」
ある程度予想していたがそれはそうだろう。モテ男のいないこの部室に彼女がいる理由はもう無い。
しかし先の小動物の影の片鱗を覗かせた小魚だったが、普段の口調は丁寧なものらしい。
「少し待ってよおさなちゃん。ここにいる伝説の先輩が私たちの関係をここで終わらせると思ってるの?」
突然凛が不敵な笑みを浮かべおさなちゃんを視線で射すくめる。
あ。やばい。絶対ロクなこと考えてないな。
「え、ど、どういうことですか。先輩はモテ男じゃない……。ただの妄想野郎じゃないんですか?」
おい。なんてこと言ってやがる。
怯えて身を縮こませる姿はたしかに可愛い。しかし丁寧な口調に合わない雑言がきつすぎる。ギャップ萌えなんて幻想だ。
「ふふふ。確かに先輩はモテなくて以下略ですが」
「略された!?」
まあ、言われなくても予想できるのだが……。
「実は何人もの女の子を落としまくってるプレイボーイなのよ」
「で、でも先輩は全略」
「ぜんりゃく!?」
びっくりだ。以下略どころか全部飛ばされた。
しかしまさか小魚までも乗ってくるとは思わなかったな。僕の中の小魚に対するファーストインプレッションが崩れていく。やはりそんなものは宛にならないらしい。
というかやめろ凛。もうなんか取り返しのつかないようなことをしている気がするぞ。
「ふふ。確かにここではね……。でも先輩はここじゃない」
「ここじゃない? どういうことなのですか」
小魚は意味が分からないというように怪訝な表情を浮かべる。そりゃそうだ僕だって意味が分からないんだから。
ふふっ。と、不吉な笑みを浮かべると凛は肩にかかった漆塗りのような黒色の長髪をさっと、片手で振り払う。
かっ、カッコイイーー!!
「もちろん先輩の脳内妄想に決まってるじゃない」
…………は?
一瞬にして部室の空気が固まる。さっきのカッコイイーー!! 返せ。
そしてそんな空気をもろともせず続ける凛。
「そう。先輩はただの妄想野郎。でもね、先輩の妄想は過度なの。過度なのよ」
最後の方だけ聞けば僕がいかがわしい奴みたいに思えるのは僕だけか?
「で、でもやっぱりそれだけじゃないですか」
小魚は納得しない。それはそうだ。
「ねえ。ところでどうやって人類は進化してきたんだと思う?」
ん? 突然何なんだ? 話の方向性が見えなくなってきた。何が言いたいんだろうか?
しかし疑問符を浮かべる僕と小魚を置いて凛は続ける。
「そう。それは妄想なのよ。人の歴史はそう紡がれてきた」
人類を舐めすぎだ。
しかし凛は僕たちの呆れ顔も予想の範疇だというように笑みを浮かべ、
断言する。
「人は妄想から理想を描き、夢へと邁進することで革命を起こし、社会に変革をもたらした。全ては妄想という一つの種から生まれたもの。だから先輩の過度な妄想癖も世界を変えるかもしれない無限の可能性を秘めているの!」
瞬間この狭い部室に広がる衝撃。それは僕らの反論をねじ伏せるには十分だった。
……って。んなわけあるか。なんだよ妄想が全ての想像の種って。
きっと小魚も呆れて果てているに違いない。
「その通りですね!!」
あれえーー?
「すみません疑ったりして……。でも私本当に感動しました!! どうか私のお願いを聞き届けていただけないでしょうか!」
嘘だろ……。小魚が籠絡されてる。
そしてまだ興奮冷めずといった感じに、凛に擦り寄る小魚。もう小魚のキャラがぶれ過ぎてわけが分からない。
「凛何言ってやがっッた!」
痛っ! 僕の足がいつの間にか踏まれてる! コイツ無理矢理黙らせやがった。
「もう大丈夫よ。私に付いてくれば何の心配もいりません。私に全てを差し出しなさい」
「は、はいいー!」
「怪しい宗教団体か!」
僕の必死なツッコミもスルーして凛は続ける。
「おさなちゃん……。この『モテ男=神部』に入ってくれる?」
「も、もちろんです。私はあなたのために!」
だめだこりゃ。小魚の瞳にハートマークが浮いている。
「そう。いい子ね。これからよろしくね子猫ちゃん」
「お前は何キャラだ!?」
僕の叫びも虚しく、小魚は晴れて……かどうかは知らないがこの部活に入ることになった。
まあ、正直小魚が入ってくれて僕は嬉しかったんだがな。




